とも(伊藤沙莉)を法律の道へと導いた、高名な法学者にして明律大学の教授、穂高重親。学生たちの前では優しく穏やか、時にチャーミングな一面も見せる穂高ですが、なおこと(岡部たかし)が贈賄罪で逮捕された第5週では、弁護士としての硬派な一面も見せました。

寅子の法律の世界における師ともいえる穂高を演じる小林薫さんに、演じるにあたっての思いを伺いました。


“お堅い”というような法律家に対するイメージを、柔らかく裏切りたい

――穂高を、どんな人物ととらえていらっしゃいますか?

前半に関して言えば、明律大学の女子部の創設に力を入れるとか、時代の変わり目って言ったら大きいかな? 何か新しい時代の空気みたいなものをどこかで感じていて、面白がりながら寅子たちのことを見守っている存在だと思っています。

――第1週で、講義をのぞいた寅子に「言いたいことがあるなら言いなさい」と促したシーンは印象的でした。

あのシーンの穂高は、寅子を法律家の道への入り口に誘う役割ですよね。なぜそうしたかというと、やっぱり「面白い子だなあ」「こういう子こそ、女性として法曹界に入って弁護士になったらいいんじゃないか」と感じたからじゃないでしょうか。

甲子園でプロのスカウトマンが「これは逸材だな」と思うようなことと、ちょっと似ているのかなと思いますけどね。「うちの球団に来ない?」みたいな(笑)。

――まず誘って、自由にやらせてみようか、というような……。

そうですね。彼女を枠にはめようとしてはいなかったと思います。野球のたとえで続けると、以前プロ野球のコーチに聞いたんですが、今は球団でも、上から「こういう練習をしろ」なんて言わないそうです。

若い子たちはメジャーリーグだって見ているし、たくさん勉強もしていて感覚も昔とは違いますから、上からモノを言うのではなく、彼らの感覚を尊重する。好きにやらせつつも、ずっと見ていて、何かにぶつかったときには助言をするというんです。

たとえ、見ていて思うところがあったとしても、向こうから相談に来るまでは何も言わず、頼ってきたとき初めて「こうすればいいんじゃない」と伝える。そうすると「ああ、ずっと見ていてくれたんだ」と信頼してもらえるわけです。

それと全く同じとは言いませんが、穂高はある種の時代の先駆けで、先見の明のようなものをもって寅子たちを自由にやらせて、面白がりつつコーチングしていた……という感じなのかなと想像しています。

――なるほど、穂高は“名コーチ”なんですね。

そうですね。もしかすると“迷コーチ”かもしれないけど(笑)。松山ケンイチくん演じる桂場と比べても、若干立ち位置が違いますからね。

彼はどちらかというと、寅子にとってはある種の壁になりますが、穂高はもうちょっとグニャッとしてるというか、溶けてるというか。桂場との対比の中でも、穂高のキャラクターが決まってくるのかなと思っています。

――ちなみに、講義に寅子がやってくるシーンは、穂高の初登場でもありました。「こう演じたい」というようなお気持ちはありましたか?

一般的に“お堅い”というような法律家に対する皆さんのイメージを、柔らかく裏切りたいというのはありました。穂高はいわば“法曹界の重鎮”の一人だけど、そこらにいるおっちゃんみたいに見えるといいなと。

登場の仕方も、腰痛だって噓ついて授業をサボりたいみたいな感じでしたし(笑)。ドラマを見る方にとっては、ある程度出だしのイメージでそのキャラクターを捉えるところがあると思うので、いちばん気を遣ったシーンかもしれません。


桂場と穂高の印象は今後どんどん変わっていくと思う

――第5週では、寅子の父・直言が逮捕され、弁護士としての穂高の顔が見られて新鮮でした。

いやあ、僕自身は、ただただ大変でした(笑)。穂高が寅子を他の被告人の弁護士と引き合わせるシーンがありましたが、僕が彼らを紹介するんです。

「えーっと」なんて言って止まるわけにはいかないから、長い肩書と名前を全部頭に入れたけど、前後関係や流れのない、完全な丸暗記じゃないですか。ただ人を紹介しているだけなのに、その苦労たるや。

もちろん、法廷でも専門用語が多いですしね。終盤で寅子が「取り調べが監獄法に違反している」と気づいて裁判の流れをひっくり返しましたが、僕が「監獄法の第何条にこういうのがあって」と説明しつつ、検察とやりあう。

また当時の法律の条文が覚えにくくて……って、こんな苦労話をしゃべっても仕方ないんですけど(笑)。

――法律家を演じる皆さんは、本当に大変そうです。一転、結審後、桂場と穂高がお酒を酌み交わすシーンは柔らかい雰囲気でしたね。

あのシーンは2人ともお酒が入っているから、普段よりさらに緩んだ感じで。あそこでしか言わない本音が出ているように見えるといいなと思いました。

しかし、穂高が桂場の書いた「あたかも水中に月影をすくい上げようとするかのごとし」という判決文を「名文だった」って褒めるくだりは、「へえ」と思いつつ、言い回し含めてちょっと苦労しましたね。中国の文章の一節からとった判決文だそうで、当時の知識人にとっては普通のことかもしれないけれど。

――2人とも教養の高い人物だったことが伝わってきました。女子教育については考え方が違いますが、今後穂高と桂場の関係はどうなっていくでしょう?

今は確かに考え方が違いますね。ただ、さっきも言ったように、初めこそ桂場は寅子にとっての壁だけど、きっと将来、一番の理解者になっていくんじゃないんですか? 最初の印象が悪いから、後からひっくり返りそうだなって僕は予想してるんだけど(笑)。

そういう意味では、穂高の方も、今後イメージが変わると思いますね。女子教育への思いは当時としては新しいけれど、彼も戦前の教育を受けた高齢男性なわけで、価値観は古いものも残っているでしょうし。そのあたり、桂場と穂高の印象はどんどん変わっていくんだろうなと、僕自身は思っています。

【プロフィール】
こばやし・かおる
1951年9月4日生まれ、京都出身。NHKでは、大河ドラマ「峠の群像」「春の波涛」「おんな城主 直虎」「青天を衝け」、連続テレビ小説「天うらら」「カーネーション」、「絆〜走れ奇跡の子馬〜」など。近作に、ドラマ「コタツがない家」、映画『首』『バカ塗りの娘』『陰陽師0』ほか。