テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、連続テレビ小説「虎に翼」です。

「決して本意ではないが、笑顔にしたほうが丸く収まる」という作り笑いを大人はいつのまにかできるようになる。そういう場面に遭遇すればするほど、作り笑いが上手に。

そして自分にうそをついた分だけ、後で落ち込む。長いものに巻かれ、身のほどをわきまえ、愛想笑いで緩やかに自分を殺す。こうして大人はできあがる。

その一歩手前、自分の意志に反するものの、笑顔を半ば強制され、口角だけはなんとかあげようと抗う顔は、実に多くを語る。ヒロインを演じる伊藤沙莉の顔芸が第1週からグイグイとけんいんする朝ドラ「虎に翼」が好評だ。

子役からキャリアを積み、すでにベテランの域の沙莉が多彩な表情を見せるとともに、語りの尾野真千子が憤りや疑問を感情たっぷりにかぶせてくるという、まさに「鬼に金棒、虎に翼」の最強タッグである。

ふたりとも大好きな役者なので、たった5話でもうすっかりとりこに。ひいに見ている私だけではない。「最近の朝ドラは途中で脱落しがち」とぼやいていた友人も、今期は目を輝かせてトラツバっていた(「虎に翼」を熱く語る)ので、目の肥えた女が気持ちよく視聴できるテイストのようだ。


急に無口で控えめに「スン」となる女たち

日本初の女性弁護士、のちに裁判官となるいのつめともの半生を描くこのドラマ。子役時代はすっとばし、女学生時代からスタート。母親(石田ゆり子)が見合いを勧め、とにかく結婚を急がせようとするも、寅子は結婚が幸せとは到底思えない。昭和6年、まだ日本国憲法が公布される前で、男尊女卑がはなはだしい時代である。

「女のくせに」「生意気だ」「分をわきまえろ」「思ったことをすぐ口にするな」と言われ続け、女性はどんなに優秀でも賢くても、黙って男性に従っていることが美徳とされることに、寅子は単純に疑問を抱いている。「なぜ女たちはスン、とするのか」という表現が秀逸だ。

たとえば、寅子の兄・直道(上川周作)の結婚式のために、頑張って段取りして準備したのは両家の母たちや嫁となる友人・花江(森田望智)なのに、手柄は父・なおこと(岡部たかし)や兄のモノになっている。なぜ女たちは公の場で“スン”となるのか。

急に控えめになって無口になることを「スン」と表現しているのが、妙にに落ちる。昭和前半の女たちはみんな「スン」としてきたからだ。

文句も愚痴も言わずにだくだく、男を立てるのが当たり前、何も考えずに「そういうものだ」と受け容れちゃってきたわけだ。ま、朝ドラの大半が「スン」を描いてきたのだが、今作は違う。

寅子は違和感や疑問を理路整然と言葉にする。おかしいと思ったら「はて?」とつぶやく。決して男にマウントしたいわけではない。ただ対等に話がしたいだけ。また、スンとする女を責めたいわけでもない。

母を優秀な人だと思って尊敬しているし、“えげつない策士”だった花江の戦略も尊重する。そんな対等&平等の意識がデフォルトの賢いヒロインだもの、気持ちいいに決まっている。


頭の悪い女のフリをする地獄、夢破れてき遅れる地獄

母・はる(石田ゆり子)が寅子の明律大学進学に反対して、説教したときの文言は強烈だった。

「頭のいい女が確実に幸せになるためには、頭の悪い女のフリをするしかないの!」

話は逸れるが、ふと思い出したのが小学校の同級生。真面目な子だったが、たまたまどこかで会ったときに、実は現役で東大と慶應に合格したと教えてくれた。でも彼女が選んだのは後者。

「なんで東大に行かなかったの⁉」と聞いたら、「だってお嫁にいけなくなっちゃうから」と答えたのだ。あのときは心底たまげた。同い年で同じ時代を生きてきたのに、すでに「スン」となることを決めていたのだ、と。

彼女はどうなったのだろう。きっと「スン」としてんだろうな。夫のことを公の場で主人と呼んでるんだろうな。幸せになっているといいな。
閑話休題。

娘の幸せを願うあまり、トンデモ解釈を押し付けてきた母の言葉にも心底たまげた。法律家になる夢が破れる、法律家になったとしてもうまくいかない、親の世話になって、嫁のもらい手もなくなって嫁き遅れたらみじめでそれこそ地獄だ、と言い放った母。あまりに悲観的で娘を信じていないような発言だ。

そのうえで頭の悪い女のフリをするという暴論に辿たどり着いている母。寅子はきっちり拒み、丁寧に反論しようとするも、母は聞く耳をもたず。令和にも通ずる「女の地獄はどっち⁉」の問いに、みんな鳥肌がたったのではないだろうか。

逆に、寅子の背中を猛烈に押すのも母という急転直下の仕掛けもうまくいっていた。寅子の進学を明らかにディスった若造裁判官・桂場等一郎(松山ケンイチ)に激昂げっこうし、「そうやって女の可能性の芽を摘んできたのはどこの誰? 男たちでしょ!」「無責任に娘の口を塞ごうとしないでちょうだい!」と吐き捨てる母。

日々じわじわと性差別を受けている女性たちが最もほしいパワーワードが石田ゆり子に託された場面でもあった。スン、じゃなくなった瞬間ね。そして、お見合い用の着物ではなく、分厚い『六法全書』を買ってくれた母。こうして寅子は強力な協力者を味方につけたわけだ。


松ケンの甘味プレイ、太賀のステテコ芸、注目は戸塚純貴か

たった5話分の視聴では、うまみや面白みもまだまだ序の口なので、限られてしまうのだが、ひとつはコメディー筋肉が発達した(コミカルな動きや表情を表現するのがうまい)役者陣の細かい技だろう。

もちろん伊藤沙莉の「二度見」や「変顔」はたった15分の朝ドラの中でも見事な瞬間芸であり、しかも心情描写をシニカルに表現しているので見逃せないところだ。

松山ケンイチは一筋縄ではいかない裁判官の役だが、ふかし芋の皮をなぜか鼻につけていたり、好物のお団子食べ損ね&おあずけプレイで笑わせてくれる。ただの堅物ではなく、あそびと余白がありそうな魅力的なキャラクターでもある。

また、寅子の家の居候で、司法試験浪人生の佐田優三(仲野太賀)も画面の奥でいい芝居してんのよ。

ステテコ芸(ズボンを履こうとしてステテコの尻を出したまま七転八倒)もお見事だったし、2026年の大河・主役へのアイドリングも準備万端の様子(大河ドラマ「豊臣兄弟!」豊臣秀長役に決定)。役名の響きから、ゆくゆくは裁判官になれるんじゃないかなと推測。沙汰言うぞ。なんつって。

日本屈指の頼りなさを誇る岡部たかしの父親っぷりも、日本屈指の抜け目なさを誇る森田望智の女っぷりも、今後でるべきポイントではある。

さらに、コメディー筋肉で注目するならば、これから登場するであろう同級生・とどろき太一役の戸塚純貴だ。見た目がバンカラ風味ですでに男尊女卑臭が漂ってくるのだが、きっと笑いと涙を仕掛けてくるに違いない。


背景に「これはあなたの物語」というメッセージ

実は、最も気になったのがエキストラを含む背景である。「ずいぶんと長回しだな」「セリフが聞き取れないけれど背景にしては意味深だな」と思わせる場面がかなり多い。

いつも男子にからかわれたりいじめられたりしている様子の少女、お使いに出されたのかいつも小走りしている女性(時折思い詰めた表情)、三味線を大事そうに抱えている女性、そして大きな荷物を背負っている腰の曲がった老婆。

ほんの一瞬ではあるが、同じ人物が映る。橋の上で、街の中で、カメラは主要人物を追っているものの、たびたび同じ人が出てくるのは何か意図があるのだと感じた。

たぶん、理不尽な状況にいる女性、言いたいことを言えない女性、スンとならざるをえない女性、すべての女性に「これはあなたの物語でもある」と伝えたいのではないかしら。

日本国憲法第14条1項をもう一度読んでみよう、あなたは法の下に平等であって、誰からも差別されない権利があるのだと。私はそんなメッセージとして受けとったよ。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。