ついに放送開始となった、連続テレビ小説「虎に翼」。
主人公のモデルは、女性として日本初の弁護士、のちに裁判所長となったぶちよしさん。日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ、三淵さんの実話に基づくオリジナルストーリーです。

“トラコ”こと、主人公・猪爪いのつめ(とも)()を演じる伊藤沙莉さんに、半年にわたり収録を重ねてきた今の気持ち、役作りや撮影現場の裏話まで語ってもらいました。


寅子は法律の世界に行くべくして行った人

――朝ドラへのご出演は「ひよっこ」(2017年)以来です。改めて、朝ドラにどのような印象をお持ちでしたか?

すごく多くの方々に愛されているなと感じています。私が知っている中では、一番幅広い世代の方が見て、愛して、応援している番組ですね。私が「虎に翼」への出演が決まったときも、周りの反響はとても大きかったです。

今回は実在の法律家である三淵嘉子さんの人生を描くということで、内容に興味を持ってくださる方も多い気がします。朝ドラで法律ものはそれほどなかったので、朝ドラでどうやって法律ものをやるんだろう? というのが、みんなまだ想像できてない部分があるみたいで。放送が楽しみだと言ってくださる方が多くて、うれしいです。

――去年9月28日にクランクインされてから半年近く、これまでの撮影を振り返ってみていかがですか?

始まる前からいろんな人に「朝ドラの撮影は大変だよ」と言われてきたんですけど、基本的にすごく楽しい日々を送っていますね。もちろん全部が楽勝みたいなことはないんですけど(笑)、大変さより今は楽しさが勝っているなって。

支えてくださる方々がたくさんいて、チームの絆もどんどん深まっていって……「いいものを作る」という一つの目標に向かっていく意識が同じだから、楽しく有意義な日々を過ごしています。

――今回、演じている猪爪寅子は、伊藤さんから見てどういう人物でしょうか。

人間らしいんですけど、どこか動物的なところもあり、とても素直だと思っています。それに、「虎に翼」というタイトル(虎に翼=ただでさえ強い力をもつ者にさらに強い力が加わることのたとえ[『デジタル大辞泉』より])なだけあるな、法律の世界に行くべくして行った人だな、と。

寅子は法律の世界に飛び込んで、いろんな壁にぶつかり、道を切り開いていくんですが、何かを変えられる人って、いま当然とされていることに対して「これってどうなんだろう」「なんでこうなってるんだろう?」と疑問を持てる人だと思うんです。そうじゃないと物事を動かせない。

物語の最初のころ、寅子はよくお母さんから「一言多い」「思ったことをすぐ口にする」と怒られるんですけど、そうやってちゃんと思っていることを発言できるのは、一つの才能ですよね。それがのちにいい作用を生んだり、人の心を救ったりする場面も出てきますし。

たまに綺麗ごとを言っちゃうときもありますが、その綺麗ごとがあまりにド直球の本心なので、人の心を動かすんです。そういうところが寅子の一番の魅力だと感じますし、突拍子もないこと言ったりやったりするのが私は好きなので(笑)、面白くやらせていただいています。

――そんな寅子を演じるにあたっては、いかがでしたか? 難しいと感じたことは。

寅子の疑問は私自身にもリンクしていることが多いので、そういう意味での難しさはなかったですね。たとえば第1週、初めて寅子が法律に触れるシーンで「女性は無能力者」という法律上の言葉が出てきます。女性は無能力者だから、財産も管理できないし、夫の許しがないと働くこともできない。

戦前の民法にあったその「無能力者」という呼び方、決めつけが、女性の社会進出を遠ざけている部分もあったと思うんです。法律でそう言われたら「そうかなと」思ってしまうし、何もできなくなりますよね? すると結果的に「やっぱり女性は無能力」ってことになってしまう。

そういう社会の“決めつけ”に対して、寅子は「はて?」と疑問を呈するんです。私自身も同じように「はて?」と寅子に共感しますし、そこで闘っていく意志や覚悟は、すごく素敵だと思います。


いろんな登場人物の人生に丁寧に光を当てている

──寅子のモデルである三淵嘉子さんについて、事前に学ばれたことも多いと思います、すごいなと感じたところはどこですか?

たくさんありますけど……三淵さんはある時期、一斉にほとんどの家族を失っているんです。最初に三淵さんの人生を知ったとき、いちばん衝撃的だったところでした。

それでも残された弟のため、家族を支えるために仕事を続けて立ち向かっていく。そんな過酷な体験をして、よく立ち直れたなと、本当に思います。自分だったらできたかな、無理なんじゃないかなと想像しますけど、そこを乗り越えた人だからこそ、あれだけ強くて、かっこいいんでしょうね。

一方でとってもハッピーな面もあって。面白かったのが、麻雀がすごく好きで、息子たちとよく卓を囲んでいたそうなんですけど、あるとき悔しい負け方をしたのか、本気で怒ったんですって(笑)。すごく印象的なエピソードだし、かわいらしい人だなと思いました。

寅子は、そういった三淵さんの人格に寄せて描かれているのだと思いますが、やろうとしたこと、そして成し遂げてきたことが、とにかくすごい。三淵さんでなければできなかったんだろうなと思うこともいっぱいあって……。それを作品に反映して、多くの方に伝えられたらいいなと思っています。

――法律の世界の話ということで、そちらも事前に勉強したことや、準備したことはありますか?

たくさんの本と資料をいただいたり、明治大学で特別講義を受けさせてもらったりしました。講義は4回ほど受けたんですけど、すごく楽しかったです! 寅子と同じように、私自身が「え、なんで?」と思うような法律が当たり前に存在していたことや、法律上の家庭の在り方の基礎が現代と全く違っていたことも教えてもらいました。そういう背景を知れたことは、寅子の抱える悶々もんもんとした気持ちを私自身が理解するにあたってとても参考になりましたし、ありがたい時間でした。

これまで法律って、漠然と「当たり前にあるもの」というイメージでした。でも、その法律には成り立ちがあり、かつて疑問を持って法律に異議を唱えた方、変えるために闘った方がいて、そのうえで今の私たちの生活があるんだと改めて感じました。

それに、今の法律が完璧かと言ったら、見る方によっては違いますよね。「こうなったらいいのにな」と願う人がいて、きっともっとよくしていくことができる――それが法律なのかなと、今は思っています。改めて法律について考えられたことは、寅子を演じるうえで大事なのはもちろん、私自身の人生においても糧になりました。

――最後に、伊藤さんから見て、この作品の魅力はどんなところにあるか教えてください。

寅子が主人公ではありますが、いろんな登場人物の人生に、ひとひとつ丁寧に光を当てているのが、この作品のすてきなところだと思います。人により、人生に立ちはだかるものは違うし、夢も違う。

人は自分が抱える問題にいっぱいいっぱいになりがちだけど、今いる小さい世界から一歩飛び出しただけで、他にも悩んだり苦しんだりしている人がたくさんいることに気づくんです。

そして、その人生が交錯することで、互いに思いを共有していって、寅子もどんどん人間として成長するし、視野が広がる……そういうふうに物語が展開していくのがすごくいいなと。

あと、多様性についてなど、意外と現代にも通じる話がいっぱい出てくるんです。今も昔も、私たちの前に立ちはだかる問題って同じなのかな、と気づかされましたし、一つのことを解決するまでには長い時間がかかるんだということを感じられるので、その奥行きも、この作品の魅力かなと思います。

半年間撮影してきたものを、やっと皆さんにお届できると思うと、感慨深いです。撮影開始から放送までが長いので、途中「本当にこのお芝居でいいのかな?」と悩む瞬間もあったのですが、実際に第1週の完成映像を見て、間違っていなかったと思えました。

皆さんに「なんか面白い!」と思ってもらえる自信があります。ご覧いただけたらうれしいです!

(プロフィール)
いとう・さいり
1994年5月4日生まれ、千葉県出身。’23年に第31回橋田賞新人賞を受賞したほか、受賞多数。NHKでは連続テレビ小説「ひよっこ」、「これは経費で落ちません!」「いいね!光源氏くん」シリーズ、「拾われた男 LOST MAN FOUND」「ももさんと7人のパパゲーノ」ほか。近作に、映画化もされたドラマ「ミステリと言う勿れ」、「シッコウ!!〜犬と私と執行官〜」、映画『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』、舞台『パラサイト』など。