数多くのドラマや映画などで、名バイプレーヤーとして活躍している、俳優の野間口徹さん。4月1日(月)からスタートする夜ドラ「VRおじさんの初恋」では主人公の独身中年男性・遠藤直樹を演じます。
野間口さんにとって、NHKドラマ初主演となる本作、それにしても一体、「VR(バーチャル・リアリティー=仮想現実)おじさん」とはどんな人なのでしょうか? 演じる野間口さん自身、「まずタイトルを見て、5回ほど復唱しました。 分かりませんでした」と語ったほど。そんな野間口さんに、ドラマへの思いを伺いました。
さえない中年の独身男性・直樹は、VRの世界では制服姿の少女・ナオキとして過ごしていた。人といるのが苦手でVR世界でも一人で過ごすナオキだったが、ある日、天真爛漫な美少女・ホナミに恋をする。おじさんが、女の子の姿で、女の子のアバターに恋をしてしまったのだ。
現実世界とバーチャル世界を行き来して進む物語。2つの世界がそれぞれ影響しあい、今までとは違う人生を見つけようとする主人公を描く、新しい形のヒューマンドラマ。
――以前のインタビューで、「脇役が生きがい」とおっしゃっていましたが、今回、主役のオファーを受けた時、どんなお気持ちになりましたか?
昔はそう思っていたんですけど、最近、こだわらなくなってきて。いろんな作品に出て、ただ役を演じるということでいいのかなと思っています。今回も特にこだわりがなく、何も変わらないです。ただ、この作品は吉田照幸監督ということもあって、受けたというのはあります。
――吉田監督とは、どこかで接点があったのですか?
吉田監督には「サラリーマンNEO」時代からお世話になっていて、いつも自分がやったことがないものに挑戦させてくれるというか、何かしらの課題をくれるんです。あとはレスポンスの異常な速さ!
疑問に思ったことを投げかけると、ほぼ即答で返ってくるんです。自分が悩んでることは、もう先に吉田監督は悩んでくれてて、答えも出ている。吉田監督に預ければすべて導いてくれるだろう、この人についていけば、まぁ大丈夫だろうという気持ちですね。
この役を受けるかどうかを考える前に、吉田監督だからということで決めたんですけど、台本を読んで「あ〜、これムズいぞ」って思いました。
――野間口さんにとって、『サラリーマンNEO』は、印象深い作品だったのでしょうか?
転機の1つになった作品です。僕がまだ舞台しか出ていなかった時に、「サラリーマンNEO」のスタッフさんが舞台を観に来て、呼んでくださいました。そこで初めて、生瀬勝久さんや田口浩正さん、入江雅人さんなど、僕がずっと憧れていた舞台人の方々とコントができたんです。
間の取り方やセリフの言い回しなど、お手本がいっぱいある中で演じることができたというのが、大きな転機になりました。
――演じる直樹という人物に、どんな印象を受けましたか?
実は、演じていてすごく難しくて。それは何でかなと考えた時に、直樹という役が、今までやったどの役よりも自分に近い思想や考え方の人間だったことに気づきました。
例えば、コミュニケーション能力が著しく低いくせに、よく人の顔色をうかがっているところとか。具体的には、何か約束をしたのに、その日が近づいてくると憂鬱になるとか、人と関わりを持ちたくないくせに、コミュニケーション能力が高い人を見ると嫉妬してしまうとか……。
一方で、台本を読んで、自分が今まで恥ずかしいと思っていて隠してきたことを、「言っちゃってもいいんだ」とも感じました。
――自分と共通点が多いと、演じにくいのですか?
圧倒的に難しいですね。そこに自分を乗せることができないので。あくまで直樹というキャラクターを演じるので、自分を隠すフィルターがまず1枚あって、そこに直樹のフィルターがあって、さらに、その中での人物との関わり合いのフィルターが3重にも4重にもかかってるような感じですね。
――そうなんですね。VRの中だからこそ、見知らぬ相手に自分をさらけ出せる、という人もいるのではないかと思いますが、演じていてどのように感じていますか?
直樹はVRの世界の中でも人を拒絶して過ごしていて、たまたまホナミという人物と出会って、ちょっとずつ扉が開かれていきます。つまり、そもそもさらけ出すつもりはなかった人間なんです。
僕も仕事を離れると、家族以外とは誰とも会いたくないんですよ。僕にとっては現場に来て役者をやっていることが、直樹がVR空間にいるような感じです。
――野間口さんが誰とも会いたくない、と思うようになったのにはきっかけがあるのですか?
こんな言い方をすると乱暴かもしれませんが、僕も直樹と一緒で、人に期待しないで生きているところはあります。小学校5年生の時にいじめられた経験もあり、自分がショックを受けたくないので、人に期待しないようになったというか……。
――この作品では、現実世界の直樹が、VRゲーム「トワイライト」では、セーラー服を着たアバター「ナオキ」になり、そこで、VR初心者の美少女アバター「ホナミ」に出会ったことから、物語が広がっていきます。「ナオキ」役の倉沢杏菜さんや、「ホナミ」役の井桁弘恵さんの印象はいかがでしたか?
撮影が始まる前に、お二人がどういう読み方をされるのかなと思ったので、僕がわがままを言ってお二人と一緒に読み合わせをさせてもらいました。監督や僕がこうしたいということを言ったら、すぐに反応が返ってくるので、すごくクレバーな役者さんだなと思いましたね。
現場でも僕のことを考えてくれて、すごく助かっています。ものすごく上手なお二人だなと。
――「ナオキ」役の倉沢杏菜さんとはどのようなすり合わせをしていますか?
倉沢さんとは、セリフの中にある一人称の話をしました。誰と向き合っている時に、僕、俺、私にするのかを決めましょう、とか。
「ナオキ」と「ホナミ」のVR空間の方を先に撮影しているので、あとで僕がその部分を演じる直前に、彼女たちのシーンを見せていただいて、「そんな風にアプローチしているんだ」、と思いながら自分に落とし込んでいます。
――野間口さんは現実世界の直樹という中年男性で、VR空間に入ると倉沢さん演じる女性アバター「ナオキ」ということで、かなり特殊な設定ですよね。
そこが本当に難しいんですよ! 自分に近い人物を演じるのも初めてですし。VRゴーグルをつけると視界が真っ暗なので、これを着けて暗闇の中、相手のことを想像しながら演じるのも、ものすごく難しい。
普通の人が、10ある自分の感情を7くらいまで出すとしたら、直樹は2くらいしか出さないので、コンマいくつというチューニングがすごく大事で、そこにもまた難しさを感じています。
――現実とは異なるVRゲーム空間で、美少女のアバターが動き回るということで、映像になったらどうなるのかというのも楽しみです。野間口さん自身は、この作品の魅力はどんなところにあると感じていますか?
まだ撮影した映像がどうなるのか見ていないのですが、とにかく台本の時点で面白いです。監督たちに任せておけば大丈夫だと思っています。
VR空間と現実世界を行ったり来たりして、そこでドラマチックなことがたくさん起きますし、何より、タイトルの通り、おじさんの初恋が面白い! と感じています。
――暴力とも子さん原作のマンガは読まれましたか?
はい。僕はこの作品を読んで、先ほども言ったように直樹への共感が多かったのですが、現場に行くと「わかる」と「わからない」という真っ二つに分かれていましたね。たぶん「わかる」という人は、昔なんかあったんでしょうね(笑)。
――ドラマでは、原作で少しだけ登場する直樹の職場や同僚とのやりとりが厚く描かれています。直樹がリストラを打診されたり、グイグイ来るタイプの同僚がいたりと、結構大変そうですね。
もう、逃げたくなるんです。自分にとってマイナスなことを、疲れ果てるくらいずっと言われ続けるので……。
同僚の佐々木さんを演じる堀内敬子さんは『サラリーマンNEO』でもご一緒していたので、面白いシーンにしようと思ったらいくらでもできるんですけど、そこにフタをしながらやっています。もっと出したい、でもダメだ、という葛藤がすごくありました。
――直樹は人と関わらずに中年になるまで生きてきたわけですが、野間口さんご自身も50歳で、この年齢で一歩を踏み出すのは大変と感じますか?
直樹はコミュニケーション能力がない割には、人の内面の少しの揺れ動きをすぐにつかみ取ってしまう人間だと感じています。自分の気持ちにフタをしていますが、どこかで少し変われたらいい、でもやっぱり無理、ということを繰り返してきたはず。本当に絶望していたら、極端な話、命を絶ってしまっていたかもしれないわけです。
「誰か連れ出してくんないかな」という、何らかのきっかけを探していたんじゃないかと思うし、そこは僕もすごくよくわかります。外に気持ちが向かない僕を連れ出してくれたのは、たまたま僕の奥さんなので、直樹にもそういうきっかけを与えてくれる「ホナミ」のような人と出会えてよかったんじゃないかな。
変われないと思ってるのは自分だけで、意外と変われる材料はどこにでも転がってるのではないでしょうか。
何かのきっかけで変われることがある、というのはこの物語のメッセージの一つだと感じています。
1973年、福岡県生まれ。94年、信州大学在学中に演劇活動開始。2007年、「SP 警視庁警備部警護課第四係」(フジテレビ)の公安刑事役で注目を集め、映像作品の出演が増える。名バイプレーヤーとして活躍し、NHKでは「サラリーマンNEO」、「ももさんと7人のパパゲーノ」、大河ドラマ「どうする家康」、朝ドラ「とと姉ちゃん」「エール」などに出演。