2016年にスタートし、今回がシリーズ第4弾となる特集ドラマ「シリーズ横溝正史短編集IV~金田一耕助 悔やむ~」。第1弾のときは、26歳で名探偵・金田一耕助を演じた池松壮亮さんだが、今回の第4弾では金田一耕助の実年齢に近い34歳となった。10年近くにわたって同じ役柄を演じ続けるのは、池松さんの俳優人生でも初めてのこと。本シリーズや金田一耕助について感じていることなどを語った。


今まで演じられたすごい顔ぶれの中に自分が入っていいのか?

――今回がシリーズ第4弾ですが、初めて金田一耕助役を打診された時のことを覚えていますか?

池松 「30分で楽しめる大人の日本昔話」みたいな金田一をやりたいと言われたことをよく覚えています。とはいえ、金田一耕助の世間的なイメージは当時の自分より年齢がかなり上な印象でした。果たして自分に演じられるのだろうかという不安がありました。これまで演じてこられたそう々たる顔ぶれの中に自分が入っていいのか? ということも考えました。

――シリーズ第1弾は、かなり実験的な映像作品で、インパクトがありました。

池松 これまでさまざま語り継がれてきた金田一を作るにあたって、我々はどんな金田一を目指すべきなのか? NHKという枠組みの中で、30分で何ができるか? そうした可能性を探った先に、どこか、これまでは“カウンター”(反撃)のような気持ちがあったと思います。実験性やコミカルさ、ポップさを、原作にほぼ忠実という縛りの中で目指していたところがありました。BSだからこそ、30分という短編だからこそ、思い切ってできたところがあったと思います。

シリーズを重ねる中で今回目指したのは、簡単に言うと“脱サブカル”のようなことだったと思います。当時はなんだか面白いことやってるな、自由だな、ということを指標にしていたように思いますが、第4弾はよりオーソドックスなもの、クラシックなもの、ちゃんと物語として伝えることを、30分で目指してやってみようと話し合いました。

原作を読み込むほど、細部に至るまで見事に無駄なく重要な要素が散りばめられていて、捨て難い部分がたくさんあるんですね。それをどう30分に凝縮するかが今シリーズの最も大きな課題です。今回はオーソドックスなものに立ち返り、子供から大人まで30分ちゃんと観ていられる、物語として面白いと感じ、胸に響くもの、ゾクゾクできるものにしたいと思いながら取り組んでいました。

とはいえ、30分という制約の中で、結果的にはやっぱりこのチームが作ってきた金田一の延長線上にあって。第4弾を経て得たものと、課題とを、また新たに感じることができました。

「シリーズ横溝正史短編集Ⅱ」の「犬神家の一族」。何度も映像化された名作を大胆にも30分で描いた

――金田一耕助が登場する横溝正史の短編は約90作ある、と言われていますが、どのようにして作品を選んでいるのですか?

池松 プロデューサーの淵邉さんと監督たちがそれぞれやりたいものを挙げて、淵邉さんがすり合わせてくださっています。題材が決まったら、そこに統一感を作るのは自分の役割でもあると思っているので、この3作で何ができるかなということを考えます。今回で言えば、「想定外」とか、「悔やむ」とか、共通項を探しながらやっています。全然違う3本だけど、大きな枠組みの中でつながっていることを目指しています。


大きな時代の渦に巻き込まれた金田一が、世を憂いているよう

――池松さんは会見で、金田一耕助の映画を多く手がけた市川崑監督が、金田一のことを、「戦後の更地に現れた天使だ」と表現し、金田一というキャラクターから人間に戻すことを目指してきたと語っていました。特にシリーズ第4弾は、人間らしさからさらに進んで、無防備な部分をさらけ出している印象を受けました。

池松 戦後の更地に現れた天使のような金田一像に影響を受けながら、おとぎ話の中の愛すべきヒーローとして定着してきた金田一耕助をもう少し人間に戻してみたいというイメージがありました。今回のエピソードで出てくる3つの事件は、金田一の想定が及ばないところにまでいってしまっている印象があります。

現実の世界でも、戦争が始まって今なお続いていたり、誰も想像していなかったコロナがあったり、世界は想像できないような新たなステージへと向かっている印象があります。今回の第4弾では、そうした時代の手触りを取り入れることができるのではないかと感じていました。

「悪魔の降誕祭」(4/24放送)

――池松さんは会見で、「人の善悪をジャッジしない、どれだけ凶悪な犯人であったとしても、人の痛みに寄り添いながら、いつもフラットでいることも意識してきました」とおっしゃっていました。第4弾の事件では、金田一の想定を超える現実に翻弄されたり、苦悩されたりする姿が描かれていますね。

池松 「悪魔の降誕祭」(4/24放送)なんかは、見方によっては金田一のせいなんじゃないかと思える部分がありました。悲惨な事件を前に金田一が翻弄され、悲しそうでいて後悔もする。ひょうひょうと、軽やかに事件に対峙する面と、そうした現実に打ちのめされ、苦悩する姿も今回の3本には描かれている印象がありました。そのあたりもなるべくしっかり演じたいと思っていました。

――「鏡の中の女」(5/8放送)でも、金田一の苦悩や後悔が強くにじみ出ていますね。

池松 そんなことで、というようなさいな出来事をきっかけに、悲惨な結果を招いてしまう物語でした。あまり話すとネタバレになってしまうので控えますが、事件、人という単位を超えて、大きな時代の渦の中にいる金田一やその周りの人々が描かれています。金田一が世を憂う、他とは後味が少し違うウェットさのある大人な物語で、胸に響くものがありました。

中嶋朋子さんが読唇術の達人・増本女史として出演されています。この物語の柱となる役を本当に素晴すばらしく演じられていて、愛らしく、寂しそうで、世の中から浮いてしまう女性の姿を見事に体現される姿に感動しました。

「悪魔の降誕祭」から金田一と共に、物語をまたいで登場する等々力警部役のヤン・イクチュンさん、金田一と等々力の相棒役を務める福地桃子さんもとてもらしかったですし、他にも魅力的な方々と共演させていただきました。

「鏡の中の女」(5/8放送)

――「湖泥」(5/22放送)は、とある集落の人々の因縁がもとになった事件を描いています。本作はどのような印象を持たれましたか?

池松 一族に代々受け継がれ、蓄積されてきた因縁をもとに事件が起こってしまうお話です。都会のあわただしさの中ではではかき消されていくものでも、僻村へきそんでは脈々と受け継がれてしまう。遠い過去の因縁がもとに起こる人間の争いというのは、現代性、普遍性を感じます。

くっきー!さんが「湖泥」に出演されているのですが、人間的なあいきょうと迫力にはれとしました。お芝居もとても素晴らしく、またご一緒したいなと思いました。

このシリーズでは、俳優を生業なりわいとしていない方、別の表現をやられている方々にも出演していただいています。演じることはいわば技術なので、素材としての魅力はまたちょっと違うものだと思っています。

僕自身は職業俳優としてやっていますが、俳優は誰がやってもいいと思っています。俳優を生業としている方と、俳優ではない方のどちらにも別の魅力や面白さがあるので、そこを見極めて生かすことで物語世界に広がりが生まれ、より良いものを目指せると思っています。

さまざまな出自を持つ方々と混ざり合えるこのシリーズはとてもいい場だなと思います。普段共演できないような方と共演できるのはすごく楽しいですし、別の職業をされている方々だからこそ出てくるような表現を見られるのは、贅沢ぜいたくだなと感じています。

「湖泥」(5/22放送)

――本シリーズでは、昭和のテイストたっぷりの衣装やセットも見どころの一つですね。

池松 今回は3作とも衣装チームとヘアメイクチーム、カメラマンも別なので、その違いがよく出ていると思います。金田一といえばはかまにハットに下駄げたという、誰もがイメージできる前提があるからこそ遊べる可動域の広さがあります。

「悪魔の降誕祭」は袴姿ですが、「鏡の中の女」はコート姿で、「湖泥」はスーツ姿。贅沢すぎると思うような一流のスタッフが集結し、素晴らしい世界を作り上げてくださっているので、そのあたりも存分に楽しんでいただけると思います。

「鏡の中の女」

実年齢に近づいてきたからこそ、次は何を目指したいか?

――本シリーズをご覧になるみなさんに、メッセージをお願いします。

池松 シリーズ第1弾からファンのみなさんに支えられて、第4弾まで来ることができました。新シリーズを楽しんでいただき、気に入っていただけたら幸せです。個人的には第1弾からおよそ10年同じチームで続けてきて、今回ある到達点にたどり着けたような気がしています。

それからもちろん、今回初めて今シリーズに触れる方にも楽しんでいただきたいと思っています。金田一耕助に関する知識がゼロでも、推理ものや探偵物として気軽に楽しんでいただけますし、1本30分でさくっと観られますので、気になる方はぜひ観ていただきたいです。

「シリーズ横溝正史短編集Ⅱ」「華やかな野獣」の金田一耕助

初めて金田一を演じたのは26歳の時で、原作にある言葉遣いや振る舞いに少し距離を感じていて、そのことを楽しんでいるようなところがありました。若いからこそ出てくるものを目指してきましたが、金田一の実年齢に近づいてきて、距離感がだんだんなくなってきた、身体に馴染なじんできたことを感じます。

距離が埋まってきたからこそ、今後はどこを目指していきたいのか? ということも考え始めています。これまで金田一を演じてこられた錚々たる歴代俳優の方々の年齢は40〜60代が多い印象で、僕はまだまだやっと1年生ぐらいの感覚です。もし今後も金田一耕助を演じさせていただけるとすれば、自分のキャリアの隣にいつも金田一がいてくれるとすれば、これから先、どう進化していけるのか自分自身も楽しみです。

【プロフィール】
いけまつ・そうすけ

1990年、福岡県生まれ。2003年、トム・クルーズ主演作『ラスト サムライ』で映画デビューを果たす。その後、数多くの映画やドラマで活躍し、これまで数多くの映画賞を受賞している。NHKでは大河ドラマ「義経」、「風林火山」をはじめ「15歳の志願兵」、「とんび」などにも出演。今後は、映画『フロントライン』が6月13日に公開予定。また、NHKスペシャル終戦80年ドラマ「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」が8月に放送予定。2026年には、大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、豊臣秀吉を演じることが発表されている。

【あらすじ】
名探偵・金田一耕助が活躍する横溝正史の傑作を、池松壮亮主演で「ほぼ原作に忠実に映像化」する「シリーズ横溝正史短編集」。シリーズ第4弾は「悪魔の降誕祭」「鏡の中の女」「湖泥」の3本立て。

第1回「悪魔の降誕祭」 演出:佐藤佐吉
金田一の事務所で死体が発見されるというショッキングな幕開け。被害者は人気ジャズシンガー関口たまきのマネージャーで、壁のカレンダーが数日分剥ぎ取られ12月25日を示していた。クリスマスパーティーでの第二の殺人を予告する悪魔のような犯人は一体誰なのか? 複雑に絡み合う人間模様から浮かび上がってきたのは……
第2回「鏡の中の女」 演出:宇野丈良
金田一と銀座のカフェにいた読唇術の達人・増本女史が、鏡に映る愛人関係とおぼしき男女の密談を読み取る。 殺人の相談としか思えない内容。やがてその通りに殺人事件が起きるが、被害者はカフェで殺人の相談をしていた若い女だった……。一体どういうことなのか。金田一がたどり着いた衝撃の真相とは?
第3回「湖泥」 演出:渋江修平
旧家の北神家と西神家が長年いがみあう僻村へきそん。北神家の長男の婚約が決まった矢先、婚約相手の娘が失踪し、村長の妻も姿を消す。やがて村外れにある引き揚げ者の小屋で娘の絞殺体が発見されるが、小屋の主は「湖に浮いていたのを拾っただけ」。――西神家の長男らに疑いの目が向けられるなか、金田一は思い切った賭けに出る。

特集ドラマ「シリーズ横溝正史短編集Ⅳ~金田一耕助 悔やむ~」

5月8日(木)NHK BS 午後8:30~8:59「鏡の中の女」
5月22日(木)NHK BS 午後8:30~8:59「湖泥」


出演:池松壮亮、中嶋朋子、夏帆、月城かなと、宇野祥平、くっきー!、板谷由夏、YOU、井之脇海ほか
演出:佐藤佐吉、宇野丈良、渋江修平
制作統括:松永真一、宮川麻里奈
プロデューサー:淵邉恵美
制作・著作:NHK・テレコムスタッフ

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