藤原道長ふじわらのみちながの長兄で、兼家かねいえの嫡男・道隆みちたか。右大臣家の後継ぎにふさわしく才色を兼ね備え、尊敬する父のような強い“政治家”になることを目指している。演じる井浦新に道隆の人物像や共演者について、また作品の魅力を聞いた。


道隆は、芸術文化をこよなく愛する大酒飲み。カリスマ性のある人物ですが……

──撮影現場の雰囲気はいかがですか?

段田安則さん演じる父上(兼家)を筆頭に、みんな仲良くやっています。俳優としてはとても仲良く、風通しのいい関係なのに、ドラマでは家族・兄弟でねたみあっているシーンを演じているので、カットがかかった瞬間「悲しいねえ」と言い合う場面も(笑)。そんな切ない気持ちを押し殺しながら、兄弟間で足をひっぱり合う芝居をしています。

──道隆はどんな人物だと考えていますか?

前回出演した大河ドラマ「平清盛」(2012年)で演じた崇徳すとく上皇は、個人的に興味を持って掘り下げていた人物だったのですが、今回の道隆はあまり注目していなかった人物だったので、まずは本などを読んで自分なりに調べました。

もともと古典好きなので『枕草子まくらのそうし』や平安時代の歴史物語『大鏡おおかがみ』は読んだことがありました。今回改めて読み直すと「あ、このエピソードは道隆のことだったんだ!」と再発見があって面白かったです。それくらい、ユニークなエピソードの持ち主なんです。

たとえば賀茂祭かもまつりのときに泥酔して、牛車から転げ落ちそうになったとか、道長が慌てて牛車に押し戻したとたん、酔いがさめて普通に歩き始めたとか。道隆の面白エピソードは、だいたいお酒にまつわるもの。道隆の死については道長の毒殺説と、酒の飲み過ぎによる糖尿病説があるんですが、どちらも真実味があります(笑)。

ともかく僕の道隆像は、芸術文化をこよなく愛する大酒飲み。そして、妻・高階貴子たかしなのたかこ(板谷由夏)をずっと愛し続けて、本当にいい夫婦だったと思います。それは史料にも残されているところなので、ドラマの中でもしっかりと描写されているのはうれしいです。

いわゆるカリスマ性のある人物ですが、父上の跡を継いで関白になっているにもかかわらず、道隆時代の政治に関してはあまり記録が残っていないんです。もしかすると、政治力はあまりなかったのかもしれません。

これらをふまえて、大石静さんが脚本で描く道隆を見ると、すごくいいんです。史料からは感じられなかった人間味も細かく見えてくる。大石さんが膨らませてくれた道隆を、大切に丁寧に、生身の人間として豊かに表現できればと思っています。

──脚本家の大石静さんから何か言葉がありましたか?

いろいろな無茶振りをいただきました(笑)。今回の道隆の役は25歳からスタートするので、大石さんから「最初は貫禄はいらないから、もっと(体を)絞ってきてください。温室育ちの何にも知らないボンボンのように、若々しく初々ういういしく仕上げてきてほしいです」と言われて……。

僕が大石さんと最初に出会ったのは30代前半。そのときの印象があるからそうおっしゃるのかもしれませんが、僕、もう49歳なんですよって思いました(笑)。もちろん、できる限りのことは全部やって臨みました。

──これからだんだん貫禄が出てくるのでしょうか?

そうですね、しっかり年を重ねていきます。道隆は、はじめは何も知らない真っ白い道を歩んでいますが、彼の目指すところはやはり父上なんです。大切に育てられて、その薫陶くんとうを受け続けてきた。兼家の思想をそのまま受け継ぐ存在として、道隆を演じていきたいと思っています。

なので、道隆のこだわりはとにかく家を守ること。父上から学んだ「家を守る」という家族への愛を表現していくことが、僕が道隆に捧げられる芝居なんじゃないかと思っています。

──道隆を演じる上で龍笛りゅうてきを習われたとか?

はい、龍笛は個人的にこれからも続けていきたいです。せっかくなので一曲まるまる吹けるようになりたいと思って、ひたすら家で練習しているんですが、結構、音が外に響くんです……(苦笑)。前から興味を持ってはいたので、これを機に趣味のひとつにしていけたらと思っています。

僕は登山も好きなので、いつか誰もいない山の中で龍笛を吹いてみたいです。道隆を思いながら、一人山の中で龍笛を吹く……いつか実現できればと思っています。

●道長は無条件にかわいい。道兼は嫉妬するほどすてき

──弟の道兼みちかねを演じる玉置玲央たまおきれおさん、道長を演じる柄本佑えもとたすくさんにはどんな印象をお持ちですか?

二人とも、すごく魅力的です。 まず佑くんのすてきなところは、等身大の道長像を作っているところ。いろんな人たちが道長像を勝手に想像している中で、何のフィルターもかけず、佑くん本人のキャラクターや個性を最大限に活かして演じている。この道長はたくさんの人たちに受け入れられ、共感を得られるだろうなと思います。

少なくとも今の道隆目線では、末っ子感があふれていて無条件にかわいい。兄弟3人でのシーンでは、道兼が一人でプリプリ怒ってイライラしていることが多いのですが、ふと道長の顔を見ると「こんなお兄ちゃん嫌だな……」という顔をしている(笑)。感情が顔に出ていてかわいいなあと思って見ています。

一方の道兼。じつは道隆が接している登場人物の中では、僕が一番好きなキャラクターです。道兼は、道長に対してはマウントを取り、道隆に対しては従順。そして、父上に対しては絶対的な愛を求めています。玲央くんは、その感情を表現するために芝居のアプローチをすべて使い分けていて、それが魅力に繋がっていると思います。

自分がもし道兼を演じていたら、こんな道兼にはならないと思いますし……。ちょっと嫉妬するぐらい、とてもすてきな道兼を育てている印象です。

●世界観が極端に違う物語が同時進行するドラマ。面白い構成です!

 

──平安時代の魅力はどのあたりに感じますか?

平安時代の遺産は国宝になるなど、価値の高いものが多い気がします。当時の超一流の職人が、帝や権力者に捧げるために作った最高傑作が奇跡的に今も残っている。そういうものを博物館などで見ると、やっぱり技術も華やかさも飛び抜けていますし、込められた念も強いと感じます。

そんな華やかできらびやかな世界と同時に、兄弟間で殺し合ったり、権力を奪い合ったりするダークな世界も存在している。役を通して平安時代を生きていても、そんなことを感じます。とくに貴族たちは、家族や親戚を殺してでも自分が朝廷の中心に!という人だらけ。平安には聖と俗のどちらもが大きく渦巻いていて、それが美しくて深いんです。

僕が平安時代に生きていたら、それはもうきつかったと思います。役を通して追体験するだけでも、きつくなったり、かわいそうになったり、悲しくなったりします。でも、そういう人間の表も裏もお芝居できるということは、俳優としてはすごくやりがいがあります。

工芸や美術、文学の世界の美しさもありますが、それも含めて時代の根源にある人間の“ハレ”と“ケ”というものが、平安時代の大きな魅力なのではないかと思います。

──では「光る君へ」の作品としての面白さは?

じつは、吉高由里子さん演じるまひろにはほとんど会えていないんです。道隆はとにかく家族周りの物語を紡いでいるので、まひろ周辺の物語とはまったく絡まない。それぐらい極端に違う物語が、ひとつのドラマの中で同時に進んでいて、それをまひろと道長の二人がつないでいるというのは、とても面白い構成だなと思います。

演じている僕にも、作品の全体像が分からないところもあって。出演者として発表されていたあの人、本当に撮影やっていたの?なんて思う俳優さんもいたくらい(笑)。だから僕自身、完成した映像をまったく新しいものを初めて見るみたいに楽しめています。