秋の「季刊深夜便」で本の特集をしました。ゲストはブックディレクターの幅允孝はばよしたかさん。各地の図書館や病院、企業で選書や配架を手がけています。レギュラー出演する〈理想的本箱 君だけのガイドブック〉(Eテレ)では若者の悩みに応えるようなすてきな選書をしている幅さんに、深夜便リスナー向けの本を選んでもらう企画です。

「○○の時に読みたい本」というリクエストを募集すると、たくさんのお便りが届きました。多かったのは「悲しみや喪失感を乗り越えて、前を向くために読む本」というテーマ。ディレクターが「夫を亡くした妻からのお便りが多いけれど、妻を亡くした夫からは来ていないのはなぜでしょう」と気付きました。そして「友人に聞いた話を思い出します。入院着を着た妻が、面会に来た夫に、洗濯機の使い方や光熱費の払い方、ごみの捨て方を教えていて、それを見た友人は他人事ひとごとではないとわが身を振り返ったそう。妻に先立たれ、任せてきた全てをやらなければならなくなったら、本を手にする気持ちにはなれないかもしれないですね」と言うのです。

幅さんが選んでくれたのは絵本『くまとやまねこ』(文/湯本香樹実、絵/酒井駒子)でした。大好きな仲良しのことりを失ったくまは、亡骸なきがらを木箱に詰めて持ち歩く。仲間の動物たちは戸惑い、早く忘れたほうがいいと諭します。部屋に閉じこもるくま。しかしあることをきっかけに、くまは変わっていきます。

穏やかな語り口で幅さんが紹介する絵本を眺めていると、もう会えない人たちの顔が次々に浮かんできました。身近な存在を失った痛みは消えない。折に触れてよみがえり、そのたびに寂しくもなる。そんなとき、一冊の本が静かに寄り添ってくれることもあるのだと思いました。

幅さんと後藤アンカーと私、本を囲んでおしゃべりをしているうちにあっという間に夜は更けていきます。相次いで3人のお兄さんを亡くしたという後藤さんが、絵本を手にしながら「忘れなくてもいいんですね」とつぶやきました。

(しばた・ゆきこ 第4土曜担当)

※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2023年12月号に掲載されたものです。
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