全国各地に地元の人に愛される低山の縦走路があって〇〇アルプスと呼ばれています。関東周辺にも、たくさんありますが、私が冬によく行くのは沼津アルプス。静岡県沼津市の東側に連なる山々で、地元の愛好会の皆さんが整備して名付けたものです。最も高い鷲頭山わしずやまでも392メートルですが、歩いてみるとアップダウンが激しくて結構厳しい。でも稜線りょうせんからは沼津の町と駿河湾、見通しのいい冬は富士山も堂々と見えます。もう一つの見どころがウバメガシの純林。東京に近いところでは珍しく、規模も大きいのです。

ウバメガシはコナラやカシの仲間の常緑樹で、生け垣や道路の植え込みに使われますが、本来は暖かい海沿いに自生します。木質はとても堅くて重く、高級な炭として知られる備長炭はこの木で作られました。

作家の井伏鱒二いぶせますじはこの木に特に関心を持っていたようで「ウバメ樫(注)」という随筆を残しています。そこにはかつて瀬戸内の島でこの木を使って鉄漿おはぐろをしていたことや、馴染なじみの鳥鍋屋で備長炭を見つめて《この炭のおこったところは夕焼け空の茜色を煮つめて浄化したやうな色である》なんて書いています。私などは焼き鳥屋の炭を眺めてもそんなことは思いつきませんからさすがの表現力ですね。
(注)…『花の名随筆12 十二月の花』収録

さて沼津アルプスのウバメガシは稜線の岩場に生え、根元からよく枝分かれしているので鬱蒼うっそうとしていて足もとには注意が必要です。桜の季節に行けば鷲頭山の頂上には桜と蜜柑みかんの木が並んでいておもしろい。地元の人の手書きの道案内や解説も楽しい。全部歩くと一日がかりですが、峠ごとに逃げ道があってどこで下りても人家があるので安心。

そんなわけでよく行くのですが「沼津アルプス」と誇らしげな手書きの看板の先には頂上までまっすぐの急登路。「もう少しジグザグにしてくれればいいのに」と、感謝しつつも愚痴を言いながらまた登るのです。

(たかはし・あつゆき 第5火・木・金曜担当)

※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2023年12月号に掲載されたものです。
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