内風呂が普及して街から銭湯が姿を消していく中で銭湯の壁絵を描く銭湯ペンキ絵師の道を歩んでいる女性がいます。田中みずきさんです。

現代美術が好きで大学で美術を学んでいた田中さんが選んだ卒論のテーマ「何故なぜ、銭湯の壁に富士山が描かれ続けてきたのか!」。異色とも思えるテーマを選んだ訳は、そのころ、福田らんさん、たばいもさん、横尾忠則さんといった現代アーティストが銭湯をモチーフにした作品を制作していたことに刺激され「銭湯が卒論のテーマになるかも」とひらめいたからだとか。

21歳にして初めての銭湯体験。自分が巨大なペンキ絵の一部になったようで一瞬にしてその魅力に引き込まれます。テーマが決まると行動は早く、「現代の名工」の銭湯絵師の中島盛夫さんに弟子入り。

銭湯ペンキ絵は下描きはナシ。ペンキがにじまないように基本的に重ね塗りはせず、色が混ざらないように全体をイメージしながら、1日で仕上げます。はじめは青空ばかり描いていた田中さん。見習い期間を含めて9年で独立。結婚・出産を経て、子育てをしながらこの道を進みます。

「銭湯ペンキ絵はメディアです」と言う田中さん。「昭和の時代、銭湯ペンキ絵の下にはたくさんの広告があり銭湯は情報発信の場でした。私も『シン・ゴジラ』や『アベンジャーズ』といった映画とコラボした銭湯ペンキ絵を制作しました。銭湯に行ったことがない映画ファンがペンキ絵をきっかけに足を運んでくれたら」と話します。さらに銭湯ペンキ絵をデイケアセンターや老人ホーム、遠洋漁業船の中、個人のお宅の風呂場にもひろげています。

「富士山なら見る人の思い出を重ねられるような富士山を描きたいし、社会との関わり方を探りつつ銭湯の絵を描き続けたい。新しい世界を作れるという面白さは、何にも代えられないやりがいです」と田中さん。

銭湯から出た後の冷えた瓶のコーヒー牛乳の甘さがよみがえりました。

*田中みずきさん出演の「私のアート交遊録」は11月号に掲載、記事の一部はステラnetでもご覧になれます。(いしざわ・のりお 第2・4水曜担当)

この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2023年10月号に掲載されたものです。
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