NHKに限らず全局を合わせても、「今、最も熱い番組」と言っていいかもしれません。

9月28日のゴールデンタイムに放送された『魔改造の夜』は、2022年8月の再放送だったにもかかわらずX(旧Twitter)には、「なんか感動したんだよ」「大人の情熱って凄いや」「なんでこんなに泣けるんだろう?」「自分も頑張ろうと思うよぉぉ」「今回もすごく良かった!悔し涙も嬉し涙ももらい泣きしちゃう」などの称賛が続出しました。

番組のコンセプトは、日本の一流エンジニアたちが日用品や家電をお題に合わせて改造して対決する“技術開発エンタメ番組”。今回のお題は、「ネコちゃんのおもちゃを魔改造。猫らしく6m落下させ、計25mを速く走らせる」でした。

参戦したのは、自動車の研究開発プロ集団「T京アールアンドデー」、三大重工業の巨大メーカー「Aエイチアイ」、世界的ブランド「Sニー」の3チーム。アルファベットに変換していますが、服のロゴや会社のシーンなどを見れば、「東京アールアンドデー」「IHI」「ソニー」ということが誰でもわかるようになっています。

つまり、会社の威信をかけて対決するのですが、それ以上に感じさせられるのが、職人たち個々の情熱、プライド、意地、執念……。ネコの小さなおもちゃを前に十数人もの職人が集まり(何とソニーは85人が集結)、意見を交わし、頭を抱えて悩み、深夜まで作業する開発段階のドキュメント映像に心を揺り動かされます。


本当の敗者がいないラストシーン

ところが「試技2回」で行われる本番の1回目で、東京アールアンドデーとIHIのマシンが、落下の衝撃でまっすぐ走ることができず、まさかの「記録なし」。3チームすべての職人たちが自分事のように落ち込む姿に「何が起きるか結末が予測できない」、この番組のガチンコ感がにじみ出ていました。

続く3番手のソニーは見事に完走して「11秒44」の好タイムを記録。喜びと涙があふれる中、入社38年目のメンター・森永さんから「苦しい時期もあったんですけど、『努力が感動に変わるんだよ』ということをみんな信じて、温かい拍手をもらえて幸せです」という名言が飛び出しました。

10分間の調整タイムを経て、2回目の試技がスタート。1番手の東京アールアンドデーは、またも落下後に走れず無念の「記録なし」。2番手のIHIは何とか完走して「19秒39」。最後のソニーは自己記録を塗り替える「11秒36」で優勝に華を添えました。

マシンの美しさと遊び心も含め、圧勝だったソニーがすごかったのは確かですが、視聴者を引きつけたのは勝者だけではありません。落下の衝撃で動けないネコのおもちゃを見て「よく頑張った」と涙ぐむ姿、トップに遠く及ばないタイムながら完走に言葉を詰まらせる姿など、敗者たちが感動を誘いました。

さらに象徴的だったのは、番組全体のラストカットが、「記録なし」に終わった職人の「走りたかったですけどね……悔しいです」と涙を流す姿だったこと。放送終了後、「これほど頑張ったのだから負けたほうも得られるものがあるだろう」「決着がついて勝者はいるが、本当の敗者はいない」「この悔しさが近未来の開発につながるはず」などと感じた人は多かったのではないでしょうか。


放送後、PRに使えるほどの情熱

面白いのは、各社のウェブサイトに『魔改造の夜』の特設ページがアップされていること。

ソニーは「『魔改造の夜』を駆け抜けたチャレンジャーたちの軌跡」というページを設け、“技術解説”と“座談会”がアップされているほか、「特別動画 チャレンジャーたちの舞台裏」というYouTube動画を2本配信。

IHIも「IHI・ものづくりの未来『魔改造の夜』から考える」というページを設け、「Machines 魔改造が生んだもの」「Review あの夜が教えてくれたこと」「The Way 浮き彫りになった課題」という切り口から挑戦を振り返っています。

これら特設ページは、「それほど情熱を注ぎ、技術を駆使して挑んだことの証」であり、だからこそ「放送終了後に企業PRとして使える」のでしょう。その意味で両社のような大企業もいいのですが、放送開始当初によく出演していた『下町ロケット』的な町工場の挑戦をもっと見せてほしいところ。大企業VS町工場はもちろん、町工場のみのコンテストを仕掛けるなど、人間ドキュメントの濃さが増すような構成に期待したくなります。

『魔改造の夜』が話題になりはじめたころから、たびたびネット上で比較されている番組が、フジテレビ系で2011~2013年まで放送されていた『ほこ×たて』。

同番組は「絶対に穴の空かない金属VSどんな金属にも穴を開けられるドリル」のような対照的な技術を持つ職人が対戦するドキュメントで、視聴者から熱い支持を得たほか、数々のテレビ賞を受賞しました。しかし、けっきょく制作サイドによるやらせ発覚で番組は終了。視聴率獲得が強く求められる民放のバラエティで、一般人のガチンコバトルを放送し続けることの難しさを感じさせました。

さらに、「似ている」という声があるもう1つの番組は、2014年から2018年まで同じNHK総合で放送されていた『超絶 凄ワザ!』。こちらも2組の職人が本気で技術を競い合う姿を追うドキュメントでした。


バカバカしい×ガチンコの振り幅

どちらも「日本の職人が技術力を競うガチンコバトル」という構成は似ていますが、大きく異なるのが、「いい意味で突き抜けたバカバカしさがあるか」。『魔改造の夜』は、「おもちゃなどの日用品をあえて過度に改造する」という、やる必要のないことに本気で挑むバカバカしさがベースにあります。

“バカバカしい×ガチンコ”という真逆のものをかけ合わせたことで、かえって技術力の高さは際立ち、職人が成功に喜びを爆発させ、失敗に涙を流す姿への感動がワンランクアップ。しかも、実はバカバカしいのではなく、挑戦に投じた時間や得られたノウハウは、次の開発につながっていく様子がしっかり感じられます。

同時に視聴者もドキュメントを通して、プロジェクトの進め方、リーダーシップの取り方、開発と育成のバランスなどを学ぶことが可能。「やる必要のないバカバカしいことをやっているのに、そこには誇るべき技術と掛け値なしの感動、そして、ほどよい学びがあった」という振り幅の大きさが強みとなっています。

“制作・著作”に名を連ねる制作プロダクション・テレビマンユニオンは、『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)、『情熱大陸』(MBS・TBS系)、『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)、NHK総合でも『アナザーストーリーズ 運命の分岐点』『解体キングダム』などを手がける業界きってのドキュメント巧者。喜怒哀楽を切り取る演出の引き出しが多く、さまざま手法で職人たちへの感情移入をうながしてくれます。

ちなみに『魔改造の夜』は2020年6月のスタート当初、NHK BSプレミアムでの放送でした。そこからコロナ禍の中で不定期放送を続け、今年4月から総合テレビの木曜ゴールデンタイムで月1回放送されています。さらに、『魔改造の夜 技術者養成学校』『魔改造の夜 名言集』というスピンオフがEテレで放送されていたことも含め、より多くの人々に見られるベクトルへ向かっているかが分かるのではないでしょうか。

こちらはいわゆるネタバレ型のコラムですが、その映像には文字と写真では到底伝えられない熱気があり、結果を知った上で見ても感動できるでしょう。初めての人はもちろん、二度三度見ても同じように涙腺が潤む、稀有な番組であることは間違いありません。

コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。

「魔改造の夜 ネコちゃん落下25m走」 は、10/5(木) 午後8:41 までNHKプラスで配信中