「超多様性トークショー!なれそめ」
Eテレ  毎週(金)午後10:00~10:29
再放送 毎週(火)午前0:00~0:29(月曜深夜)
NHKプラスでは同時配信、放送から1週間見逃し配信しています。

女子校出身のトランスジェンダー正木菜々瀬が、これまでの経験などをもとに番組をレビュー。独自の視点で感想や見どころなどを綴っていきます。誰かの背中をそっと押すような、そんな番組との出会いを皆さんに届けていきます。

自分にとって遠いと感じていた世界が、ある小さなきっかけで身近なものに変わる、そんな経験をしたことはないだろうか。私たちは無意識のうちに自分で壁をつくっていたり、自分の世界を変えることに臆病になっていたりする。

そんなとき、幸運の出会いが私たちの視野を広げ、新しい世界へと導いてくれることがある。「超多様性トークショー!なれそめ」5月5日(金)の放送では、自分にはない感性や価値観への気づきが、人生を大きく変えるきっかけになるのだと実感した。

この回のゲストカップルは、耳の聞こえないととさん&聞こえるゆうこさん。聞こえない世界で育ったととさんと、ずっと自分の幸せを探して生きてきたゆうこさんは、どのようなきっかけでカップルになったのか? そして、ふたりの間にはどのような幸せのかたちがあるのか? 「なれそめ」のキーワードを記した「なれそメモ」をもとに、今回も司会の田村淳さんとゲストの方々がひも解いていく――。

手話通訳として入った会社で、ゆうこさんはととさんと出会う。
覚えたばかりのぎこちない手話でコミュケーションをとるのに必死だったゆうこさん。そんな彼女の伝えたい思いをくみ取り、常にサポートしてくれたととさん。互いの存在の大きさに気づいたふたりは、自ずと交際がはじまったという。運命的な出会いは、どこからともなく訪れるものだ。だからこそ、人生はおもしろい。

ふたりの交際が深まる過程でゆうこさんのなかに生まれたある変化に、私は大きな愛を感じた。

ゆうこさんは、ととさんと出会うまで大好きなカラオケに週2~3回通っていた。だが、ととさんと一緒に過ごすなかで、「一緒に楽しめないものは価値がなくなった」そうだ。また、テレビを字幕つきの設定に変えるなど、ととさんとふたりで楽しめるものが日々の選択肢になっていった。そんなゆうこさんの変化に、これまでの生活を変えることすらいとわない、強い覚悟を私は感じた。

今ある自分を変えることは、とても体力を使う。慣れている日常を変えてまで、新しい何かと向き合うことは、相応の勇気と覚悟が必要だ。これはトランスジェンダーである私が、特に実感していることでもある。

私は、学生のころから自分の容姿や性別が大きなコンプレックスであった。
自分らしく生きることができず、もがき苦しんでいた過去がある――。
将来を考えはじめた大学3年、21歳のころ、私はとてつもない不安に襲われた。
「本当に、今の自分でいいのか」
「このままでは、自分らしく生きられないのではないか」
そんなふうに自問する日々が続いた。幸せに生きることへの渇望は、ゆうこさんと似ていたかもしれない。

そんなある日、大学の友人に心中を打ち明けると、こんなふうに言われた。
「人生の不安や苦しみが少しでも無くなるのなら、なりたい自分に変わるのは早いほうがいい」

この一言が私の背中を押した。
性別を変えるための準備を早々に整え、決断してから約1か月半後、タイで性別適合手術を受けるに至った。友人との出会いや助言は、一つのきっかけにすぎないが、おかげ私は変わることができた。セレンディピティ(偶然の幸運との出会い)とは、きっとこういうことをいうのだろう。

自分が変わることで、新しい何かが得られると感じるとき、私は行動できる人間でありたい。その先にある新しい価値との出会いもまた、人を成長させてくれるのだ。変化を信じる勇気を、ゆうこさんとととさんの「なれそめ」は届けてくれた。

そして、もうひとつ私が愛を感じたのは「音の見える化」だった。
現在、ありのままの家族を撮影した動画を制作しているゆうこさんは、「音の見える化」を大切にしている。

例えば、扉を閉める音や手を叩く音に、「バタン」「パン」と字幕を付けて可視化するなど。ととさんと出会ったことで、本来耳で感じる“音”を、目で見ることができる“音”で救われる人がいることに気づいたという。ふだん聞こえる世界で生活している私たちは、あまり意識しない観点だ。

そこからも、ととさんのように耳が聞こえない人はもちろん、見る人全てが楽しめる動画を目指すゆうこさんの大きな愛が感じられる。ゆうこさんの「音の見える化」という発想から、新しい世界を感じた人は間違いなくいるはずだ。

手話を学び、聞こえない世界で生きるととさんと出会うことで開けた新しい世界。それを多くの人に知ってもらうために行動するゆうこさんの強さに、これからも励まされる人は多いだろう。
私も今回の学びを、他の人の勇気に結びつけられるように歩んでいきたい。

そして、ふたりが考える「超多様」とは――?
「さまざまな世界があることを知ること」(ととさん)
「常識を超えた幸せ」(ゆうこさん)

新しい出会いは、変化のきっかけにすぎない。しかし、そこから広がる世界は実に多様で大きい。その変化を楽しむことが、私たちの日常を変え、新しい幸せにつながるのだと信じたい。

(文/正木菜々瀬)

聞こえない世界で育ったととさん&ずっと自分の幸せを探して生きてきたゆうさんカップルの「なれそめ」は、本放送から1週間見逃し配信しています。
https://www.nhk.jp/p/naresome/ts/KX5ZVJ12XX/episode/te/Q6V9WRQWM2/

次回の放送は、5月12日(金)
「VRだからこそ自然体でいられたコマチンさん&ジョバンニ​さんのメタバース婚」カップル!
https://www.nhk.jp/p/naresome/ts/KX5ZVJ12XX/
(放送後、1週間見逃し配信しています)

1999年、茨城県生まれ。女子校出身のトランスジェンダー。当事者としての経験をもとに、理解ある社会の実現に向けて当事者から性に悩み戸惑う方、それを支えようとする方への考えを発信する活動に従事する。