本川達雄(生物学者)
東京工業大学名誉教授。著書は『ウニ学』『歌う生物学』など多数。

ロボット掃除機と似た動き

私は大学でウニの研究をしていたのですが、定年前の数年間は「ウニはどちらの方向に歩くか」がテーマでした。

大抵の動物は左右対称で長細く体の先端に頭や口があり、その部分を前にして進みます。この形状だといち早く獲物に食いつけ、口のそばに舌や鼻があれば見つけた獲物を食べていいかの判断も即座にできる。

また、餌を見つけるための目や鼻が体の先端にあると情報を早く入手できるし、そばに脳があればその情報をすぐに統合して判断を下せます。ですから動物は感覚器官と脳が集まった頭を前方にして移動するのです。

ところがウニには脳も目鼻もいなく、先端のない丸い形をしています。いったいウニはどこを前にして動くのでしょうか。

実はウニの口は体の下面中央にあります。肛門はその反対側の中央。地球に例えるなら南極に口、北極に肛門ということになります。口が下にあるので、他の動物のように口を前にして歩くことができません。でもウニの餌となる海藻は走って逃げたりしないので、目や鼻を駆使して追いかける必要もない。ぐるっと360度、ゆっくり移動しながら食べているのです。

この動き、何かに似ていると思いませんか。そう、昨今はやりのロボット掃除機。これもまた円盤型をしています。掃除機には部屋の形も家具の配置も分かりませんから、行き当たりばったりゆっくりと移動しながら掃除していく。ウニが動くさまとそっくりなのです。


いた場所を記憶している

ところが、場合によってウニも体の特定部分を前にして歩くことがあります。実はこれは私が発見したのですが、始まりは丸くないウニの研究でした。

ウニは大体真ん丸ですが、ナガウニという、ラグビーボールのような形をしたウニもいます。ナガウニは大抵、岩壁に体の長い面をつけて身を守りながら休んでいます。水槽の中に入れると、やはり水槽の壁に体を沿わせます。その壁で休んでいるナガウニを水槽の真ん中に持ってきて放すと、壁についていた面を前にして動く、つまり元の場所に戻るように動くことが分かったのです。

イラスト/宮下やすこ

そこで丸いウニでも同じ実験をしたところ、やはり壁に接していた部分を前にして動くことが分かりました。ウニは壁や群れている仲間にくっつくことで、捕食者から身を守っています。もし岩壁から離れたり仲間から取り残されてしまったら、くっついていた部分を前に進んでいけば、また同じ状態に戻りやすいというわけです。

つまり、ウニには記憶があることが明らかになったのですが、脳のないウニが、果たしてどこで記憶しているのか……。残念ながらそれを解明する前に定年となりました。いつか誰かが解明してくれたらおもしろいなあ、と思っています。

※この記事は、2022年12月12日放送「深夜便かがく部~うたう生物学」を再構成したものです。
(月刊誌『ラジオ深夜便』2023年4月号より)

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