「ことばの贈りもの」
豊富な人生経験を持つゲストの方が、自らの生き方などを語るコーナーです。

聞き手:江崎史恵

☆1 女優と学業を両立した学生時代

  酒井さんは小さいころから女優になりたいという思いがあったのでしょうか?

酒井 ありましたね。でも、人前でいろいろするのは苦手で、すごく緊張するタイプだったんです。今も変わらず緊張するんですけど(笑)。私は静岡市の出身で、10歳のときに、静岡市の子どもミュージカルのオーディションに受かったんです。緊張しながら本番に臨んだり、苦しい稽古に励んだり、それが楽しかったんですよね。稽古の成果をステージで全部出し切って拍手をいただいたとき、10歳の私は「こういう世界があるんだ」ととても感動しまして。お芝居をやって、いろいろな方たちに伝えていくという仕事をしていきたいと思いました。

  酒井さんは高校入学と同時に歌手デビューし、高校2年生のときに女優デビューされました。高校生時代は、家から仕事先まで新幹線で通っていたとお聞きしましたが?

酒井 当時、スカウトしてくれた事務所の社長が「高校生までは親元で過ごすのがいい」という方針で、静岡から新幹線通勤をしていました。高校の後半は、東京で泊まって帰るということも多くなって。最終の新幹線に間に合わないときは、朝一の新幹線で静岡に戻り、そのまま高校に行くという生活もしていました。そのときは、いつも母が駅まで制服とお弁当を持ってきてくれていましたね。

  18歳で主演したドラマ「白線流し」(フジテレビ系)が10年にわたってシリーズ化され、酒井さんの代表作になりました。当時も、静岡から東京に通っていたのですか?

酒井 はい、通っていました。「白線流し」は高校3年生の9月くらいから撮影がスタートして、舞台の長野県松本市で実際にロケをしていました。行きは静岡から東京に出て、新宿から特急電車に乗って3時間かけて松本に行くパターン、帰りは松本から甲府まで特急に乗って、甲府から静岡まで身延線を使って帰るというパターンが多かったですね。当時は冬だったので、制服の上にコートを着るんですけど、ふつうのウールのコートですから寒いんですよ。ドラマの衣装さんが、中にいっぱい着させてくれて、カイロも貼っているんですけど、雪が降ったり、夜のシーンでマイナス10度のときがあったりもしましたね。

  高校卒業後は大学に入学されましたが、大学に行きたいと思ったのはどうしてですか?

酒井 若いときから大人の世界にいるので、等身大の友達との関係性を持ちたいという思いが強くあったんです。大人の世界に長くいると、どこかずれていく感じがありまして。大学で学びながら、友達がほしかったというのが大きな理由です。今思えばとても大変でしたけど、大学生活が送れてよかったなと思っています。

☆2 母親として子育てから学んだこと

  酒井さんは30歳のときに結婚されて、その2年後に出産。女優をしながら妊娠・出産をされるのは大変だったろうなと思うのですが?

酒井 そうですね、俳優という職業は期間を区切れる仕事ではないので、妊娠してからもギリギリまで続けていました。ただ、つわりもひどくて。撮影の出番まで楽屋で横になり休みながら、出番で呼ばれたら「よし頑張ろう」と気を引き締めていくという感じで仕事をしていました。子どもが生まれてからは、授乳で悩みましたね。当時は、母親として母乳をたくさんあげられないことに「こんな母親じゃダメだ」と思い込み、泣いたこともありました。でも、あるとき、お料理を研究されている方とお話しする機会があって。その方には、私の子どもよりも少し大きいお子さんがいて、「ざっくりと考えればいいんだよ」と言われたんです。「1か月単位でバランスを取ったらいいのでは」と言われて、すごく気持ちが楽になったんですよね。

  出産後は仕事もセーブされたのでしょうか?

酒井 わりとセーブしました。出産して1年は仕事をしませんでしたし、1歳になってからもフルタイムでは働きませんでした。その中で、俳優の仕事をコンスタントに入れていくという形を取っていましたね。でも、仕事がある程度できていたことは、私の中ですごく大きなことで。完全に育児だけではなく、仕事をすることで社会とつながっている感覚になれたことが私にはよかったなと思っています。育児も大切だけど、仕事のときは子どものことを一瞬忘れて集中して仕事をすることで、心も体もリフレッシュできたというか。そして、仕事が終わったら子どものところに戻って、愛情をそそぐという切り替えができたことがとてもよかったなと感じています。

  お子さんは今11歳ということですが、これまでの育児、母親としての経験が、現在の酒井さんにどのように生かされていると思いますか?

酒井 今も子育ては現在進行形ですが、小さいころは自分の思いどおりにならないと不安になったり、イライラしたりすることもありました。でも、徐々に子どもが何を言いたいのかをしっかり聴くことができるようになって。それは自分の人間形成の中でも、人の話や意見をしっかり聴けるようになったことは、育児から学んだ部分でもあります。子どもが中心の生活となり、独身時代とは違って自分の思いどおりにならない日々が多いですけど、いかにうまくバランスを取るかということを学んでいるように思います。

(NHKウイークリーステラ 2021年8月27日号より)