聞き手/佐治真規子
——著書『親のパンツに名前を書くとき』の「相談」という母と娘の話もいいですね。このお母さんの場合、記憶を失うことに配慮して話せば、普通の人の会話と変わらないというお話です。
北川 これは、私の漫画を読んでメールを送ってこられた方のことを描きました。母と娘二人暮らしで、若年性認知症と診断されたお母さんを12年間、自宅で介護してきた方で、楽しかった思い出を漫画にしてほしいという依頼でした。それでご本人たちにお会いして描いた実話です。
よく家族が認知症になると、家族関係が悪化したり破綻したりする例を聞きますが、この母と娘の場合は逆でした。子どものころにお母さんにちょっと虐待めいたことをされてて、娘さんは大人になってからは完全に疎遠になってたんです。けれど認知症と診断されて同居するようになったら、お母さんが朗らかになって、二人の関係性が良くなった。こういうこともあると世の中の人にも知ってほしいという気持ちで描きました。認知症の先の未来は一つじゃないんですよね。
——本当に百人いれば百通りの形があるのですね。作品を読んだ方には、どういうことを感じてもらいたいと思いますか。
北川 認知症とか介護というのは、イメージが独り歩きしている気がします。身近にそういうことがない人にとっては、ハードルが高い、できれば見たくない、ふたをしておきたいことになっている。でも、遅かれ早かれ周りの誰かや自分自身が経験することなんです。
私は、介護の漫画を描く漫画家と思われることが多いのですが、私自身はそういう認識はなくて、あくまでも人生、その中でも晩年をテーマに描くことが好きなだけだと思います。だから介護や認知症のある人の漫画というより、どこにでもいる1人の人間の話として捉えていただけたらいいなと思います。
「介護」という言葉はなくていい
——最近、『認知症のある人の暮らしの知恵〜それは色んな立場の人に役立つ知恵袋〜』という冊子を自費出版されました。全部で7つのカテゴリーに分けた工夫が4コマ漫画とともに紹介されています。
北川 はい。丹野智文さんに、情報提供と監修をしていただきました。
——丹野さんは39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断を受けた、現在48歳の方。認知症の当事者発信を続けるトップランナーですね。
北川 はい。丹野さんが出版された『認知症の私から見える社会』に、当事者が実際に行っている生活の工夫が書かれている章があり、それを漫画にしました。裏表紙には丹野さんの言葉も載せています。
——たくさんの認知症の方と出会ってきた経験から、改めて認知症について知ってほしいことは何でしょうか。
北川 認知症というと、他の病気に比べて衝撃を強く感じ過ぎる人が多いのではと思います。だから当事者もさることながら、介護する側も初めからつらく追い込まれてしまう。
当事者は、実際の認知症の症状以上に、周囲との関係性によって症状がより悪くなったり、多様な症状が出たりすることが多いようにも思います。要介護者と介護者は、片方が楽になれば片方も楽になる関係ではないでしうか。今回の冊子もそういう気持ちから、認知症のある人が少しでも暮らしやすくなれば双方が……という思いもあって作りました。
矛盾しているかもしれませんが、私は「介護」という言葉自体がなくなればいいと思っているんです。できなくなったことがある人がいたら、そのできない部分を周りの誰かが助けてあげる。でもそのできない人もできることはあるので、その部分で他の人を助けてあげる。
認知症になっても誰かの力になれることはたくさんあるし、この冊子にある認知症と診断された人にとっての役立つ知恵が、いろんな立場の人の生きやすさにつながることもあります。相互に助け合い、笑顔の人が多い、楽しく生きていける社会になればいいなと思います。
幼少のころ、同居していた祖母や地域のお年寄りにたくさん遊んでもらったという北川さん。私も祖父母と一緒に暮らしていたので、温かな思い出がよみがえりました。北川さんの漫画は体験をもとにした自分事。次回作も楽しみです。
※この記事は、2022年11月15・22日放送「ラジオ深夜便」の「マンガで発信!認知症」を再構成したものです。
(月刊誌『ラジオ深夜便』2023年3月号より)
購入・定期購読はこちら
12月号のおすすめ記事👇
▼前しか向かない、だから元気! 池畑慎之介
▼闘う現代美術家 村上隆の世界
▼毎日が終活 菊田あや子
▼深い呼吸で心を穏やかに 本間生夫 ほか