聞き手/佐治真規子
介護職者が現実を発信した
——これまで出版された北川さんの漫画は『認知症のある人って、なぜ、よく怒られるんだろう?』『親のパンツに名前を書くとき』などタイトルにインパクトがあるのですが、こうした作品を描こうと思われたきっかけは何ですか。
北川 25年ほど前から漫画家をしていますが、なかなか思うようにいかず、30歳過ぎてからは特別養護老人ホームやグループホームで働いていました。15年ほど前のことで、今よりもずっと認知症に対する偏見が強い時代でした。また介護職に対しても5K(きつい・汚い・危険・暗い・臭い)などと言われていたんです。
確かに自分が仕事をしていても、認知症のある方と接する介護はしんどいことも多かったんですが、かといって1日24時間、ずっとつらいわけではなく、介護している方と一緒に笑い合う瞬間や、やっていてよかったなと思えることもたくさんありました。
当時は一介護職が発信する場がほとんどなかったので、漫画を使ってそうした介護の仕事の現実を伝えられるのではないかと思い、ブログでたびたび発信するようになりました。
認知症がその人の全てではない
——北川さんの漫画はパステル調の柔らかい色合いで、登場人物が皆笑っていて心があったかくなります。10年ほど前に最初に出版された単行本『認知症のある人って、なぜ、よく怒られるんだろう?』は自費出版で、すごく話題になったそうですね。
北川 ええ。今でこそSNSなどで介護職や介護される当事者の話が表に出るようになりましたが、当時はわりと珍しかったんです。それで新聞でも取り上げていただき、問い合わせの電話が鳴りっぱなしになるほどの、大きな反響をいただきました。その後、出版社から新装版で刊行され、書店で売られるようになりました。
——よく「認知症の人」と表現しますが、「認知症のある人」とされたのはなぜですか。
北川 僕の勝手なこだわりなんですが、「認知症の人」というと、その人全部が認知症に乗っ取られたみたいなイメージがあるんです。実際には認知症と診断されたあとでも人間が変わるわけでなく、認知症という状態が一部としてあるだけなのに、人格までが全部変わったみたいな。当事者の方にも「診断の前日と翌日で自分は特に変わらないのに、家族が急に禁止事項を増やして厳しくなった」「周囲の人が急に優しくなった」などと聞くことがよくあります。
もちろんご家族の気持ちは分かるんです。だけどご本人は、認知症の症状より家族をはじめとする周囲との関係性の変化で余計にしんどくなってしまう。そういうことから僕は、「認知症のある人」という言い方をしています。
入浴拒否をする理由
——この本の「ある日の入浴」という作品が印象的でした。介護施設にいる84歳の志乃さんという女性の目線で、お風呂に入りたくない気持ちが描かれています。
北川 若い男性の職員が、志乃さんをお風呂に誘うけれど、入浴拒否されてしまう話です。認知症で過去の自分に戻るタイプの方は、いちばん輝いてた時代、女性なら例えば子育てで頑張っていたころに戻られていることが多いんですが、このときの志乃さんも自分が30歳ごろの感覚になっているんですね。
それで「子どもが帰ってくる、夕飯の準備をしなきゃ」と考えているところに、見知らぬ若い男がお風呂に誘ってくる。職員は仕事で「お風呂」と誘うんですが、志乃さんの身になれば、とても変なことですよね。意味が分からないというか。
しかもこの職員がふだん志乃さんを小ばかにするような態度をとっているので、感覚的に「嫌な感じの人」と捉えられて、余計に入浴を拒否されるというお話です。
——でも、別の人から声をかけられたら、入る気になっていきますね。拒否するには何らかの理由があるということなんですね。
北川 そうなんです。ふだんから関係性がいい職員や、対応が上手な職員だと入浴してもらえる確率が高くなる。そういう日々なんですね。
(後編はこちらから)
※この記事は、2022年11月15・22日放送「ラジオ深夜便」の「マンガで発信!認知症」を再構成したものです。
(月刊誌『ラジオ深夜便』2023年3月号より)
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