しばらく前にネットで、誰かが「ブラタモリ」のことを“奇跡”と評しているのを見た。私もそう思う。日本のテレビでは普通ありえない、味わい深いセンス・オブ・ワンダーをもたらす番組となっている。

散歩好きのタモリさんがブラブラとさまよう。ここまではよくあるフォーマットである。「ブラタモリ」がすごいのは、専門家の先生が登場して、情熱の「オタクトーク」を繰り広げるところである。

世の中には、大抵の人が気づきもしないようなことを研究している先生方がいて、大学や研究所、あるいは民間で日夜探究されている。成果を学会や論文で発表することもあるけれど、それだけでは「人に伝えたい」という情熱を満たせない。

そこで、タモリさんが登場する。地理や歴史、地質について深くて広い知識があるタモリさん相手ならば、遠慮せずに自分の学識をありったけぶつけることができる。タモリさんは、その「魂のレクチャー」をひょうひょうと受け止める。タモリさんがいることで、普通のテレビでは難しい高度な内容が放送できるのだ。まさに“奇跡”である。

登場する専門家は、どうしても男性が多くなる。タモリさんが受け手になることで、いわゆる「マンスプレイニング」(男性が説明して女性がそれを聞く)に陥りがちなテレビの文法から逃れることができる。さらには女性アナウンサーが発する率直な感想や小さな気づきが、タモリさんと専門家の「オタクの世界」を相対化してくれる。

撮影、編集技術もさすがNHKである。ドローンなどを活用して立体的な映像となっている。一方で、時にはカメラや音声のスタッフもあえて入れた画面構成にすることで番組に深みをもたらしている。

歌舞伎の舞台に出てくる「黒衣」や、文楽における人形遣いのように、「表」を支える「裏」を含めて洗練された表現に昇華する日本の伝統が現代に生きている。

タモリさんの「瞬発力」も見ものである。専門家からクイズを出されて、答えがひらめいたときのタモリさんの顔の輝きが魅力的。

そして何よりも、芸達者なタモリさん、突然始まるしぐさや口上が、異世界の息吹と興奮をもたらす。やろうと思えばいろいろできるタモリさんが肩の力を抜いているからこその存在感。周囲を華やかにする「圧」のようなものさえ感じる。

何回か番組収録をご一緒したことのある私の経験では、「放送で使えない」タモリさんの発言は抜群に面白い。欲を言えば、タモリさんが現場で発しているであろう「つぶやき」を「NG集」などで見てみたいところである。

(NHKウイークリーステラ 2021年7月2日号より)

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。