過酸化マンガンをご記憶だろうか。
中学高校で実験した方が多いはず。過酸化水素水から酸素を取り出す時に混ぜたのが過酸化マンガンだ。
要は化学反応を起こさせやすくする触媒の役割だった。

『どうする家康』を4話まで見て気づいたことがある。
ネット上では、「微妙」「‟松潤”には合ってない」などの批判がある。これらは大河ドラマの主演に、「圧巻の演技力」「渋みや深み」を求めるがゆえの声だろう。ところが『どうする家康』では、優柔不断で戸惑う主役の姿が描かれる。
典型的な大河の英雄と異なり、当初は弱々しい普通の人間が成長していく姿をリアルに描こうとしているからだ。

その凡庸ゆえのプラス効果が生まれている。
個性的で強烈な役を演ずる共演者たちを、際立たせているという側面だ。
筆者が“松本潤は過酸化マンガン”とした所以である。


4話は節目?

流出率データで見ると、4話までで面白い傾向が見て取れる。

新鮮に映ったためか、初回こそ展開に集中する視聴者が多かったが、2~3話にかけて番組途中でチャンネルを替えたりテレビを消したりする人が増えていた。
ところが4話では、初回と同じように集中する人が増えていた。

初回では戦場から逃亡した元康(松本潤)。
2話では父の墓前で切腹を考えてしまった。そして3話では、母・於大(松嶋菜々子)に妻や子を見捨てろと言われるなどした後、味方だった吉良義昭(矢島健一)を泣く泣く攻め滅ぼした。
ただし3話の時点では、まだ気持ちが定まったとまでは言えない。

ところが4話で異次元に踏み入れる。
そのきっかけがお市(北川景子)との出会い、藤吉郎(ムロツヨシ)の存在、そして決断を迫った信長(岡田准一)だった。
「夜伽役」を迫られた妻・瀬名(有村架純)を救うべく、遂に今川氏真(溝端淳平)を攻める決心をした。


4話前半の山場

流出率データで見ると、そこまでの盛り上がりが見て取れる。

まず元康が清須城を訪ねるシーン。
ネット上では、CGが「ひどい」「中国の紫禁城っぽい」と酷評されている。ところがここで見るのをやめた人はごくわずか。1~3話と比べても、序盤5分の実績は最高となった。
弱々しい元康を威圧する雰囲気。視聴者も取り込む役割をCGは果たしていた。

お市の登場も力があった。
お手合わせの1分半、平均流出率0.3%未満は前半で最も長く視聴者をひきつけたシーンだった。
ただし格闘では代役を立てていたのではなかったか。
明らかに北川景子の繊細な腕ではなく、無骨さが垣間見えてしまったのは少し残念だった。

そして前半のもう一つの山場は信長が元康に決断を迫った時。
覚醒させるため張り手を食らわせたが、驚いた視聴者が少なくなかったようだ。


4話後半の山場

後半はさらに流出率の成績が向上する。

まずは大高城の戦いで勝ったと思っていた元康に、もう一つの物の見方を解いた藤吉郎。
サルと呼ばれる変人ぶりを遺憾なく発揮していたムロツヨシだが、賢さを秘める説得力が抜群だった。1分半にわたり流出率が0.3%を下回ったが、特に最高値が0.2%台前半に迫るほど視聴者を唸らせたシーンだった。

お市と元康の縁談が壊れるシーンも盛り上がった。
平均0.3%未満が2分半も続くほど、二人の心情がにじみ出る名場面だった。特に最後に吹っ切れたような表情を見せた北川景子は絶品。
「この世は力」「欲しいものは力で奪い取るのです」と言い放った顔と、婚礼の着物選びの際の少女の一面との落差は、彼女の力量を十二分に見せられた気がする。

そして4話で最も人々が見入ったのは終盤。
子どもの頃に命を救われたお市にとって、「竹千代がお助けします」と誓った元康が初恋の人だったことが明らかになる。
そして初恋に敗れたお市が、「奴を殺してやってもよい」と信長に言われて、「(武田や北条など)厄介ごとは白兎殿に押し付けなさるがよい」と返す。

さらに「兄上が心から信を置ける方は、あの方お一人かもしれません」と言い切る。弱々しく迷ってばかりの家康は、権力者に忖度せず自分の気持ちとまっすぐ向き合うがゆえに可能性を持っていることが明かされる。

そしておおいくさが始まろうとしている。
「今川は今この時より、再興の道を行く」と氏真が宣言した瞬間の流出率が0.19%。盃を投げ壊した兵どもと同様、視聴者も血沸き肉踊って次週に期待した様が見て取れる。


元康は過酸化マンガン

如何だろうか。
4話でも盛り上がったシーンは、北川景子・ムロツヨシ・岡田准一・溝端淳平など共演者たちが快演したシーンだった。
3話まででも、有村架純・松重豊・大森南朋・山田裕貴・野村萬斎・阿部寛・松嶋菜々子などの場面が際立った。

ただし各名場面は、凡庸な元康を演じた松本潤の演技がゆえに際立ったという側面がある。
普通の人間が前提になっているため、こうした非凡な言動が視聴者の目を引く。つまり役者と視聴者の間に化学反応が起こっていた。
その触媒こそ、過酸化マンガンの役割を発揮した松本潤だったのではないだろうか。

そして節目となった4話を経て、5話以降で家康が非凡さを少しずつ見せ始めるだろう。お市・信長・藤吉郎・家臣などに育てられた元康が、着実に進化を始める。その成長ぶりを楽しみにしたい。

愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。