「弱虫ペダル LIMIT BREAK」
毎週土曜 総合 深夜0:00(日曜 午前 0:00)~0:25
原作:渡辺航 監督:鍋島修 脚本:砂山蔵澄 音楽:沢田完
声の出演:山下大輝、鳥海浩輔、福島潤、岸尾だいすけ、松岡禎丞、下野紘ほか
【番組ホームページ】
https://www.nhk.jp/p/ts/M9ZMMQNXR1/ 


休刊した「NHKウイークリーステラ」誌の連載企画「アニメが世界を救う(仮)」が、ステラnetで復活!! アニメLOVEライターの銅本一谷が、NHKアニメ作品をレコメンド。その魅力をググっと掘り下げてご紹介していきます。前回に続いて取り上げるのは「弱虫ペダル LIMIT BREAK」!

「弱虫ペダル」で人生が変わる人も続出!

アニメやゲーム、ガシャポンフィギュアをこよなく愛する高校生の小野田坂道くんが、自転車ロードレースの世界へ……。そんな「弱虫ペダル」なのだけれど、作者の渡辺航先生が最初に着想した物語の主人公は、なんと女の子だった(その経緯については、原作16巻のあとがきに説明あり)という衝撃の事実があります。最初にでき上がったネーム(第一稿)では、主人公の女の子が自転車部の王子様に憧れるストーリーだったそう。それが、どうして現在のような物語に!?

実は、坂道くんというキャラクターが誕生した背景には、ある作品が大きな役割を果たしているんですよね。それが 2005年に映画化、テレビドラマ化、舞台化されるなど一大ブームを巻き起こした「電車男」でした。ネットの匿名巨大掲示板がモチーフになった、あの「電車男」です。

渡辺先生は「弱虫ペダル」の連載を始める前に、この作品のいくつかのコミカライズのひとつとして「電車男 ~でも、俺旅立つよ。~」(秋田書店/最初は全3巻で、のちに「新装版」として上下巻で刊行)を執筆。原作小説のストーリーラインをベースにしながらも、オリジナルの登場人物や場面描写を織り込み、ハッピーエンドに向けて疾走感のある独自の魅力に満ちあふれた作品を生みだしていました。その「電車男」の主人公のキャラクターが小野田坂道くんにつながっている、と渡辺先生は語ってくれたんです。

確かに「電車男」は、僕の中で、ある種のターニングポイントだったかな、と思います。そのときに物語を描くうえで僕が重要視したというか、チャレンジングだったのは、キャラクターの内面をすごく丁寧に、ゆっくり描いていくところでした。少しずつ少しずつ、がんばってがんばって、やっと一歩を踏み出す、みたいな。そういうキャラクターが変化していく姿を見せるのは、僕がそれまで描いてきた漫画では、あんまりやっていなかった部分で。

それが「電車男」の主人公だったんですけれど、「弱虫ペダル」の最初の打ち合わせの中で編集さんから言われて僕の心に刺さったのが、「あの男の子って、まだ描けてない部分あるでしょ?」という一言なんです。僕自身も、もうちょっとあの子を描きたかった、と思う部分があったんですよね。でも、ブームの流れもあって「電車男」はどうしても終了のタイミングが決まっていたので、3巻で完結させたんだけど、そう言われて、そういう主人公で話が描けないかなと思って。自転車ものをやる、となったときに「それ系の主人公でいきますか」という話に落ち着いたんですよね。

そんな坂道くんだけでなく、「弱虫ペダル」には、総北高校、箱根学園をはじめ(各校6人で構成されたメンバーでロードレースを戦う)、個性的なキャラクターたちが数多く登場。それぞれに熱狂的な「推し」のファンがつくほど、人気を集めているんですよね。

それは坂道くん同様に、それぞれのキャラクターが持っている「人間」としての魅力が深く描き込まれているから、に他ならないわけで。その最たるものが、物語の中に絶対的な敵役として登場する、京都伏見高校の御堂筋あきらくんだと思うんだよね。

自分が勝つためには、どんな「汚い手」でも平気で使い、卑怯者と呼ばれようとも微動だにしない強靭きょうじんなメンタルを持っている彼の眼には、ただ「勝利」しか見えていない。ひたすらに、それのみを追い求めるストイックな姿ゆえ、敵役にもかかわらず読者、視聴者からは圧倒的な支持を集めてる……。

©️渡辺航(秋田書店)/弱虫ペダル 05 製作委員会

自転車そのものの楽しさ、個性的なキャラクターの魅力、そしてレース描写の圧倒的なスピード感で大人気の「弱虫ペダル」。ゆえにアニメをはじめとする映像化だけでなく、地方自治体やさまざまな企業が協賛したライド・イベントや、東日本大震災からの復興を願い羽生結弦選手がキャラクター化されて「弱虫ペダル」の世界に登場した「#東北ペダル」などなど、コラボレーションしたイベント企画は本当にたくさんあって、それこそ枚挙にいとまがない。

何よりもすごいと思うのは、「弱虫ペダル」に影響を受けて、自分の人生が変わったと断言する人たちが多数存在していることなんですよ。「ペダル」を読んでロードレーサーに乗り始め、レースに参加するようになった人たちが激増して、各地の大会は盛況。その中から自転車競技のプロとして歩き出した選手が何人もいるくらいで。「弱虫ペダル」で自転車を楽しむようになった人々が増え、競技自体の裾野が大きく広がっていることを実感していると、渡辺先生も言っていたなぁ。

本当にありがたい話で、「『弱虫ペダル』を読み始めて、2年目でヒルクライムの大会で優勝しました!」とか言ってもらえて、やっぱりすごくうれしいですね。出演している声優さんにも「『ペダル』のおかげで自転車にハマりました」「アフレコの現場まで、自転車で行っています」と言っていただいて……。本当に、ありがたい。

でも、いつも思っているのは、僕の漫画を読んでくれて、ということもあるだろうけれど、それ以上に、実は自転車そのものに、人を健康にさせたり、ポジティブにさせたり、人の心をどんどん動かしていく力があるということなんですよね。それは、実は、その人がもともと持っている能力だったりもする。だから僕は「作品を読んでレースを始めました」という人に対してありがたく感じるのと同時に、自転車が持っている力って本当にすごいな、といつも思うんです。

過酷さも困難も失敗も、全部楽しさに変えてくれる自転車で、まだ見たことのない道を前に進むすばらしさ。その自転車が持つ根源的なおもしろさ、奥の深さは、そこに「人間」が関わっているからだ、と渡辺先生は作品の中で記していて、そこには共感しかない。


自転車とアニメで人と社会も変わる!?

この「自転車そのものが持つ楽しさを描く」ことが、アニメ化においても大切にされていることは、作品の随所から伝わってきます。例えば、「弱虫ペダル LIMIT BREAK」の第1話「最終日、スタート!!」の中に、坂道がダウンヒル(下り坂)を走るシーンが登場するけれど、そこでは遠心力を感じながらカーブを駆け抜ける快感などが活写されていて。

また、着順を競うレースでありながら、利害関係が一致する他チームと協力しながら走る「協調」(集団で走ることで風の抵抗を抑え、その結果、巡航速度を上げることができる)といった戦略も描かれていたし。渡辺先生の原作にも、一般道路をロードレーサーで走るときに信号を無視して走行した新入部員が叱責される場面が登場していたなぁ。そんな社会性をも内包している「弱虫ペダル」。とはいえ、自転車競技の世界をアニメーションで描くことは、かなり困難を要するものだということを渡辺先生は教えてくれました。

アニメーションって、音がついて、動きがあるから、実は非常に自転車と相性が悪くて、その表現については、先人たちがめちゃくちゃ苦労してきたところがあるんですよね。これが「物語の端役として登場する、自転車に乗っているキャラクター」であれば、少々動きが鈍かったり、デッサンが整っていなくてもみんな見逃してくれるんですけど、なにせ「弱虫ぺダル」は自転車に乗って競技する作品なので(笑)。
そこがある種キモの部分で、キャラクターが自転車に乗ってペダルを漕いでいる、という動画で、アニメーションに関わっている人たちにどれぐらい‟カロリー”がかかっているのか。それも想像しながら見ていただけると、また一層おもしろく感じていただけるのかなと思います。

©️渡辺航(秋田書店)/弱虫ペダル 05 製作委員会

そして僕としては、アニメをより深く楽しむための予習・復習として、ぜひマンガも読んでほしい(笑)。僕がマンガの中に描き込んだ情報量のうち、アニメでは構成の都合でカットされているセリフとか、小さな掛け合いみたいなやつが、実は存在しているんですよ。
マンガでいうと4~5話くらいが、アニメの1話になるくらいの尺で作ってあるのかな? そのカットされた部分はマンガでしか楽しめないところなので、アニメを見た後で「モア・ペダル!」と思われたときには、ぜひ原作の63巻あたりまでを読んでいただければ、と思います。

前述のように、かつてテレビ東京系で放送されていたシリーズが、今期は総合テレビでの放送となっています。しかもNHKでは、2020東京大会のパラサイクリング日本代表となった川本翔大選手がアニメのキャラクターになって、坂道くんたちと共演する「アニ×パラ ~あなたのヒーロー誰ですか」(第7弾 パラサイクリング×弱虫ペダル)も制作されているんだよね。こちらはBS1ほかで随時放送されていると同時に、「アニ×パラ」の公式サイトでも動画を視聴できる。

物語の設定としては、坂道くんが1年目のインターハイに優勝した直後にあたるエピソードなんだけど、この「アニ×パラ」も自転車が持っている可能性、楽しさが伝わってくる内容で(同じ制作スタッフが手がけているから、当然と言えば当然なんだけど)、仕上がりについては「原作ファンにもアニメファンにも違和感なく見てもらえるものになっている」と、渡辺先生も太鼓判を推してくれました。

©️渡辺航(秋田書店)/NHK

あれは、2021年のオリンピック・パラリンピックイヤーだけでなく、繰り返し放送していただいて、ありがとうございます!って思っています(笑)。僕もちょいちょい目にしていましたが、間にあれが挟まってくれたおかげで、みなさんの期待値も上がったと思うし、第5期を楽しみに待つことができたんじゃないかと思っています。

それから漫画のほうでは、坂道が2年目のインターハイを終えた後に、新たにマウンテンバイクに挑戦した話を描いたんですよ。というのも、2年連続で優勝争いを繰り広げる選手にまで成長した坂道を、もう一度「ど素人」として描きたいという思いがあって。同じ自転車競技なんだけれど、全く別の世界に行って、もう一回、一から学ばせたかった。それを通して、1巻から5巻くらいまでに描いた「新しいことを吸収できて楽しい!」と感じるところを描けたので、僕はやってすごくよかったと思っています。これもアニメ化されたらいいな、と願っていますので、NHKさん、ぜひよろしくお願いします!(笑)

第2クールに突入した「弱虫ペダル LIMIT BREAK」は、ここからゴールまで、クライマックスの連続。インターハイの最終レースは、緊張で手に汗を握る展開が続いていきます。最初にゴールラインに到達して勝利を手にするのは、はたして誰なのか!?
もう、一瞬たりとも目が離せないですね。風を切って走る爽快感をイメージしながら、激闘の決着を見届けましょう!!!

©️渡辺航(秋田書店)/弱虫ペダル 05 製作委員会

カツオ(一本釣り)漁師、長距離航路貨客船の料理人見習い、スキー・インストラクター、脚本家アシスタントとして働いた経験を持つ、元雑誌編集者。番組情報誌『NHKウイークリー ステラ』に長年かかわり、編集・インタビュー・撮影を担当した。趣味は、ライトノベルや漫画を読むこと、アニメ鑑賞。中学・高校時代は吹奏楽部のアルトサックス吹きで、スマホの中にはアニソンがいっぱい。