最高の旅とはさびしい旅にほかなるまい―。観光地でも旧蹟でもない町で、人生の最深部に触れた日々の記憶。こんな時代だからこそ読みたい、活字で旅する極上の20篇。

著者の松浦さんは詩人で小説家、評論家。東京生まれで、東京大学でフランス語などを教えていました。現在は早期退職し、創作・執筆に専念されています。

そんな松浦さんが、かつて行った国内外の旅を思い出して書いた紀行本ですが、出てくるのは観光地ではない、ちょっとさびしい町ばかり。国内だと奄美大島の名瀬、東京の上野、信州の上田や中軽井沢。海外だとアメリカのナイアガラ・フォールズ、中国の長春、台湾の台南、アイルランドのコネマラ、モロッコのアガディールなどなど。

大都市・上野にもさびしいものを見つけていくのが、松浦さん独特の感性ですね。また、彼のプライベートがかいま見えるのも、この本の特徴です。

私がとびっきりさびしい町だと思ったのは、アメリカのタクナ。1989年の秋、東海岸の大学に講演で招かれた際、松浦さんご夫婦は西海岸のサンフランシスコから車でアメリカを横断することを計画。

中古車を買って出発したのですが、途中、車が故障してしまいます。その町が人口500人余りのタクナ。修理工場に部品が届くまでの数日間、奇跡的に1軒だけあったモーテルで過ごすことになるのですが......そのてんまつは、ぜひ読んでみてください。

計画どおりにいった旅より、何かハプニングがあったり、日本に帰れるか少し不安になったりした旅のほうが、やはり思い出に残るのでしょうね。

(NHKウイークリーステラ 2021年6月4日号より)