着物に描かれた文様。扇に菊と竹が描かれ、延命長寿を祈る。
富貴繁栄を表す御所車とともに菊・椿(つばき)・松が描かれている。
お正月には松・竹・梅など、めでたい植物の文様があふれています。昔から日本人は着物や食器、ふすま絵などに植物の絵や図柄を描いてきました。植物などの文様を研究して30年以上というふじさんに、文様に込められた日本人の願いや祈りについてお話を伺いました。

聞き手/須磨佳津江

植物文様に込められた健康への願い

——着物の柄や食器や漆器の柄には、花や植物の文様が多いですが、何か意味があるのでしょうか。

 花にかぎらず、文様にはさまざまな意味が込められています。例えば「松竹梅文」は、縁起がよいとされ、正月の飾りにもよく使われますが、これは寒い冬に力強く生きる植物を描いたものなのです。松や竹は寒い冬でも葉をピンと張って緑を保ち、梅はほかの植物に先駆けて花を咲かせる。

もとは中国の「さいかんさんゆう(注1)」が日本に伝わったもので、その生命力の強さに、人もこうありたいという願いを込めたといわれています。植物文様は数多くありますが、薬として使われていた植物の文様も多いですね。

例えば五節句(注2)をみると、9月9日の重陽の節句には「菊」。菊酒を飲んで長寿を願ったり、菊の滴で体のほてりを鎮めたりする風習があります。5月5日の「しょう」にも、3月3日の「桃」にも、薬効があるとされています。

また、「立てばしゃくやく、座ればたん、歩く姿はの花」という、日本では美人を表す言葉がありますが、実はこの3つも、薬として使われていた植物なんです。百合は百合根に滋養があるとされていますし、牡丹も古くから漢方の原料として使用されています。

中国から伝わった植物は、もともとは薬用で入ってきたものがほとんどだといいます。昔は字が読めない人も多かったので、暮らしに役立つ植物を、それと分かるように図案化したとも考えられます。反対にきれいな花でも、「とりかぶと」の文様は見たことがないので、毒があるものは描かれなかったのではないかと思います。

(注1)中国の宋代に始まった画題の一つ。冬の寒さに耐える友とすべき3つのもので、松・竹・梅または梅・水仙・竹が描かれた。
(注2)1月7日のじんじつの節句、3月3日のじょうの節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕の節句、9月9日の重陽の節句のこと。

*「文様」とは……土器や武具、装飾品や器物、織物・染め物などに描かれた模様や図案のこと。なかには家紋のモチーフになったものもある。


語呂合わせやしゃれが大好きな日本人

——薬効があるものを文様にしたということですか?

 諸説ありますが、文様にして分かりやすく伝えようとしたのではないでしょうか。冬に赤い実がなる「南天」も、のどの薬として古くから使われています。〝難を転じる〞という語呂合わせもあり、「福寿草」と一緒に描いて〝難を転じて福となす〞に通じるとされました。こういった語呂合わせも、文様の特徴の一つです。

以前、刀のさやに「猿」と「栗」の文様が描かれているのを見たことがあります。戦国時代、栗は保存食で、〝かち栗〞を出陣の際、武将が保存食にしたとされています。その栗と猿を一緒に描くことで〝勝ち去る〞と縁起を担いだようです。

また、子ども用の着物に「」が描かれているのを見つけました。子どもが茄子好きだとは思えず、調べてみたところ〝成す〞にかかっていました。琴の音を調節するための「こと(注3)」と「茄子」を描いた「琴茄子文」というのもあり、子どもが夢を達成するようにという願いが込められていたのではないでしょうか。

(注3)琴の胴の上に立てて弦を支え、その位置によって音の高低を調節するもの。

「南天文」…“難を転じる”とされることから災難よけ・厄よけの祈りが込められている。
「茄子尽くし文」…地模様に茄子が描かれ、子孫繁栄を表す唐子(からこ)が配されている。

もう一つ、子どもの着物によく見かけるのは「麻の葉文」です。麻の成長が早いことから、子どもが早く成長するようにとの祈りが込められています。また、麻は昔から神事でも用いられ、神聖なものとされたことから厄よけ・魔よけの意味でも使われています。

「麻の葉尽くし文」…アニメにも登場した幾何学的な麻の葉文は、日本を代表する文様の一つ。麻は神事などでも用いられることから、汚れをはらうともされた。

文様の意味を知れば生活がより豊かに

——藤さんが文様に興味を持たれたきっかけは?

藤 30年ほど前、京都の着物の絵師さんが「着物が売れへん。なんとかして着物を残す方法はないか」とおっしゃるのを聞いて、「着物の柄と開運が結び付くのでは」と思い当たりました。

調べていくうちに、日本人が大切にしてきた祈りや願い、日本人のユーモアにもふれることができ、どんどんおもしろくなって。ぜひ皆さんにも、周りにある身近な文様を見直してみていただきたいです。

例えば婚礼の席で「松葉文」を目にすることがありますが、これは松葉は2本で対になっていて、散っても根元はくっついていることから〝いつまでも離れない、あなたと一緒〞という夫婦の強い絆を表しているのです。

こんなふうに文様の意味を知っていれば、日常がおもしろく、豊かになるのではないでしょうか。誰かにプレゼントをするときに、文様の意味を考えて、さりげなく思いを込めるのもいいと思います。

「枝椿(えだつばき)文」…椿はポトリと花が落ちるさまが首が落ちることを連想させ、武家では嫌われた文様だが、“ポトリと落ちるように”生まれるようにという安産祈願の意味もある。漆器、箱瀬淳一氏の作品。
「松葉散らし文/吹き寄せ文」…松葉は地に落ちても対になっていることから、夫婦円満・恋愛成就に通じるとされる。風に飛ばされた様子を描いたものは文様では「吹き寄せ」とも呼ぶ。
藤 依里子(ふじ・えりこ)

兵庫県生まれ。文様研究家。日本図案家協会準会員。園芸文化協会会員。京都の絵師・水野惠司氏に師事し、文様研究を始める。近著に『しあわせを招く 日本の文様 春夏秋冬花尽くし』(芸術新聞社)、『「文様」のしきたり』(青春出版社)があるほか、『日本の文様』(大和書房)など著書多数。

写真提供/芸術新聞社 撮影/大隅孝之、稲葉資郎 撮影協力/Artistic Studio LaLaLa、アンティーク染乃屋、ギャラリー竹の子、佐久間富美子 構成/石田純子

※この記事は、2022年9月28日放送「ラジオ深夜便」の「願いを込めた植物文様」を再構成したものです。
*2022年12月28日(水)午前4時台に再放送を予定しています。
(月刊誌『ラジオ深夜便』2023年1月号より)

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