香川県高松市出身のまつもとあきさん(56歳)は、1983(昭和58)年に歌手デビュー。以来、バラエティー番組などで活躍してきました。ご両親を東京に呼び寄せてからは、空き家となった高松の実家の維持管理に奔走。その経験をまとめた著書が好評です。松本さんに、実家じまいの心構えなどを伺いました。

聞き手/高村麻代

実家じまいの〝しくじり″を赤裸々に

——空き家となっていたご実家を、整理して手放した経験をまとめた著書が好評ですね。

松本 ありがとうございます。私くらいの50代から上の世代では、これから実家じまいをする方、今やっている最中の方がたくさんいらっしゃいますよね。そういう方々に、少しでも参考にしていただければと思います。誰もがいずれ、直面する出来事ですし。

——本の帯で「私と同じしくじりをしないでください!」と呼びかけてらっしゃいます。

松本 そうなんです。振り返ればこんなに大赤字を出していたのか、と本当に落ち込みました。ほかにも、びっくりしたこと、大失敗したことなども赤裸々につづっています。

前半では空き家となった実家の整理に悪戦苦闘するリアルな様子を紹介。後半は空き家の管理、遺品整理、墓じまいなどの大事なポイントを、指南役の専門家に聞く。実家問題を抱える人の悩みと対応策を網羅した一冊。(祥伝社)

——ご実家は香川県高松市でしたね。

松本 はい。私が6歳のころ、父が宮大工さんにお願いして純和風の日本家屋をこだわって造りました。くぎを1本も使わず柱を組んだもので、父にとっては自分の城のような気持ちだったのではないでしょうか。私はその家に、中学を卒業するまで約10年住みました。

——その後上京し、デビューされた。

松本 はい。デビュー10年ほどで、レギュラー番組を複数いただくようになり、「やっと親孝行ができる」と、27歳ごろに両親を東京に呼び寄せて一緒に暮らし始めました。香川の実家は、そのときから私が51歳で手放すまで、約25年間、空き家になっていました。

——ご両親が上京されたときに手放そうとは思わなかったのですか。

松本 親も私も全く頭になかったですね。両親は老後、また香川に帰って生活するだろうと思っていたようですし、浮き沈みの激しい芸能界にいる娘のために、実家さえ残しておいてやれば、何があっても生活はできるとも考えていたようです。


維持費だけで25年で1000万円

——約25年という長期にわたって、空き家のご実家を維持されてきたのですね。

松本 そうなんです。両親が年に数回帰って掃除や片づけをしていましたが、年老いていくにつれてその頻度も少なくなっていきました。私が37歳のとき、父ががんを患って他界しましたが、亡くなる前に「香川の実家を頼む」と託されました。父も気がかりだったんでしょう。その言葉が遺言のように感じられ、ずっと重くのしかかっていました。

——それで空き家を維持管理されてきた。でも、出費がだいぶかさんだそうですね。

松本 固定資産税、火災保険や地震保険など、必然的にかかる経費があります。それから電気・水道を止めていなかったので基本料金を支払っていました。防犯上、日が暮れたら自動で門灯がつくようにしていたので、その光熱費もかかっています。それらが全て約25年分。大きな出費でした。

それに、「特定空き家」(注)に指定されないために雑草駆除や庭木のせんていをするようにという連絡が市役所から来て、年2、3回は手入れを職人さんにお願いしていました。それらの経費も含めると、25年で約1000万円はかかっていたんです。月々の支払いは3万円ちょっとなんですよ。ほかで節約すればなんとかなるかな、くらいの金額。でも、それもちりが積もれば......で、こんな大赤字になってしまいました。
(注)適切な管理が行われず、倒壊や衛生上有害となるおそれなどがある空き家。勧告を受けると固定資産税額などが通常より加算される。

——「節約すれば」とおっしゃいましたが、松本さんが芸能界一のドケチの異名を取ったのも、ご実家維持のためだったんでしょうか。

松本 そうですね(笑)。節約・倹約して実家の経費に回せればいいとも思ってました。

1998年3月、入籍の日に両親と撮影。

「空き家バンク」に登録し手放す

——ご実家への愛ゆえに頑張ったのですね。

松本 ええ。でも41歳のとき母が他界し、心にぽっかりと穴があいたようになってしまいました。遺言どおり、実家は私が相続しましたが、これまでのように管理などは何もする気が起きなかったのです。

けれどそれから3年余りたったころ、東日本大震災がありました。東京に住む身としては本当に恐ろしく、万が一の避難所として、高松の実家を本格的にリフォームしたんです。家は人が住まないと、どんどん朽ちてしまうんですね。それでいつでも暮らせるよう、水回りや床のゆがみ、壁のひび、屋根瓦などの修繕を少しずつ重ねました。

——維持管理費のうえに、さらにリフォーム代。相当な金額ですよね。

松本 リフォーム代はトータル600万円ほどかかってしまいました。維持費と合わせて1600万円を実家に注ぎ込んで。帰省の移動費なども含めたら、もっとかかっていますね。

——そこまでして守ろうと頑張った家ですが、意外にもテレビ番組がきっかけで整理しようと考えたそうですね。

松本 そうなんです。NHKの「クローズアップ現代+」にゲスト出演させていただいたとき、全国的に空き家が増え、社会問題になっていることについて、いろいろお話を伺いました。これはまさしく自分のことだと思ったんです。「真剣に考えないといけない」と背中を押されました。

また大学3年の一人息子がいるんですが、私が年老いたときにまだ実家があったら、彼のお荷物になるとも考えたんです。東京で生まれ育った息子にとって、香川は法事で行ったことがある程度の縁の薄い場所。それも実家じまいをしようと決めた理由の一つでした。

それでいよいよ売却を考えて専門家の方に相談したのですが、築年数のだいぶたつ古い空き家だから、リフォームされていても資産価値はゼロ円なんですって。

——何百万円もかけたのに……。

松本 ええ。更地にする方が買い手がつく可能性が上がると言われましたが、取り壊しに500万円かかると言われて。そこで不動産屋さんから自治体が運営する「空き家バンク」という、空き家だけを閲覧できるサイトに載せてみてはとアドバイスを受けたんです。耐震基準などの審査を通過して登録したところ、すぐに買い手がつきました。リフォームも無駄じゃなかったとほっとしました。


廃棄遺品が2トントラック10台分!

——無事に買い手が決まり、いよいよ実家じまいが本格的に始まったわけですね。

松本 そこからが大変で。押し入れに詰まったもの全てに目を通して、処分するもの、残すもの、リサイクルに出すもの、東京に持って帰るものに仕分けをしました。昭和一桁生まれで物を大事にする、捨てられない世代の両親です。遺品・家財は2トントラック十往復分。廃棄物処理だけで100万円近くかかりました。

——また金額が加算されました……。

松本 時間もお金もかかりましたね(笑)。全てごみとして引き取ってもらうという手もあったんですが、何かね、両親が大事にしたものや思い出の品に、全て目を通したくて。さよならする意味でも、時間をかけて仕分けしました。大変でしたけれど。

——遺品整理を終え、無事に引き渡しができたときは、いかがでしたか。

松本 肩の荷が下りたのが半分、本当にこれでよかったのかしら、父が大事にしてきた実家を手放して怒ってないかな、という気持ちが半分。でも今振り返ると、よかったんだと思います。名義は変わったものの、私が育ったままの実家を残すことができました。


明るい話題にして早めに着地点を

——実家じまいを終えて、改めて今、どんな思いでしょうか。

松本 25年、約1800万円もかかった実家じまいでしたが、私にとってそれは、両親への思いや思い出を整理する、さよならの時間でした。だから必要な年数だったんだな、と思っているんです。

でも、長くかけると大赤字になります。これから実家じまいをする方には、私のような失敗をしないでいただきたい、と伝えたくて、経験をまとめた本を出しました。本当に、実家の数だけいろんなパターン、ストーリーがあると思うんですよね。それぞれのご家族の最善のケース、最終目標、着地点をどこに据えるかを早めに決められると、私のような失敗をせずに済むのではないでしょうか。

遺品整理とか実家じまいって、親が健在のうちは言い出しにくいシリアスな話題かもしれません。また子どもの方から「この荷物どうするの」とか「この家はどうするの」って言うと、親御さんには手厳しく聞こえて怒らせちゃったりするケースもあります。それでも親が元気なうちに寄り添って、家族の楽しいイベントとして始めてはどうでしょうか。「お母さんのいちばん大事なものはなあに」とか「この実家、将来〝譲ってほしい〞なんておっしゃる方がいたら譲ってもいいのかなあ」などと、さりげなく明るい話題として話えたらいいなと思いますね。

——物質的なことだけではなく、思いがそこにあるからこそ、より複雑なんでしょうね。

松本 そうですね。私も両親の思いがいちばん重かったです(笑)。でも実家は家族の思い出が詰まった大切な場所。ベストな〝しまい方″を見つけられるといいですね。

インタビューを終えて 高村麻代
いつもどおり元気いっぱい、軽快なトーンでお話をしてくださった松本さんが、時折、柔らかな切ない表情を浮かべていたのが印象的でした。最愛のご両親への思いと息子さんの未来を考えて葛藤の日々だったのでしょう。実家じまいは過去と未来に向き合う作業なのですね。

※この記事は、2022年8月17日放送「ラジオ深夜便」の「実家を手放し、故郷を思う」を再構成したものです。
(月刊誌『ラジオ深夜便』2022年12月号より)

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