日曜早朝の「イッピン」を偶然見た。

取り上げた工芸品のすばらしさに、思わずため息が出た。
しかしラストまで見て、「もったいない」という思いで一杯になった。あれほどの優れた工芸品を、単に紹介しておしまいっていう感じ。う~ん!

NHKは今、たいへんなピンチに直面している。
受信料の値下げやBSの波削減などだ。筆者の考えでは、NHKは今までのような“良い放送”を流すだけでは済まされない状況にある。公共メディアの存在価値をより高めるために、もっと頑張らなければならない。その答えの一つが、“地域活性化への貢献”だ。

「イッピン」は各地の優れた職人技が生み出すイッピン(逸品・一品)を紹介している。
しかし現実には、そうした地域は人口減少や地域経済の後退に苦しんでいる。ならば、こうした番組はもう一歩踏み込んで、地域活性化に具体的に貢献すべきではないだろうか。


極薄のお椀

朝4時半からの「イッピン」は、「吉野の里の木の匠」だった。
前半は奈良県川上村の木工職人・小林清隆さんが作る極薄のお椀だ。樹齢200年以上の吉野杉を使った厚さ3mm、重さ40gの逸品だ。

実は樹齢200年を超える吉野杉は、年輪の密度が濃くなる。
年輪は固い冬目と柔らかい夏目で出来ているが、樹齢が上がるほど年輪の間隔が狭く丈夫な木となるので、お椀はより薄く仕上げられるという。

そもそも吉野杉は、育て方から違う。
植樹も通常の4倍ほど密植する。厳しい環境で成長をわざと遅らせるためだ。他の木と競争させながら、まっすぐたくましく成長した木だけを選びだす。
そんな過酷な状況で200年以上かけた吉野杉は、ヒノキに匹敵する素材となった。

木製お椀の材料は、川上村ではそれまでヒノキだった。
ところが樹齢200年の吉野杉に出会った小林さんは、これで厚さ3mmのお椀作りに挑戦した。開発の途上では、湾曲・変形・破損などの失敗があったが、微妙な刃の当て方で薄くて軽いお椀を完成させたのである。


透かし彫りの工芸品

番組後半は、奈良県黒滝村の透かし彫り作家・花井慶子さんが登場する。
透かし彫りは、吉野杉の夏目と冬目の固さの違いを利用する。本来は金属のサビを落とすサンドブラスターを活用する。ノズルから0.1mmのガラスの粒子を吉野杉の板に高圧で当てると、夏目だけを吹き飛ばし冬目だけが年輪の模様で残る。

この原理で、緻密な年輪の透かし絵を吉野杉の板に描く。
例えば飾り額「鶏」が登場した。ミリ単位の細密な図柄からは、羽毛の柔らかさが木のぬくもりと共に伝わる絶品となっていた。

「木が生えて、山になって、木を切って仕事をする人がいて・・・、それを組み合わせて小さい照明を作って、生活の一部に使えたらなと思っています」
花井さんはそんな思いで立方体のランプカバーを制作している。昼間は木目を楽しみ、夜は灯りで絵柄も雰囲気も一変する、そんな暖かな小品を世に送り出していた。


地域の活性化のために

二人とそれぞれの作品などを紹介した番組には、次のラストコメントがつけられた。
「故郷の杉を自分の手と技で現代の暮らしにもっと活かしたい。奈良吉野の里にはそんな人たちがいました」

視聴者がほっこりする、今までの番組なら良質な番組となる出来栄えだ。
ところが筆者は「もったいない」と思わざるを得なかった。視聴者は「すばらしい木工品」とは思うものの、「ぜひ欲しい」「実際に使ってみたい」と切実に思うところまでいかないからだ。

この番組の2日前、テレビ東京では「カンブリア宮殿」を放送した。
主人公はデザイナーの水戸岡鋭治さん。豪華寝台列車「ななつ星in九州」をデザインした方だ。2013年に運行を開始した同列車は、米国の旅行誌が選ぶ世界の豪華列車で2年連続1位に選ばれている。
その最大の要因は、木を駆使したクラシックな室内インテリア。走る老舗高級ホテルのような風格だからだ。

ちなみに同列車によるツアーは驚くほど高い。
2人1室1泊2日コースで1人40万円ほど。3泊4日コースでは100万円を超えていた。それでも予約は高倍率と引っ張りだこ。そして今月から、列車は改装されて最高170万円の新コースが作られている。
それでも多くの視聴者は、番組を見て「ぜひ乗ってみたい」と焦がれたことだろう。

以上で両番組の差はご理解いただけただろうか。
同じように木がテーマになりながら、視聴者が抱く思いは大きく異なる。「イッピン」は製品の作り手側ばかりを描いているため、消費者側の受け止めがほとんど出てこない。
ラストコメントも、視聴者にしみじみしてもらうようなお決まりのパターンだ。これでは奈良県の吉野杉製品は、知名度こそ多少上がっても、具体的な地域活性化にはあまりつながらない。

一方「カンブリア宮殿」の主人公は、自分が作ったものを作品と呼ばずに商品という。
消費者の喜びと満足を最優先しているからだ。そして送り手側の論理を紹介するだけでなく、受け手たる旅行者の受け止め方がきっちり描かれる。
「ななつ星in九州」は大ヒットしているし、ツアー先の地域に大きなメリットをもたらしている。この状況は、今回の番組でいっそう拍車がかかるだろう

一見似た素材を扱いながら、どこまで見届けるかで番組は大きく違ってくる。
NHKも厳しい状況に直面しているが、地域の人々はもっと大変な状況にある。そんな現在、番組は送り手の論理だけに拘泥せず、受け手にも配慮して作ることで、結果的に思わぬ波及効果が生まれるようになる。

「情けは人のためならず」
こうした番組制作姿勢が、巡り巡ってNHKにも及ぶと思いたい。

愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。