NHKの報道番組が“アイドル”特集!?

8月31日放送の『クローズアップ現代』はある意味で画期的だった。
「ジャニーズそしてBTSアイドル新潮流舞台裏を追う」の回だ。

“アイドル”ビジネスは今や巨大産業に成長し、Z世代も8割が「推し活」を行う時代だ。同番組はアイドルグループの活動に密着し、その実態に迫った。

ふだん『クロ現』を見ない若年層の視聴率が急伸した。世界的に絶大な人気を誇る「BTS」、ジャニーズの若手グループ「なにわ男子」などのアイドルが取り上げられるとあって、放送前からSNSなどでも大きな話題を集めた。ただし個人視聴率は2.7%と過去3か月平均の約3.0%と比べて伸びていない(スイッチメディア関東地区データから)。

『クロ現』が“アイドル”に挑戦した結果をどう総括すべきか。視聴率データなどをもとに考察してみたい。


視聴者層の明暗

視聴率が伸びたのは、主に若年層だった。男性アイドルグループの特集だけあり、特に女性若年層で強かった。

FT層(女性13~19歳)1.5%、F1層(女性20~34歳)1.4%と、直近3か月の平均(FT層0.9%、F1層0.8%)より5~6割も上昇している。

またその母親たちも一緒に見たようで、F2層(女性35~49歳)やF3-層(女性50~64歳)も微増した。若者のテレビ離れが言われて久しい。それでも興味のある分野を取り上げれば、報道番組であろうとリアルタイムで視聴してもらえることを証明したといえよう。

一方で直近の平均より下がった層もあった。M2層(男性35~49歳)、M3-層(男性50~64歳)は1%弱減少した。中でも65歳以上は大きく下落した。女性で2%以上、男性に至っては11.1%が7.2%と3分の2に縮小した。

ふだんの『クロ現』視聴者にとっては、報道番組らしからぬ内容で視聴意欲を失ったようだ。


毎分視聴率から見えること

毎分視聴率を見ると、興味深い視聴動向が浮かび上がる。直近5回と比べると、T層や1層は番組開始前の『ニュース7』後半から高い。事前に話題になったために、早くからテレビの前でスタンバイしていたことがわかる。

ところが高齢者には変化がない。『ニュース7』後半では、65歳以上はふだんと全く変わらなかったのである。ところがこの層も、番組が始まるとすぐに動き出す。冒頭3分で大勢が逃げ、視聴率は6掛け未満に落ちてしまった。しかも下落は番組終了まで続いた。途中で逃げ出す人が続出したのである。T層や1層でも、番組冒頭での脱落は目立った。

若年層でも“アイドル”に関心のない人は少なからずいる。今回の冒頭コメント「時代を切り拓くアイドルの新潮流、その最前線に迫ります」では訴求できていなかったようだ。

ただし番組途中の動きは違う。直近5回平均では、番組ラストまで脱落する人が散見される。ところが今回は健闘した。特に1層では、途中で上昇している。ふだんではあまり見られない現象だ。

“アイドル”推しの女性たちの口コミで、途中から見始めた人も少なくなかったようだ。


特定層から見えること

スイッチメディアでは、男女年層別以外に、特定層の個人視聴率も測定できる。これを過去3か月平均と比べ増減を指数化すると、番組のあり方を考えるヒントが得られる。

急伸しているのは大学生から小学生まで。加えて「バラエティ・お笑い番組好き」層が来ている。やはりアイドルが出ているだけで反応する人が確かにいる。SNSでも、強い思いを滲ませる声が少なくなかった。

「よくぞクロ現でやってくださいました」「推しのいろんな思いが聞けて良かったです」「アイドル推し以外にも届いてくれたら」

ただし、その層はあまり広がりを持たないかも知れない。「タレント・芸能人好き」「音楽好き」といった層では特に伸びていないからだ。アイドルのファンは強烈な思いを持ち目立つ存在だが、数としてはことさら大きいわけではなさそうだ。

また1日5時間以上の「インターネットヘビーユーザー」も微減だった。SNSで話題となっても、それはネット利用者の一部に留まる。テレビというマスに影響を与えるほどのインパクトは、あまり持たないようだ。

そして気になるのが、ふだんより数字を落とした層。基本的に男性や高齢者がアイドルを敬遠したが、注意すべきは「会社員」「部課長」「ビジネスに関心あり」層が2割以上減った点だ。このデータこそ、番組の切り口と描き方の問題を示唆したと思われる。


「なぜ今か?」「何を言うのか?」

『クロ現』の視聴者は、高齢者や社会の一線で働く人が多い。ふだんは1%に満たない若年層が仮に倍増しても、いつもの大多数派が大きく減れば、全体の視聴率は下落に転ずる。

この20年近く、NHKは若年層に見てもらう努力をしてきた。受信料制度の維持と、ネットメディアが主流の時代に対応するためだ。ただし公共メディアである以上、若年層にリーチできれば番組の中身は何でも良いわけではない。今回の『クロ現』で残念だったのは、良いネタなのに調理が不十分だった点だ。

「なにわ男子」などのプロデュースを手がける大倉忠義さん(関ジャニ∞)をとりあげた。“消費されないアイドル”を模索する日々も興味深い。また「BTS」など世界で活躍するアーティストを擁する企業の動向と、責任者の独占インタビューもよく取材していた。これらはエンタメビジネスの可能性を考える好素材だった。

ところが番組冒頭で、その意思を宣言していない。番組後半に入っても、現象の紹介を超える深掘りがなされない。スタジオの議論も、意味のある展望とは程遠い。

もし日本社会や経済の課題とどう関係するかを冒頭で示し、VTR内やスタジオで優れた洞察や提言が出ていれば、視聴データの結果は違っていたはずだ。日本の将来を心配する高齢者も、もう少し見てくれただろう。企業で働く会社員などが逃げることはなかっただろう。ふだんNHKを見ないような人々の関心事を扱うのは大切だ。

ただし一現象から普遍化するだけの知恵と表現力がなければ、公共メディアとしての存在価値はない。厳しい状況に対応しようとするのは良いが、取り上げるだけで力尽きず、番組の出口では“意味のある結論に昇華させる”。これが報道番組『クロ現』の使命であることを忘れて欲しくない。

ユニークな取り組みについての一連の視聴データは、それを物語っている。

愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中で、メディアがどう変貌するかを取材・分析。「次世代メディア研究所」主宰。著作には「放送十五講」(2011年/共著)、「メディアの将来を探る」(2014年/共著)。