ことし3~5月にNHK BSプレミアムで放送されたドラマ「しずかちゃんとパパ」の番組制作/手話指導者によるトークイベントが、町田市の障がい理解促進啓発事業の一環として、8月20日にNHKとの共催で、町田市民フォーラムで開催。
※イベントの概要はこちらの記事から!
今回の記事では、登壇者のトーク内容を、イベント終了後のインタビューと共にご紹介!
実は「ろう者」を描くドラマではなかった!?
制作統括の海辺さんによれば、当初、「『ろう者』を主題にしたコメディードラマはどうなのか?」という議論がNHK内であったという。また、企画立案を行った松原さんは、もともとは「ろう者」を描く予定はなかったというが……。
松原「企画の出発点として、父子家庭の父が、娘を送り出す物語を描きたいという思いがありました。そして花嫁の父役には、鶴瓶さんにぜひ演じてもらいたいと。そう考えたときに、ろう者の父とコーダ(※コーダ【CODA…children of deaf adult/s】聞こえない、もしくは聞こえにくい親をもつ、聞こえる子どもたち)の娘という設定とすれば、より親子の絆が深く描けるのではと思ったんです。こう話すとやや不謹慎に聞こえるかもしれませんが、結果的にこの順番で発想したことが、良い方向に進んだと思います。ろう者とコーダの設定ありきで物語を進めないことで、父と娘の関係性を深掘りすることに注力できました」
また、手話指導を担当した江副さんとはせさんは——。
江副「最初にコーダ役が吉岡里帆さんとお聞きしたんです。であればイメージ的に、父役は舘ひろしさんとかじゃないかなと……。実際、鶴瓶さんと聞いたときは驚きましたね(笑)。いざ台本を読んでみると、とてもすてきなセリフが多くて。なので事前に用意していた手話翻訳は一度白紙にして、簡単な表現からできるように、鶴瓶さんに合わせて作り直しました。最初の1~2か月は、鶴瓶さんも手話を覚えるので大変だったと思います」
はせ「最初にお話をいただいたときは、気持ちは半々でした。面白そうだと感じる反面、障がい者を扱うテーマは同情をひく物語が多いので、ちょっと嫌だなという思いもあって。もし、そういう描き方をするなら自分が変えてやろう!という思いで引き受けしました。でも今回は、『ろう者は常に助けないといけない弱者』といった描き方は、一切されていなかったので、すごくいいなと」
わけ隔てなく接する鶴瓶さん
海辺「作品を作るうえで、NHKの過去のドキュメンタリー番組を見返したり、コーダのご家庭に伺ったり、徹底的に取材を行いました。そこで、手話を使っているろう者は、意外と少ないことを知ったんです。中途失聴者は、手話を覚えられない方も多いんですね。ろう者をひと括りにしてはいけないと改めて実感しました」
松原「取材する中で感じた、当事者が嫌だと思うことについては、ドラマでは描いていません。唇を読むような作品も多いですが、実際は相当難しいんです。そういう都合の良いこともやめようと。また制作側としては、デフ・ヴォイス(ろう者の発する声)で良いセリフをどうしても言わせたくなりがち。ただそれだと、聞こえる世界にろう者を合わせてしまうことになるんですよ。これも取材で学びました。後ほど詳しく話しますが、ラストシーンのセリフも変更したんです」
江副「デフ・ヴォイスは、きれいな発声だと違和感があるんです。鶴瓶さんも『おれがろう者の声を出していいのか?』と相談に来られました。ですので、実際に私が発声して、同じような発声をする練習を勧めました。鶴瓶さんって、ろう者も聴者も関係なく、人として接してくれるんです。『今日の晩御飯何食べる?』といった雑談も普通に話しかけてくる。『僕は聞こえないんですよ』というやりとりを何度繰り返したことか(笑)」
ろう者・コーダあるある、実際は?
また、劇中で描かれた「ろう者・コーダのあるあるシーン」を映像で紹介。
- ろう者あるある:相手のあごを持つ、サインネーム(人物のあだ名)を作る、ものを投げてコミュニケーションをとる、など。
- コーダあるある:大きな音を出しがち、好意があると誤解されがち、うそ通訳しがち、えらいと言われるの苦手、など。
これには、はせさんも思い当たるところ多くがあるようで……。
はせ「ぶつけても痛くないクッションなどを投げて、コミュニケーションをとることは多いです。親を振り向かせるために何かを投げることは、あるあるですね。コーダあるあるも全部思い当たります。手話では目を見るのがとにかく大事なので、だれに対しても目をずっと見て話すんです。それで好意を寄せられていると誤解されたことがあります(笑)」
松原「実は、静のキャラクターに大きな影響を受けたコーダの方がいまして。取材で待ち合わせをしていたとき、一度会っただけの僕を覚えていて、他の通行人もいるなか、遠い場所から大声で呼んでくれたんです。それこそ僕のこと好きなのかなと思うくらいで(笑)。コーダの方は、視覚での記憶や情報処理に長け、すぐに人と仲良くなれる方が多いと感じますね」
はせ「もちろん人それぞれ経験してきたことは違うと思いますが、私は、『かわいそう』とか『哀れな子だね』なんて、心無い言葉をかけられることも多かった。だから、小さいときはろう者になるのが本当に夢だったんです。嫌な言葉を聞くこともないし、手話ができるので会話も十分できますから」
江副「私は子供が生まれたとき、お医者さんに『良かった! 聞こえていますよ』と言われたんです。『耳代わりができてよかったということなのか?』と色々考えてしまいました。ただ息子に通訳頼んだことは一度もありません。助けてもらうことが普通になってはいけないと思いますので」
ラストシーンでまさかのアドリブ
また今作では、筆談シーンも多く登場した。その真意を松原さんはこう語る。
松原「言葉って、情報ではなくコミュニケーション手段のひとつだと思うんです。ですから、筆談も単に情報を受け渡ししているだけではないと感じていて。相手が何を書いているのか考える時間も一つのコミュニケーションではないかと。そういったことも伝えたいと思い、今回は筆談の間合いをあえてカットしませんでした。実際、江副さんとのやりとりも筆談が多かったですね」
江副「私は、コミュニケーション手段として、手話にこだわることはありません。もちろん、筆談も全然OKです。自分と会話したいという思いを大切にしたいですから。筆談は、秘密の会話をしている感じもあって楽しいですね(笑)」
はせ「ドラマのラストシーンで、純介が『し・ず・か!』と声をかけますが、そのときにはじめて静が『パパ』と手話をするんです。私は、このシーンに大変思い入れがありまして。純介は声を出すことを嫌がっているのではないかという思いもありつつ、でも静としては、大好きな純介の声を聴きたい——。その声が聴けたうれしさを伝えるためにも、手話を加えました」
松原「実は、最初の企画書では、ラストシーンでの純介の言葉は『娘をよろしくお願いします』だったんです。ただそうなると、デフ・ヴォイスで良いセリフを言わせることになってしまう。つまり、聞こえる世界にろう者を合わせることになってしまいます。ですから、名前を呼ぶことに変更したんです。結果として、よいシーンになりました」
ドラマから広がる“共生の輪”
海辺「町田市さんから今回のイベントのお話をいただき、ドラマ終了後も、こうやって広がりが生まれたことが、本当にうれしく思います。ドラマの映像をたくさん用意していたのですが、とても話が弾んだため再生できなかったものもありました。来場者も制作秘話や裏話を望んでいる様子でしたので、逆に良かったのかなと思っています(笑)。ぜひ、第2弾、第3弾と実施できたらうれしいです」
松原「コメディーだけど感動したという声をよくいただくのですが、なぜだろうと考えまして。普通の父と娘がすれ違う物語ってよくありますが、今回描いているすれ違いは、娘が『父親は音楽が嫌いだ』と思い込んでいるように、『ろう者とコーダ』の関係性。それを父と娘の目線から捉えているんですね。本当にいろんなことが奇跡的に上手くいったドラマだと思います。江副さん、はせさんとごいっしょできたことも含め、どこか祝福された作品のように感じています」
江副「鶴瓶さんがろう者役で本当によかったと思っています。鶴瓶さんは目の配りかたなどが、とてもろう的なんです。ですから、あとは手話を上達させられればと思って。そこで、手話モデルとして、鶴瓶さんと同年代で背景が似た人を探し、そのモデルをもとに練習を重ねました。放送後の反応は、見事にまっぷたつ。『鶴瓶さんの手話は全然違う』という方もいれば、『すごくろう的』だという方もいらっしゃって。意見が割れるくらいで、ちょうどよかったのかなと思っています」
はせ「ドラマの感想を拝見すると、『コーダという存在を初めて知りました』という方が多くて。それを知って、なんだかうれしく感じたんです。コーダの存在を多くの人に知ってもらえたんだと。私自身、“聴こえる世界”にいるときに、どうしても少し外れた人のように見られることもあって。そういった壁も今回のドラマが取っ払ってくれたのかなと思います」
中学生と登壇者による座談会を開催!
イベント終了後、来場した中学1年生6人と登壇者4人の座談会を開催。「手話を学ぶことができて楽しかった」「はせさんの『ろう者になりかった』という言葉がすごく印象に残った」「イベントを通して、ろう者に対する印象が変わった」など、率直な感想が交わされた。
そのなかで、江副さんに質問が——。
「手話が通じない相手に、どういった方法で意思を伝えているのですか?」
それに対し、江副さんは、
「言葉が伝わらない外国の方と、コミュニケーションをとりたいときに、どうすればいいのかといっしょだと思います。ろう者だから、手話や筆談をしないといけないと、考える必要はありません。身振り手振りやアイコンタクトでも、コミュケーションを取ることができますよね。そういう思いで僕は、気軽にコミュケーションをとっています。ぜひ、皆さんもためらうことなく話しかけてもらえたらうれしいです」
と笑顔で回答。
ろう者とのコミュニケーションをより深めることのできた時間となった。
公共メディアNHKと自治体が連携することで、広がりを見せる“共生の輪”。これからも、ドラマやさまざまなNHK番組を通じて、新たな広がりが生まれていくことを期待したい。自治体や大学とのイベントも楽しみにしたい。