明石家の老夫婦、あわせてもうすぐ180歳。一家の主あるじ・新平は散歩が大好き。妻・英子は夫の浮気を疑う。すねをかじる息子たちもいて……。ユーモアと温かさが胸に響く現代家族小説。

老夫婦と息子3人の家族を描いた小説で、現在の話に老夫婦の過去の出来事を交えて物語は進みます。明石新平は、まもなく89歳。毎朝、健康体操をし、健康ドリンクを飲んで散歩へ。

かつては建設会社を経営していましたが、今はアパート経営をしています。趣味は名建築見学。F・L・ライトの自由学園みょうにちかんや、池袋の旧江戸川乱歩邸、銀座の中銀カプセルタワービルなど、建築好きにはたまらない建物が出てきます。これら建築の臨場感ある丁寧な描写も、この小説の大きな魅力です。

対照的に、妻・英子は運動嫌いで、朝は布団の中でゴロゴロ。そんな英子さん、夜中にしくしく泣いたりして様子が変です。じつは夫が浮気しているんじゃないかと疑っているのです。90近い年で浮気なんてたいしたものですが、妻にとっては笑いごとではありません。

そんなふうに妻の調子が悪くなると、新平は自分たちが駆け落ち同然で結婚したこと、会社を起こしたころのこと、“本当に”浮気していたことなどを、フラッシュバックのように思い出すのです。

一方、息子たちは皆50歳前後。引きこもりの長男。スカート姿で“長女”を自称する次男。アイドルビジネスで失敗しては、父に無心する三男。長男と三男は、いまだに親のすねをかじっています。この本を読んで、僕は何より新平の自由で感動にあふれた生き方に憧れてしまいました。

(NHKウイークリーステラ 2021年4月9日号より)

北海道出身。書評家・フリーライターとして活躍。近著に『私は本屋が好きでした』(太郎次郎社エディタス)。