世界各国のテレビ局などで制作されたドキュメンタリーを放送する「BS世界のドキュメンタリー」(BS1 毎週水~金 深夜0時10分~ほか)。8月12日の放送回は、「地球温暖化はウソ? 世論動かす“プロ”の暗躍」というテーマでした。

最新のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告では、人間の活動が気候変動に影響を与えていることに「疑う余地がない」と結論づけています。しかし、問題解決の動きに対し、これまで歯止めをかけてきた言説がありました。

気候危機を否定する“懐疑論”です。番組ではこの数十年、“懐疑論者”によって、科学者たちがいかに攻撃されてきたのかが紹介されます。たとえば、ある科学者が気候危機についての問題提起をすると、その大学や所属機関にクレームが届き、ネット上でもバッシングを浴びせられます。

「ウソつき」「でたらめ」などの罵詈雑言のほか、「共産主義者」「スターリン主義者」とも。なぜ、共産主義者と言われるのか。気候危機対策には、炭素税の導入や再生可能エネルギーへの転換など、一定の政府の介入が求められます。市場重視右派はそのような介入に抵抗感を抱きます。

そこで、懐疑論者は「環境運動家のいつものウソと脅し」「統制経済国家を造るために恐怖で煽っている」などと批判し、保守的な聴衆を中心に「温暖化しているかどうかは怪しい」「結論は出ていない」と思わせるのです。

実はこれまでも、「タバコは有害ではない」といった、さまざまな分野での懐疑論がありました。番組では、タバコ産業や石油産業の内部文書が紹介されます。それによると、懐疑論の拡大には共通の方法論が用いられています。それは、「事実」に対抗するため「疑念」を育て、人々の判断を迷わせる、というもの。迷わせ、対処を遅らせられれば、タバコや石油産業の勝利となります。関連企業にとって、その分だけビジネスモデルを維持できるからです。

地球温暖化“懐疑論”の根拠の一つに、「懐疑派の科学者約100人が署名した」とされる、「ライプチヒ宣言」があります。ただ、ドキュメンタリーの制作元・デンマーク放送協会の取材では、宣言には、名前が使われていたが署名していないという科学者が含まれ、署名したうちの15人は(医師や昆虫学者などであって)、気候科学者ではありませんでした。

たとえば、企業は研究助成などを通じて“懐疑主義”専門家を育て、オピニオンリーダーに仕立てます。また、メディア上などで「両論併記」することを求めるような世論を作り、「まだ議論の余地がある」と思わせます。そしてメディア上で論争を行い、相手の説を力強く否定し続けることによって、相手側が劣勢であると思わせるのです。

科学史家であるナオミ・オレスケスは、懐疑論者の主張を裏付ける査読付き論文が存在しないことなどを明らかにしたことで、バッシングの標的になりました。彼女は懐疑論者のことを「疑念を売る商人」と呼びます。メディアに登場するオピニオンリーダーの信頼性、そしてメディアの「両論併記」の妥当性について考えさせられます。

(NHKウイークリーステラ 2021年9月2日号より)

1981年、兵庫県生まれ。評論家、ラジオパーソナリティー。NPO法人・ストップいじめ!ナビ代表、社会調査支援機構チキラボ代表。TBSラジオ〈荻上チキ・Session-22〉(現・〈荻上チキ・Session〉)が、2015年度、2016年度ギャラクシー賞(DJパーソナリティ賞、ラジオ部門大賞)を受賞。近著に、『みらいめがね』(暮しの手帖社)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『すべての新聞は「偏って」いる』(扶桑社)など。