華やかなプロ野球の世界で、試合をスムーズに進行する役目を担う審判員。厳正中立が求められ、時にはファンから罵声を浴び、選手や監督からにらまれることもあります。34年間プロ野球の審判員を務めた井野いのおさむさん(70歳)は、どんな思いでグラウンドに立ち、どんな名勝負を見てきたのでしょうか。

聞き手 工藤三郎この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年5月号(4/18発売)より抜粋して紹介しています。


大きな声を出すため奮闘した日々

──球場中に届く審判員の「ストライク! ボール!」という大きな声、すごいですね。

井野 審判員にとって、声というのは武器。あの大きな声は、一朝一夕で出せるものではありません。ただ私は声帯が弱くて、大きな声を出すのに苦労しました。キャンプでコールの練習をすると必ず2、3回は声を潰してしまうんです。昔、「プレ~イボ~ル」とコールしたら、声が裏返ってしまって。選手たちから「真面目にやりましょう!」と言われてしまったこともあります。

なんとか大きな声を出せるよう、枕に顔を押し当ててコールの練習をしたり、のどが潤うようにあめ玉を口に含んで試合に臨んだりしたこともありました。これはもう時効だからお話ししますが、あるとき大きな声で「ストライク!」とコールしたら、勢い余ってあめがキャッチャーの前に転がってしまって。キャッチャーに「ちょっと井野さん! あめが飛んできましたよ!」と怒られたこともありましたね。


ジャッジの基本は“見たまま”を素直に

──井野さんは34年間でプロ野球のペナントレースに2902試合出場されました。

井野 プロ野球の審判員になれたこと自体が驚きでしたが、それ以上に34年間もグラウンドに立てたことを誇りに思っています。ただ、1試合でピッチャーが投げる球数は、両チーム合わせて300球前後。そのつどスクワットをしているようなものなので、足腰が鍛えられる反面、腰が曲がってしまうんです。私がリタイアしたのは55歳。その後定年が延長され58歳まで出場できるようになりましたが、あと3年できただろうかと考えても、体力的に難しかったでしょうね。

──審判員の心得として大事にされてきたことはどんな部分でしょうか?

井野 それは予測をしないことです。目の前に来たボール、その場で展開されているプレーを、自分が見たまま素直に判定してコールする。これが審判の基本です。次はこうなるだろうと予測してしまうと、とんでもないジャッジにつながりかねません。  

ただ、それができないときがあるんです。例えば、自分の直感では「アウトだ」と思ったのに、うっかり「セーフ!」のジェスチャーが出てしまって「しまった!」ということがまれにある。もう、ひたすら反省ですが、プレーは続いているので早く意識を切り替えて次のプレーに備えなければならない。ミスを引きずらないのも大切なことです。

──ジャッジを巡って猛抗議を受けることもあるかと思います。どんな心境なんですか?

井野 今はリクエスト制度*1があるので、リプレーを見て検証することができますが、以前は、プロ野球の審判員は一度下したジャッジを変えることはできませんでした。誤りだったと自分で気付いたとしても、決して「私のミスでした。判定を変えますね」と言ってはならない。  

選手も審判員に異議を唱えることは許されません。内心では申し訳ないと思ってもぜんとした態度で突っぱねなければならない。そうした経験を積み、10年くらいキャリアを重ねないと一軍の試合には立てないんです。

*1 判定に異議のある際に、監督が映像によるリプレー検証を求めることができる制度。検証時間は5分以内。1試合につき各チーム2回までリクエストを認められている。

※この記事は2025年1月22日放送「マスク越しに見たプロ野球」を再構成したものです。


審判員採用試験での出来事や、名勝負のジャッジなど、井野さんのお話の続きは月刊誌『ラジオ深夜便』5月号をご覧ください。

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