これまでに放送された「素朴なギモン」とその答えを、忘れないように復習しておきましょう。
地球に最も似ているといわれる惑星、火星。その生命探査に注目が集まっていますが、私たちが「火星人」と聞いて思い浮かべるのは......そう、あの〝タコのような姿〟。まだ遭遇したことはないはずなのに、一体なぜなのでしょうか?

答え:ウッカリしてウッカリしてドッキリしたから

詳しく教えてくれたのは、英米文学に詳しい、慶應義塾大学文学部のたつみ孝之教授。
私たちが火星人を、〝頭が大きく足はひょろ長い、まるでタコのような姿〟だと思い込むようになったのには、深〜いわけがあるといいます。
発端は、1877年、 イタリアの天文学者スキアパレッリの観測によって、火星の表面に〝細い筋状の模様〟が発見されたこと。
彼は、それを絵に描き、「Canaナーli(イタリア語で〝溝〟の意)」として論文を発表します。ところが......。

●第一の〝ウッカリ〟

フランスの天文学者フラマリオンは、スキアパレッリの論文を翻訳する際、イタリア語では単に〝溝〟を意味する言葉だった「Canali」を、人工的に造られた〝運河〟を意味するフランス語「Canal」と訳して紹介。これによって、人工的な建造物があるということは、火星にはそれを造れるほどの知能を持った生命体が存在する、つまり「火星人はいる!」ということになってしまったのです。
※諸説あります。

●第2の〝ウッカリ〟

この論文を読んだアメリカの天文学者ローウェルは、火星人の存在を確信。大富豪でもあった彼は、火星の研究のために私財を投げうって天文台を造り、およそ20年にわたって熱心に観測を続けます。火星の〝溝〟を、〝運河〟だと信じ込んだまま——。
そして、自身の著作に自説を展開。そこにあったのが、「火星人は肉体の限界を超えるほどの頭脳を持つはずだ」「そして人間とは違い、かなりグロテスクであろう」といった独創性にあふれた記述でした。

火星人がいるものと信じて行われたローウェルの観測は、とても正確とはいいがたいものだったが......。

ここから着想を得たのが、イギリス人SF作家、H・G・ウェルズです。
彼は、1898年、 火星人が地球に襲来するというストーリーのSF小説『宇宙戦争』を発表。本の挿絵として描かれていたのが、まさに〝タコ〟 を彷彿とさせる火星人の姿でした。やがて、この小説は、ある意外な方法で全米に知られることに......。

ウェルズの『宇宙戦争』は、のちに多くのSF作品に影響を与える大ヒット小説となった。

●ラジオで〝ドッキリ〟

1938年、アメリカのラジオで、『宇宙戦争』は、まるで実際に起きていることのような演出で放送されました。つまり、いわゆる〝ドッキリ〟です。これを聞いていた人たちは、本当に火星人が攻めてきたと思い、 大変なパニックに。

ウェルズが描いた火星人像は、大きな話題となって全世界へと広まっていきました。 日本も例外ではなく、昭和の少年雑誌には、火星人襲来のS F作品が多数登場。タコの姿をした火星人が次々と描かれました。
こうして、〝火星人=タコ〟 というイメージが浸透していったというわけです。

(NHKウイークリーステラ 2021年4月2日号より)