2024(令和6)年は作家・江戸川乱歩生誕130年。現代まで読み継がれる、その作品の魅力は何なのか。乱歩作品へ深く傾倒する佐野史郎さんと、日本近代文学を研究する石川巧さんが、乱歩の人間像とともに語ります。
聞き手/迎康子この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年2月号(1/17発売)より抜粋して紹介しています。
少年探偵団に二・二六事件を投影?
──乱歩の作品はいつの時代も読み継がれてきました。どんな魅力があるのでしょうか。
佐野 僕が初めて読んだのは少年・少女向け探偵小説『電人M』。小学4年のころですね。探偵の明智小五郎と少年探偵団が活躍するシリーズの1冊で、夢中になって読みました。シリーズ1作目の『怪人二十面相』が執筆されたのは1936(昭和11)年。戦前の、二・二六事件のころですが、すごくモダンで時代を超える作品だと思います。
乱歩は1894(明治27)年、日清戦争が始まった年に生まれ、多感な少年期には日露戦争もありました。その後も満洲国の建国や日中戦争の勃発、そして太平洋戦争での敗戦。戦争が続く時代に生きたからなのか、乱歩を読むと戦争を背景にして生まれた作品の側面を感じるんです。
昭和に軍国主義の風潮が増す中、不道徳で反戦的と受け止められた作品を発表しながらも、決して争うことなく世の中に準じていた。その心の奥底には、ねじれた心情もあったのではないでしょうか。
──戦時下では検閲があり、自由にものも書けなくなっていきますね。
佐野 そんな中で、少年探偵団シリーズは大きな仕事だったと思います。この連載の執筆中に起きたのが、二・二六事件という青年将校たちのクーデター。少年探偵団にはこの青年将校たちの姿が重なる気がするんです。彼らは処刑されましたが、国を愛するまっすぐな思いが引き起こした事件ともいえ、乱歩は理不尽さを感じていたかもしれません。
でも当時の風潮では到底口に出せないし、乱歩自身は戦中に大政翼賛会*1の豊島区リーダーになるほど時代に迎合している。少年・少女小説でさえ筆を折らざるを得なかった心の奥底の闇は計り知れません。
*1 1940年に政府が作った国民運動を進める組織。首相を総裁とし、戦争への協力体制を国家的に作り上げた。
大人が隠す“何か”が嗅ぎ取れる
──実は戦争を嫌っていたけれど、時代の中で表現を考えざるを得ないこともあった。
石川 乱歩作品には軍部に不都合な禁忌を扱ったものが多く、欧米のミステリーの影響も色濃いため、多くの作品が厳しい検閲にあいます。四肢を失った傷痍軍人とその妻の倒錯的な生活を描いた『芋虫』など、戦時下にはほとんどの作品が発行禁止となり、収入も途絶えました。
そうした中、彼は『偉大なる夢』という科学小説を執筆します。国策的な内容であろうと自分の書きたいものを書く。作家としてよりよいものを書きたいという気持ちに噓はなかったと思います。
同じことは少年探偵団シリーズにもいえて、たとえば怪人二十面相は流血を嫌います。敵と殺し合いをするのではなく、知恵比べで相手の裏をかく。戦時下を舞台としていても、重要なのはそこに生きる人間の本質を照らし出すことなんですね。
※この記事は2024年10月31日・11月1日放送「今宵は乱歩と共に」を再構成したものです。
土蔵は乱歩の“妄想空間”⁈ 作品が決して古くならない秘密など、佐野史郎さんと石川巧さんの興味深いお話の続きは月刊誌『ラジオ深夜便』2月号をご覧ください。
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