あふれる情報の中で生きる私たちは、多様な情報をバランス良くうけとることができているでしょうか。目の前にある情報は、あなた自身が選んだものですか。

NHK財団では、情報空間の課題の解決方法や、ひとりひとりが望む「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を実現するためのアイデアを募集し、社会実装に向けての取り組みを進めています。

詳しくは財団の公式サイト「インフォメーション・ヘルスAWARD」をご覧ください※ステラnetを離れます

電通デジタル・ソリューション開発部マネージャーのごめ太郎さんは、デジタル広告やマーケティングツールの企画や開発を担当。ユーザーと広告主の双方に有益なデジタル広告のあり方を追求しています。

「“情報的健康”の提言*」の共同執筆者にも名を連ね、今年度からインフォメーション・ヘルスAWARDの選考委員に就任しました。ユーザーからは分かりにくいネット広告の仕組みや現状、課題などを聞きました。

健全な⾔論プラットフォームに向けて ver2.0―情報的健康を、実装へ」(ステラnetを離れます)


ネット広告の裏側では、端末の閲覧データをもとに広告主側のオークションが瞬時に開かれている

——デジタル広告の仕組みはユーザーからはなかなか見えません。わかりやすく教えてください。

例えば街なかにある看板やポスターなどとデジタル広告の違いは、圧倒的なデータ量の差にあると思います。看板やポスターは、その前を通る人の数はわかりますが、どれだけの人が注視したのかなどはわかりません。

一方デジタル広告では、広告の「表示回数」「クリック数」「動画が表示された時間」など、さまざまなデータを収集して、ユーザーが実際にどの程度広告を注視しているかを計測することができます。

さらにデジタル広告の販売側(=プラットフォーマー)の広告枠を販売する技術も進化しています。

以前は、新聞や雑誌の広告欄と同じように、ホームページごとに広告の枠があって、そのページの閲覧数などで掲載料金が決まっていました。今はそうした広告枠をいくつも束にしてまとめて売る「アドネットワーク(広告配信ネットワーク)」という仕組みが登場してきました。束になっているあちこちのページの広告枠のどこかに広告が表示されるというわけです。

それがさらに進化して、DSPという広告配信システムが生まれました。

これは、広告枠の「買い付け」や「配信」「効果の分析」を自動化する仕組みです。広告を出す側が、どういった広告枠にどれくらいの価格で配信したいかという条件をつけて入札すると、他の入札者との間で一瞬一瞬オークションが行われて落札者が決まり、その広告が表示されるというものです。

そこからさらに、SNS広告も生まれています。オークションのロジックはプラットフォームごとに違っていて、そこで駆使されるのが、先ほど説明した圧倒的な量のデータに基づいたターゲティングです。


ターゲット広告は「端末のまとまり」に向けて配信されているので個人は特定できない

——デジタル広告は「効果が高い=買ってくれそうな人」に向けてターゲットを絞って表示する、いわゆるターゲティングをしているそうですが、その仕組みを教えてください。

プラットフォーマーは、端末ごとに割り振られているIPアドレスやアドIDなどを使って、それぞれの端末の閲覧履歴などのデータを把握します。さらにそれを様々なまとまりに仕分けます。例えば旅行が好きな人のデータのまとまりや、動物に興味がある人のデータのまとまり、という具合です。

広告主や広告代理店は、そうした「データのまとまり」にターゲットを絞って、先ほどの配信システムに入札し広告を表示するというイメージです。宣伝したい商品やサービスに興味を持ちそうな、つまり広告の効果が高くなりそうなデータのまとまり(=端末のまとまり)に向けて配信するものであって、その際に個人は特定されていません。

この仕組みがどんどん進化したのは、スマホなどのデジタル機器(=端末)を皆さんが日常的に手軽に便利に使っているからです。インターネットがなかった時代に比べると、加速度的に便利になっていて、広告のマーケットもそれに合わせて変わってきています。

——デジタル広告のコンテンツそのものも変わってきているのでしょうか?

皆さんの注意をひけるよう進化しています。スマホの画面にどのように広告を表示するかについては、さまざまな事業者が工夫を凝らしています。

スタートした当初は、写真や動画をどう見せるか、どんな色あいが良いかなど、全てが手探り状態でした。その中でユーザーの目を引き、目に留まる、つまりアテンションを得る工夫がどんどん研究されていきます。

スマホの画面は、リビングでテレビを見ている時とは、集中の度合いや理解のスピードが全く違います。そうした端末の特性を生かして、いかに効果的にアテンションを得られるかという競争をしてきたわけです。

ところが今、こうした競争が広告の価値に本当につながっているのか、ということが問われ始めています。


広告のオークションは誰でも参入できるので、アテンション“だけ”を狙ったものが入り込んでくる

——スマホでコンテンツを見ようとすると、それを邪魔するように広告が表示されることがよくあります。その広告を消したくて×ボタンをクリックすると、また別の広告が出てきてイライラした経験は誰にでもあると思います。そんな広告はユーザーからは嫌われて逆効果なのではないのでしょうか。

おっしゃる通りだと思います。広告配信システム(=DSPなど)の入札は、パソコン一つあれば誰でも参入できます。

▼広告を配信するプラットフォーマー側は、広告枠をどのように設定するか、
▼広告主側は、そこに広告をどのように表現するか、

について、それぞれがある程度自由がききます。そのためアテンションを得ることを極端に優先するサイトや事業者が出てきてしまうのです。

さらに、不正広告の問題も起きています。広告収入を得ることだけを目的に設計されたWEBサイトも作られようになりました。

そこで、こうした事態に対抗するため、アドベリフィケーション(WEB広告検証)という考え方が生まれました。広告主にとって、正しい成果につながらないデジタル広告を検証して品質を評価しようというものです。

広告主のブランド価値を守るため、悪質なドメインやページに広告を表示されないようにブロックしたり、リスクのあるコンテンツのページに広告が表示されないようにあらかじめ設定したりする取り組みです。

電通デジタルも、このアドベリフィケーションを本格化するアドベリフィケーション推進協議会の発足に関わっています。

(参考)「インターネット広告のリスク調査2023(アドベリフィケーション推進協議会のサイト ※ステラnetを離れます)
アドベリフィケーション推進協議会によると、広告収益を目的に作られたウェブサイト(=MFA(Made-for-Advertising)は、コンテンツに対する広告の比率が高いのが特徴で、ページに広告が大量に貼られているため誤クリックを誘発しやすい。
このため広告主や優良なメディアが不利益を被るなど、デジタル広告全体への悪影響が指摘されている。さらに昨今の生成AIの進化がMFA問題を加速させているといわれている。
「デジタル広告の事業者にとって情報空間は果実を育てる畑。豊かな土壌=情報空間の健全性は非常に大切」(馬籠さん)

情報空間の健全性や信頼性はデジタル広告にとっても重要な課題

——馬籠さんが広告事業者の立場から「情報的健康」の提言に関わっている理由を教えてください

デジタル広告はネット空間の一つのコンテンツです。悪質な広告が蔓延まんえんしないように、広告主のブランド価値を高めるだけでなく、ユーザーのウェルビーイングに繋がるようなコンテンツであるべきだと思っています。

私たちデジタル広告の事業者にとって、情報空間は果実を育てる畑のようなものです。豊かな土壌がなければちゃんとした収穫物は得られません。ですから、情報空間の健全性や信頼性は我々のビジネスにとっても非常に大切です。「情報的健康」を実現するために、広告事業者の立場からも関わる必要があると考えています。


疑問に思ったり違和感を覚えたりすることを大切にしてほしい

——インフォメーション・ヘルスAWARDの応募者に期待することは?

AWARDに応募していただくことで皆さんの意見が集まり、より良い方向、使いやすい方向、そして「これだったら安心して使える」という情報空間になっていくということがとても大事だと思っています。

そのためには、普段使っていて疑問に思っていることや違和感があるところについて「ここは間違っているんじゃないか」という意見を教えていただきたい。私自身はWEB空間にどっぷり浸かっているので、気付かない部分がたくさんあると思っています。そこで、「ああ、こういう考え方もあるんだ」と気付かせてくれるような率直な意見を期待しています。

(取材・文/NHK財団 インフォメーション・ヘルスAWARD事務局)

「第2回インフォメーション・ヘルスAWARD」は9月末に応募を締め切り、グランプリ作品などの選考に入っています。たくさんのご応募ありがとうございました。グランプリ発表は12月13日(金)です。こちらの公式サイトでお知らせします(ステラnetを離れます)。これまでの活動や受賞作品のご紹介もしています。
お問い合わせフォームもございます。(お問い合わせはこちら)。

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