4月から放送され、大きな話題を呼んできた「虎に翼」の放送も、ついに残り1か月。とも(伊藤沙莉)の物語がクライマックスを迎えようとしています。

そこで制作統括の尾崎裕和さんに、裁判官編、新潟編を振り返ってもらいつつ、審理が進む「原爆裁判」をはじめ、この先寅子を待ち受けるさまざまな出来事について、見どころを語ってもらいました。


美佐江は少年犯罪の変化を描くにあたって生まれたキャラクター

――「虎に翼」は個性的なキャラクターが多い作品ですが、新潟編では片岡凜さん演じる森口美佐江が特に異彩を放っていました。片岡さんのどんなところに魅力を感じ、美佐江役に起用したのでしょうか?

美佐江は、大人から見ると、どんなことを考えているかわからない少女です。この役を誰にお願いしようかとなったとき、片岡さんのお名前が上がりました。NHKのドラマにも出ていただいていて、お芝居が素敵だなと思っていましたし、片岡さんのSNSの投稿が個性的で面白く、聡明でいろんなことを考えていらっしゃるんだなと感じて。

お芝居とともに、そのイメージも含め、美佐江のキャラクター的に片岡さんがやってくれるとすごくはまるし、面白いんじゃないかと思ってお願いしました。
現場では、朝ドラは初めてということもあって、その週の担当演出と「ここはどうした方がいいですか」と、じっくり話しながら役を作ってらっしゃった印象です。

――ネットでは、「朝ドラでこんな強烈なキャラクターは初めて見た」という声や、美佐江をめぐるサスペンス風の展開に驚きの声もありました。最初からそういう展開を意識されていたのでしょうか?

「虎に翼」は裁判官の話なので、最初から刑事ドラマとは言わないまでも、犯人は誰なのか?といったサスペンス的な展開は出てくるだろうなとは思っていました。ただ、美佐江についてはむしろ、少年犯罪の変化を描くにあたって生まれたキャラクターという側面が大きいですね。

たとえば道男(和田庵)は、終戦直後、貧しさゆえ、生きていくために犯罪に手を染めざるを得なかった少年として描かれました。美佐江はそれとは違って、裕福だし恵まれているのに罪を犯してしまう。

当時、アプレゲール*の世代の犯罪といって、若者が凶悪な事件や、すごい数の人をだますような大規模な犯罪を起こしていました。演出上、美佐江のパートはサスペンスにはなっていますが、サスペンス展開を狙ったというよりは、そういった時代背景をもとに、少年犯罪の変化と、そこに向き合う寅子を描きたいと思いました。

* 日本においては「戦前の価値観が大きく否定される中で、戦後混乱期・復興期に現れた既存の道徳観を欠いた無軌道な若者」をさす。彼らが起こした犯罪は「アプレゲール犯罪」と呼ばれた。代表的な事件に「光クラブ事件」「バー・メッカ事件」「日大ギャング事件」など。

――寅子が若い世代との価値観の違いに苦しむ姿は、新潟での部下との関係でも描かれていました。

そうですね。新潟編では寅子に高瀬(望月歩)や小野(堺小春)といった部下ができて、下の世代とどう向き合っていけばいいのかというテーマが、美佐江以外にも出てきました。年齢を重ねることによって生まれる新たな課題は、優未(毎田暖乃)のような子供世代とのギャップも含めて、これからもしっかり描いていきます。


ドラマで、あるテーマを扱うことは、見る方への“問いかけ”

――寅子が東京に戻ってからは、夫婦別姓や同性婚など、今まさに我々が議論している問題が作品の中に織り込まれています。現代に通じるテーマを描くというのは企画段階から考えていたことでしょうか。

寅子はいわゆる事実婚という形で航一(岡田将生)と結婚したわけですが、そこは脚本の吉田恵里香さんと何度も打ち合わせをする中で固まっていった部分です。

事前に「どういう婚姻のしかたになるか」を決めていたわけではありません。寅子が民法改正に携わっていたことや、2回目の結婚であることを含め、彼女がこれまで歩んできた人生を踏まえたとき、吉田さんが「寅子ならこういう道を選ぶんじゃないか」と考え、作り上げていきました。

とどろき(戸塚純貴)が同性愛者であるというのは、当初から決めていました。その轟が年を重ねる中でパートナーを見つけて、結婚ということをどう考えるか。法律上の結婚ができない自分たちをどう考えるか、ということを描くのは必然なのかなと。こちらも流れの中で描くべきものとして出てきたという感じです。

――現在も議論が続いていることをドラマで描くのは、リスクと捉える向きもあるかと思うのですが……。

ドラマで、あるテーマを扱うことは、見る方への“問いかけ”みたいなものだと思っています。登場人物の考えや行動をどう受け止めるかは見る方の自由ですし、ドラマが答えを出すということではなく、問いかけになればいいのかなと。「寅子や轟がこう考え、こう行動した」ということが、何かを考えるきっかけになったらいいなと思っています。

――クライマックスが近づいています。来週の放送(第23週)では「原爆裁判」の判決が描かれると思いますが、今後の見どころはどんなところでしょうか?

寅子のモデルである淵嘉ぶちよしさんは、実際に「原爆裁判」の3人の裁判官のうちの1人で、その中でもいちばん長く関わられた方です。ただ、裁判における「合議の秘密」というものがあって、三淵さんはこの裁判について何も書き残されていません。

ですから、8年にわたって行われた当時の裁判記録を調べた上で、このドラマの寅子ならこういうふうに考えるんじゃないかということを、フィクションとして描きました。判決文を読み上げるシーンをどう映像化するか、ドラマとしてどういう形で表現すれば、見る方にいちばん伝わるのかは、何度も議論しました。視聴者の皆さんに届くものになっていたらいいなと思っています。

また、原爆裁判以降、寅子は家庭裁判所に戻ります。彼女のキャリアの第一歩であった家裁で、改めて新時代の少年犯罪、少年たちに向き合っていくことになるわけです。三淵嘉子さんがそうであったように、少年法改正の議論にかかわる展開もありますし、また司法の歴史上大きなトピックスの一つである、尊属殺の重罰規定にまつわる最高裁判決も出てきます。

ただ、寅子は年齢やキャリアを重ねても、変に丸くなったりはせず、本質は変わりません。ドラマの最初のほうにいた、「はて?」と問い続ける寅子はちゃんと、彼女の中心にいると言いますか。それがドラマの中でどんなふうに描かれるかは、見てのお楽しみ、ということで。

――新潟編の美佐江については、やや消化不良と言いますか、スッキリしないまま終わっているかと思います。今後、彼女のエピソードは回収されるのでしょうか?

そうですね、詳しくは言えませんが、新潟編では解決せずに終わった一件が、寅子にとってどういうことだったのか……。寅子が改めてそのことについて考える機会は、ドラマの中でまた出てくる予定です。

――では最後に、終盤にかけての注目人物を一人上げるとしたら、誰になりますか?

今まで寅子と一緒に生きてきた花江(森田望智)や航一、女子部のメンバーなど、年齢を重ねていく彼ら全員の姿に注目してほしいところではあるのですが、敢えて一人選ぶなら、松山ケンイチさん演じる桂場等一郎でしょうか。

裁判所という組織で誰よりも高みにのぼっていく中で、寅子たちと「竹もと」で甘いものを食べている頃の姿とは違った一面が出てきます。立場の変化とともに、これまでとは変わってしまう、変わらざるを得ない桂場がどうなっていくのかは、最後の注目ポイントかなと。

第23週以降は、現実に起きた事件や実際の判決をベースにしながら、このドラマなりのクライマックスを描いていきます。ぜひ、最後まで楽しんで見届けていただければ幸いです。