テーマは心の病、舞台は精神科医院……。こう書くと“ヘビーなドラマ”と感じ、敬遠したくなる人がいるかもしれません。

しかし、土曜ドラマ「Shrink(シュリンク)―精神科医ヨワイ―」は、ドキッとさせられるシーンこそあるものの、その世界観は穏やかで優しく、見終えたあとにはポジティブな気持ちになれる作品です。

そもそも精神科医が主人公のドラマは、「数年から場合によっては生涯をかけてつき合っていかなければいけない心の病を1話50分で描く」という難しさがあるジャンル。

「Shrink」はそんな「現実はドラマよりも厳しい」という難しさを抱えつつ、どのような形で感動作に昇華しているのでしょうか。


縁遠い「心の病」を身近なものに

ここまで2話が放送されましたが、序盤から心の病に関するリアルな描写が続きました。

ドラマ開始早々から主人公の精神科医院・(よわ)()幸之助(こうのすけ)(中村倫也)の「日本の自殺率は世界で6位の隠れ精神疾患大国」「精神科に通うのは恥ずかしい。周りに知られたくない。そういったこの国の風土が精神科に通うハードルを高くしている」などの言葉に心を揺さぶられます。

第1話は「パニック症」のシングルマザー・雪村葵(夏帆)、第2話は「双極症」のラーメン店主・谷山玄(松浦慎一郎)の生々しい症状が描かれました。

「パニック症」では、“広場恐怖”によって電車に乗ることさえできなくなり、子どもの迎えに行けない。会社のプレゼンで失敗したほか、子どものために乗った観覧車で症状が出てしまうなどの、葵が追い込まれていく姿……。


「双極症」では、仕事に行けなくなる(うつ)状態から、いきなり走り出したり、すれ違った人に怒鳴ったり、女性を家に連れ込んだりなどの(そう)状態になる姿。また、「樹海」というフレーズの検索をするなどの描写もありました。

当作のポイントはそんな葵や玄の心の病を「特別なケースではなく誰にでも起こりうる身近なもの」として描いていること。葵は離婚や姑との関係性、玄は上司からの厳しいノルマなどのストレスが引き金となったことが視聴者に伝わっているため、「自分や家族、友人に起こりうるもの」として物語に引き込まれていきます。

心の病がテーマの作品は視聴者に「自分には縁遠い話」と思われてしまうと興味が持てないほか、見てもらえたとしても理解が深まらないのが難しいところ。ネットの普及で便利になった反面、ストレスを感じやすくなった現代社会において心の病を自分事として考えてもらうことの意義は大きく、その点「Shrink」はうまくいっているように見えます。


現れるだけで癒やしを感じさせる医師

冒頭に書いた「Shrink」が穏やかで優しい世界観に見える最大の理由は、主人公・弱井の存在感。

実際のところ弱井は主人公ながら出番の多さは2~3番手レベルでしょう。最も多いのは心の病をわずらう葵と玄であり、弱井は症状が出たあとなどに対処するのみですが、それでも存在感は絶大。のほほんとした佇まいの弱井が画面に現れるだけで癒しのムードが漂い、映っていないときですら作品全体を優しく包み込んでいる感すらあります。

時に診察室を飛び出して患者に同行するなど、寄り添う姿勢を見せながらも、近づきすぎると治療に影響が出るため、ある程度の距離感を保ちながら言葉をかけ続ける弱井。その存在感と言動が精神科にかかるハードルそのものを下げているようにも見えます。


さらに癒やし効果が大きいのは、弱井が患者たちにかけたセリフ。

「心が弱いからかかる病気ではありません。脳の誤作動なんです。何もないのに脳が暴走してしまっているんです。『少し休みましょう』と体が教えてくれてるんですね」「約束します。パニック症の発作で死ぬことはありません。それを知るだけで症状がやわらいでいくはずです」 

「ベイビーステップ。少しずつ。できることからですよ」「不安に感じる行動をあえてとることで、ちゃんとできたことを脳に実感させることが大切なんです」「できたら自分をほめてあげましょう。ごほうびを励みにしてもいいですね」 

「僕たちは一緒に病と戦うチームなんです」「治療は診察室の中だけでは終わりません。患者さんの生きる支えとなるチームを作りたいんです」

患者の目を見ながら柔らかい声でゆっくり。でも伝えたいメッセージはしっかり伝わってくる。中村さん自身の思慮深いキャラクターや美声も、弱井という人物像にフィットしていて、誰もが「こんな精神科医がいてくれたら……」と思うでしょう。

中村さんは弱井を演じるにあたって精神医療の関連本を10冊程度読んで勉強したことを明かしています。「Shrink」は弱井と演じる中村さんによって、どんなに症状がリアルでシビアでも暗くなりすぎることはなく、むしろ安心感に包まれたドラマなのでしょう。


具体的な治療方法と感動的な結末

「Shrink」が穏やかで優しい世界観に見えるもう1つの理由は、「具体的な改善策を見せてくれるから」。

第1話の「パニック症」では、不安や恐怖を感じることを知るために10段階で点数をつける「不安階層表」。発作が起きそうなときは隠れている副交感神経を呼び覚ますために数を数えながら呼吸する。最初は付き添い付きで駅に行き、翌日から1人で挑戦して薬を飲まずに乗れたことを喜ぶ。

第2話の「双極症」では、一番尊敬している恩師を呼んでフォローしてもらいながら医療保護入院する。1か月がメドの入院で「投薬、生活リズムを整える、病気を理解する」という3つの治療を行う。毎日の気分を点数化した「眠りと気分の記録表」を書く。精神保健福祉士の付き添いで生活訓練施設へ行く。

これらのシーンはドキュメントのようであり、治療方法を紹介する映像としての意味も大きいため、限られた時間の中でも丁寧に描かれています。どちらの治療も劇的な変化を伴うものではなく時間をかけてじっくり行っていくものであり、常に医師、看護師、家族らが寄り添っていることも、穏やかで優しい世界観に見える理由の1つでしょう。

その上で、「Shrink」がドキュメントでも、治療方法を紹介する映像でもなく、れっきとしたドラマと言えるのは、人間ドラマをしっかり描いていること。どちらかと言えば“医療ドラマ”というより“ヒューマンドラマ”寄りの作品であり、第1話の葵は幼い息子と元夫の母、第2話の玄はたった一人の家族である妹との感動的なエピソードで締めくくられました。

ドキュメントとしてのシビアさ、治療方法を紹介する映像としての手堅さと同等レベルでハートフルな人間ドラマを扱っているため、説教じみたところを感じさせず見やすい作品となっているのです。冒頭に挙げたように、心の病を1話50分で描くことは難しいものの、「知ってもらうための第一歩」という役割は果たせているのではないでしょうか。


3話で終了だが続編を信じて楽しむ

その他では、心の病をわずらう人物を演じた夏帆さんと松浦慎一郎さんは、まさに熱演でありハマリ役。ゲスト出演した余貴美子さんと小林薫さん、第3話出演の白石聖さん、細田佳央太さん、光石研さん、さらに病棟の患者を演じた俳優なども含め、キャスティングに一切のスキがないのも実力優先のNHKドラマならではでしょう。

一方、スタッフで注目は「きのう何食べた?」(テレビ東京系)、「大豆田とわ子と三人の元夫」(関西テレビ放送制作・フジテレビ系)などを手がけた中江和仁監督。コントラストの効いた映像でリアリティーと体温を共存させているほか、多くのCMを手がけただけに音の使い方にも引き出しの多さを感じさせられます。

今週9月14日(土)に放送される第3話のテーマは「パーソナリティ症」ですが、問題はこれが“最終話”であること。民放の連ドラではあり得ない短さだけに、ネット上に「もう終わりなのが残念」などの声が散見されるのも当然でしょう。

最終話にて、感情をコントロールできない風花を白石聖さんが演じる

ちなみに原作漫画は13巻まで刊行されていて、発達障害、PTSD、摂食障害、アルコール依存症、産後うつなど多くのエピソードが描かれています。質が高く社会的意義もある作品だけに、NHKには「なぜ3話で終わりなのか」の説明を求めたいところですが、早々に続編が放送されることを信じて、最終話というより“第3話”として楽しめばいいのではないでしょうか。

コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。