またしても予想を超える展開を迎えた、アニメ「からすあるじを選ばない」。がらすたちを襲う「猿」の狙いが見えてくる中で、若宮わかみや(声:入野自由)が雪哉(声:田村睦心)に告げたのは「やまうちは今、崩壊に向かっている」という衝撃の事実だった。さらに、かつて若宮が遊学していた「外界」というのは、なんと人間の世界で……! 

異世界・山内が現代日本と同じ次元に存在しているという世界設定は、どのような理由で生まれたのか。原作・阿部智里インタビューの後編では、作家としての思いなどから、物語に隠された秘密を読み解くための鍵を探る。

物語誕生のきっかけなどを紹介した、インタビュー前編はこちら


「山内」は、現代の日本の中にある異世界

原作小説『の烏』を未読の状態で、第18話「外界」をご覧になった視聴者の方々は、まさかの展開に呆然とされたに違いない。

巨大な岩の向こうの世界から雪哉が持ち帰った「白いカケラ」は「人間」の骨で、それが八咫烏たちを暴走させる禁断の薬「せんにんがい」の原料であること。宮中の権力闘争を逃れて「外界」に遊学していた若宮が、そこで暮らしている人間たちの言語、風俗、文化を学んでいたこと。つまり、これまで描かれてきた異世界・山内は、現代日本と地続きの場所に存在していたのだ。

この異色の物語を作り上げた阿部は、ファンタジーの中に、常に現代的なテーマを織り込みたいと考えながら作品を執筆してきたという。 

阿部 これは私の作家としての信条の話になるのですが、私は作品を世に出すからには、出すだけの意味があるものを書きたいと、いつも思っています。そのときに普遍的なテーマが提示できればベストですが、人間は必ず生きている時代の制約を受けますから、自分が普遍的だと思いながら作品を書いても、時代が変われば一時的なものになってしまう。

だから私のこだわりとして、せめて現実世界や現代の価値観と照らし合わせたときに意味のあるものにしたくて、それを「こうあるべき」と語るのではなく、「私はこう思うけれど、あなたはどう思う?」という「問いかけ」の形でやりたいと思っているんです。

この作品で「山内が現代の中にある異世界」にしたのは、現代において意味のある「問いかけ」をしようと思ったら、私にとってはこの手法がいちばんやりやすいから。私がづきひこ(=若宮)を外界に遊学させた理由は、そこにあります。アニメの中に、奈月彦が「まこときん」として持つ能力で結界を修復するという描写がありましたが、それはギミック的な部分であって、そんなに重要なものではないんです。

これまでご覧いただいて伝わっていると思いますが、山内の価値観にはすごく問題があって、身分制度もそうですし、ジェンダー観もそうですし、現代の価値観に照らし合わせれば否定されるべきものが平然と残ってるんですよね。でも、山内の住人たちはそれを間違いだと思っていないというか、あの世界の中では正しいもの。

そこに奈月彦や「八咫烏シリーズ」の別作品に登場する外界の人間、つまり私たちと同じ価値観を持っている人たちが入ることで、「これって、こういうことだよね」という整理ができていくんです。

例えば第12話、第13話で描かれていた、おうぐうでのきさき選びにおける奈月彦の発言の数々。姫様たちにガチ切れされて、見ている方も「このナルシストは最後に現れて、姫様たちを上から目線で糾弾して、一体何なんだ!」という気になったと思いますが、あれは山内の価値観に現代的な風を吹き込む“風穴”のようなものなんですよね。

ただ私自身は、奈月彦は殴られても当然のことをしたと思っているので、最後にはま綿(声:七海ひろき)に殴らせているんですけれど(笑)。そうするしかなかった女性たちを糾弾していると言う意味で、彼自身が悪役でもあるので。

もしも奈月彦がその世界に迎合していて、山内で生まれ育って遊学の経験のない兄のつか(声:日野聡)みたいな男だったら、違った姫を后に迎え入れていたかもしれません。山内における“正しさ”と、ある種の傲慢ごうまんさを持つ現代的な“正しさ”の間にあるギャップを痛感しながら、しかしそうせざるを得なかった、その選択をすることが良い方向に進むと信じて行動した人物として奈月彦を書いたつもりです。


「問いかけ」に対する感想は、全てがアンサー

そんな異世界・山内に「黄金の烏」編から登場し、強烈なインパクトを与えているのが「猿」だ。八咫烏たちと同様、人の姿に転身できる彼らは、山内と外界の狭間をねぐらとし、人間を主食にして生きてきたと若宮は推測している。

そして、山内の存亡にかかわる「結界」の綻び。八咫烏の仲間を裏切った何者かの手引きで、猿が山内に侵入していたことを知った若宮と雪哉は、裏切り者の正体を突き止めようとするが……。

阿部 今は単純な敵であり、八咫烏たちの憎まれ役になっている猿ですが、その存在にも意味があって、実は彼らにも言い分があるんです。それが今作で全て語られることはないのですが、これからのアニメの展開の中で、八咫烏との因縁をほのめかす場面も登場してくるので、そこから何かを感じ取っていただけたらうれしいです。

先ほどお話したように、原作の『黄金の烏』にも私なりに主張したいこと、批判したかったことがいろいろと入っているのですが、そのひとつひとつに「これは、こういうことを書きたくて」と具体的に説明するのは野暮やぼかな、と思っています。それをしてしまうと、まるで国語のワークブックの答えを盗み見たみたいに、みんながそれを唯一絶対の正解にしちゃうんですよ。

だから「こういうふうに読んでほしい」と気持ちよりも「あなたはどういうふうに読みましたか?」と、反応をうかがう気持ちが強いですね。私が出した「問いかけ」に対して、読者の方々、アニメをご覧になったみなさんの「私はこう思いました」という感想が全てのアンサーで、明らかな誤読だけを除けば、そこに間違いは全くないと思っています。


高校生のときから考えていた異世界「山内」

インタビューの前編でも紹介したが、阿部が『たまよりひめ』のプロトタイプとなる小説を執筆したのは、彼女が高校生のとき。そこで「山内」という異世界が誕生したのだが、そのときから物語の全体像や世界設定はでき上がっていたのだろうか。

玉依姫…「八咫烏シリーズ」の第1部第5作。現代の日本で暮らしている女子高生・志帆が祖母の故郷であるさんだい村を訪ねるところから物語が始まる。

阿部 全て、ではなかったですね。物語を書いていて、「山の中の神域を表現する言葉がほしいな。山の中だから『山内』でいいや」と思ってタイピングした瞬間に「あ、これはすごい大きいシリーズになりそう」という予感を得たんです。

けれども、その時点ではまだその予感しかなくて、そこから埋まっている化石を掘り起こしていくような作業を、ちょっとずつちょっとずつ……。自分が感じた「でっかい鉱脈があるぞ」という直感に従って、まだ見えてはないけれども私の中にある物語を掘り起こして、組み立てていった感覚ですね。

それでも大学生になって、松本清張賞に応募するための『烏にひとえは似合わない』を書いているときには、登場するキャラクターの子どもたちの世代、「八咫烏シリーズ」の第2部から登場してくる人物の設定まで、もうできていました。それを踏まえての描写も『単』の中でしていますから。

アニメからこの作品に入った方は、原作まで来ていただいて、そのうえでアニメを振り返っていただけると、また違う景色が見えてくるだろうと確信していますので、そうしていただけたらうれしいですね。


「黄金の烏」までのアニメ化は、いい区切り

今回のアニメ「烏は主を選ばない」には、原作シリーズの第1作『烏に単は似合わない』、第2作『烏は主を選ばない』だけでなく、第3作『黄金の烏』の内容(および「八咫烏シリーズ」外伝となる短編小説『ふゆのことら』『ふゆきにおもう』の内容)が含まれているが、そこにも阿部は喜びを感じているという。

阿部 私的には、なかなかいい区切り方というか、まとめ方だったんじゃないかな、と思っています。正直に言ってしまうと、第4作の『くうかんの烏』まで今回のアニメに含めてしまうとしたら、私の中にある構成が崩れるというか、メッセージ性という部分でブレが出てきてしまうんですよ。

だから、区切るとしたら『主』の後で切るか、『黄金の烏』まで含むか、というところだった気がしていて。そういう意味で、「烏は主を選ばない」というタイトルの作品で『黄金の烏』までやっていただいたのは、とてもありがたいことでした。

もっとも『主』で終わって、雪哉が奈月彦に対して悪態つきながら去って終わり、というパターンも斬新でおもしろかったと思いますが(笑)。でも、アニメの雪哉は割と優しいというか、ちょっと穏やかなところがあるから、その終わり方だと解釈がずれてしまうかもしれないですね。

原作の雪哉は、みんなが成長したり、つらい思いをしたり、何かしらの変化がある中で、良くも悪くも変わらないことを身上にしているキャラクターで、その良い部分、悪い部分の両方を書いてやろうと思っているんです。変化があるように見えても、それは周囲が変わっているから、そう見えているだけで。

アニメ第2話でも描写されていましたが、自分を殴らせておいて相手を陥れて後で舌を出しているようなやつが、ずっと同じことをしていると思ってます。彼の立場と周囲が、奈月彦に振り回されながらも頑張っている子のように見せているだけで、キャラクター単体で見たら相当性格が悪いし、問題も抱えている。

そんな雪哉が、「黄金の烏」編の最後では、どういう選択をするのか? そのあたりにも注目していただければと思います。

物語は、いよいよクライマックス。不知火しらぬい、結界の綻び、猿の侵入、そして人間の存在……。これまで提示されてきた幾多の謎は絡み合い、ある一点に収れんしていく。そのとき明らかになる山内の真実とは? 

今は桜花宮で働く小梅(声:宮本)と、その父親の水売り・治平(声:佐藤せつじ)は、山内を震撼しんかんさせた事件にどう関わっていたのか? 真相を知った雪哉と若宮は、どんな行動を起こすのか? そして2人がれ井戸で遭遇したのは……!!

最終回まで、残りわずか。怒涛の展開を迎える興奮に酔いしれ、巧妙に練り上げられた「どんでん返し」を楽しみながら、ラストカットまでしっかりと見届けてほしい。

アニメ「烏は主を選ばない」原作・阿部智里(写真提供:文藝春秋)。
【プロフィール】
あべ・ちさと 
1991年、群馬県前橋市生まれ。大学在学中の2012年に『烏に単は似合わない』で松本清張賞を史上最年少で受賞し、作家デビュー。この作品から続く壮大な異世界ファンタジー「八咫烏シリーズ」は、外伝も含めて最新刊『望月の烏』で12冊を数える。そのほかの作品に『発現』など。

アニメ「からすあるじえらばない」(全20話)

毎週土曜 総合  午後11:45~0:10

監督:京極義昭
シリーズ構成:山室有紀子
キャラクターデザイン:乘田拓茂
音楽:瀬川英史
音響監督:丹下雄二
アニメーション制作:ぴえろ
NHKプラスでの同時配信、1週間の見逃し配信あり

カツオ(一本釣り)漁師、長距離航路貨客船の料理人見習い、スキー・インストラクター、脚本家アシスタントとして働いた経験を持つ、元雑誌編集者。番組情報誌『NHKウイークリー ステラ』に長年かかわり、編集・インタビュー・撮影を担当した。趣味は、ライトノベルや漫画を読むこと、アニメ鑑賞。中学・高校時代は吹奏楽部のアルトサックス吹きで、スマホの中にはアニソンがいっぱい。