がらす*1の一族が暮らしている異世界「やまうち」を舞台に、東西南北四家の貴族たちが権力闘争を繰り広げてきた、アニメ「からすあるじを選ばない」。皇太子・わかみやきさき選びは、予想外の形で決着した。

アニメ第14話「禁断の薬」からは、原作小説「八咫烏」シリーズ第1部第3作にあたる『の烏』の物語がスタートしたところだ。「黄金の烏」編では、山内にかつてない脅威が出現。巨大な「猿」のような異形の怪物が八咫烏たちを襲い、さらに謎の薬「せんにんがい」の存在が山内の社会そのものを揺るがせていく!

ここから展開する物語は、どのように生まれたのか? アニメの制作過程にも深く関与した原作者・阿部智里に話を聞き、前・後編で紹介する。

*1 八咫烏:3本の足を持つ異形の鳥。日本神話において神武天皇の道案内をしたとされ、古くから多くの絵姿が伝えられてきた。日本サッカー協会のシンボルマークおよび日本代表のエンブレムの意匠としても使用されている。


NHKでアニメ化されたことに、心から感謝

幼少期に作家を志し、壮大な世界観を持つ「八咫烏」シリーズを生み出した阿部智里は、プロデビュー以前から「もし自分の作品がアニメになったら」と夢みていたという。今回のアニメ化は、その念願がかなった形。しかも、NHKで放送されることについては、特別な思いがあるという。

アニメ「烏は主を選ばない」原作・阿部智里(写真提供:文藝春秋)

阿部 子どものころから多くのファンタジー作品に薫陶を受けて育ち、いま作家として和風ファンタジー小説を書いているのですが、その私を形作った作品の中に、小野不由美先生の「十二国記」シリーズやうえはし菜穂子なほこ先生の「守り人」「獣のそうじゃ」シリーズがあるんですね。

それらはNHKでアニメ放送されていて、そこに並べたと言っては大変おこがましいのですが、同じように取り上げていただけて、本当にありがたいなと思っています。

アニメを見ていて感じるのは、出来上がるまでにたくさんの人の手がかかっていて、プロの方たちの尽力の上で成り立っているものだということ。最初にオープニングの映像を目にしたときに、それを痛感して、私が1人でどれだけ頑張ったとしても、絶対にこれを作ることはできない、と思ったんですよ。

本当に多くの人の協力があってここまで来れたんだな、と非常に感慨深く思いまして、第14話まで放送された現在もそこから気持ちが動いてないんです。本当にありがたいなという、その一言に尽きますね。

人の姿をした八咫烏を登場させた理由は

「八咫烏」シリーズ第1作『烏にひとえは似合わない』が第19回松本清張賞受賞作であることからもわかるように、阿部はみつに組み立てた「どんでん返し」で読者の予想を鮮やかに裏切る物語をつづってきた。

アニメでも、若宮(声:入野)の后選びが終わった第13話放送直後は、ネット上に「これはヤバい。完全にだまされた」「怖っ! 背筋が凍る」という視聴者の声があふれたほどだ。だが、八咫烏たちが活躍する世界観や平安時代を思わせる姫たちの登場する物語の発想の源は、そもそもどこにあったのか? 

阿部 私は小学生のときに読んだ荻原規子さんの「勾玉まがたま三部作*2」に大きな影響を受けて、中学高校のころは『とりかへばや物語』にハマってたんです。『とりかへばや物語』の現代語訳を大量に集めて、読み比べるのが楽しくて。その解像度を上げるために、貴族社会の解説が載っていた国語の資料集を愛読していて、和歌も大好きでした。

当時の私は、物語の構想がいちばん進むのが授業中だったのですが(笑)、授業中に脳内トリップをしていると、ふと「四季を表現したようなきれいな衣装を着た4人のお姫様が板の間に勢揃いして、すっと頭を下げるシーン」というのが思い浮かんで。その絵が浮かんだ瞬間に「あ、これで小説を書こう」と思ったんです。

ただ資料集を読み込んでいましたから、そんな状況が発生するわけがないこともわかりました。これを平安時代の設定で、ある種の時代小説のように書くのは無理だなと思って没に、というか一度置いておいたんですね。

高校生になって、後の『たまよりひめ』(「八咫烏」シリーズ第1部第5作にあたる)の原型とも言える小説を書いたのですが、これは日本神話のたけつのみのみとこ*3がかかわってくる話で、そこに人間の姿に転身できる八咫烏と「山内」という異世界を登場させたんです。それを松本清張賞に応募して落選したのですが、二次選考までに残って、ある程度の手応えを感じました。

大学生になって、この話を書いたときに思い浮かんだ設定を使えば、前に没にしたお姫様たちの后選びが矛盾なく書けると気がついて、「よし、それを書いて、もう一度応募してみよう。応募するなら、四姫全員の第一印象と読了後の印象を全部変えよう」と意気込んで書いたのが『烏に単は似合わない』でした。

*2 勾玉三部作:古事記をモチーフにしたファンタジー小説『空色勾玉』のほか、『白鳥異伝』『薄紅天女』からなる三部作。
*3 賀茂建角身命:日本神話に登場する神。八咫烏に化身して神武天皇を勝利に導き、古代の京都を拓いたとされる。

アニメ化にあたり、原作者としての提案も

これまで紹介してきたように第13話までは、4人の姫たちによる若宮の后選びのバトル(『烏に単は似合わない』にあたる部分)と、権力闘争の中で命を狙われた若宮にきんじゅうとして仕える雪哉(声:田村むつ)の物語(第2作『烏は主を選ばない』にあたる部分)という、同じ時間軸にある2つのストーリーが合わさった形で描かれてきた。

アニメ化にあたって、阿部自身は「2作に分けて書いた物語を1つにできるなら、こんな良いことはない」と思ったそうだが、その挑戦は簡単なものではなかった。原作に忠実に描こうとすると、構成に歪みが生じるという問題点が出てきてしまうからだ。

阿部 『単』と『主』は、もともと1つだった物語を2つにして、それぞれのテーマでおもしろくなるように、あえて1つではできないことを盛り込んだ作品なんです。それをそのままガチャンと合わせようしたら、それはおかしなことになってしまうんですよね。なので原作者としての視点で、それを解消するための私なりのアイデアを提案させていただきました。

時系列を変更してしまうことも含めて。脚本家さんや現場のスタッフの方々は、本当に厳しく大変な中で頑張ってくださって、本当に感謝しかありません。自分で提案をしながら、「こんな面倒な作品、私だったら手を出したくないな」と思うことが、しばしばありましたから(笑)。

そうやって脚本の段階から作る側の人間として作品にかかわって、スタッフの一員のような意識がありますから、アニメについては楽しむという立場では見られないんです。「ここは違う場面で補足を入れたほうがよかった?」とか、「京極(義昭)監督がここまで描いてくれるのなら、あの部分はいらなかった」とか、作り手の立場で反省してしまって。

実は私、自分の小説もイライラして読み返せないんですよ。読むと「この表現はいらないだろう」とか、「今だったら、こうは書かない!」とか、反省ばかり。私の感覚からすると「視聴者のみなさんにどう見えたかな?」という方が先に来てしまうので、アニメを見ると私自身の反省会が始まってしまいます(笑)。ただただ、より多くの方たちにおもしろいと思ってもらえますように、と祈るような気持ちですね。

「黄金の烏」の見どころについて

ところで「黄金の烏」編のメインとなる舞台は、姫たちが暮らしていた桜花宮のような雅な宮中ではなく、雪哉の生まれ故郷であるたるごうや中央城下、花街、そしてたにあいと呼ばれる荒くれ者たちが集まる場所。その世界観は、平安時代というよりも江戸時代を思わせるのだが、そうなっている理由は?

阿部 貴族たちの平安っぽい雰囲気と庶民たちの江戸風の雰囲気は、そこだけ取り合わせが不思議に見えるかもしれませんが、作品内での「山内」は身分が上に行けば行くほど、時代を遡るという設定なんです。

だから八咫烏が仕える山神様の装束は「上古」っぽい雰囲気で、神代の時代に準ずる格好をさせているんですよ。高貴なきんや大紫の御前は――映像にするにあたって、金烏に関してはやや平安っぽくしちゃいましたけれど――、飛鳥・奈良の雰囲気。

お姫様たちや貴族は平安時代で、武士階級の人々は鎌倉や室町っぽい感じで、庶民には江戸っぽい雰囲気があって。だから、花街は江戸風なんです。実はそういうグラデーションがある中で、世界が出来ている設定なんですよ。そんなことも頭の片隅に置いて「黄金の烏」編を見ていただけたら楽しみが広がるかもしれません。

私の小説は、いわゆる叙述トリック*4を含んでいて、『黄金の烏』も小説だからこそできる「ブラフ」みたいなものが散りばめられているんです。そのままアニメにするとその時点でネタバレになってしまうので、どうやって映像に落とし込むか、スタッフのみなさんは非常に苦労されたと思います。

出来上がった脚本を拝見して、 「なるほど、こういう処理の仕方をしたんだ」と感心しました。小説の文章表現でやろうとしたことが、アニメならではの手法で描かれていて、媒体が違えば見せ方も違うから、うまく落とし込むことが大切なんだと勉強させてもらった気がします。

『黄金の烏』パートに関しては、先に原作を読んだ方も、先にアニメを観る方も、それぞれの楽しみ方ができるかと思います。見比べれば、 新しい発見があるというか。「一粒で二度三度おいしい」と感じるような楽しみ方ができるだろうと思います。

*4 叙述トリック:読者の先入観を利用し、文章上の仕掛けを用いてミスリードに導く小説技法。


これからの放送では、側室の子である若宮が世継ぎとなった理由である「まこときん」の存在意義や、八咫烏たちを襲う怪物の正体、敵か味方かわからない少女・小梅(声:宮本侑芽)の意外な動きなど、さまざまな謎が少しずつ明らかになる。

そして「どんでん返し」はまだまだ続き、あの第13話を超える衝撃が……。

一瞬たりとも目が離せない展開が続くアニメ「烏は主を選ばない」、今後の展開もどうぞお楽しみに!

※近日公開予定のインタビュー後編では、今後「黄金の烏」編で明かされる衝撃の事実の背景について、たっぷりと語っていただきます。

【プロフィール】
あべ・ちさと
1991年、群馬県生まれ。大学在学中の2012年に『烏に単は似合わない』で松本清張賞を史上最年少で受賞し、作家デビュー。この作品から続く壮大な異世界ファンタジー「八咫烏」シリーズは、外伝も含めて最新刊『望月の烏』で12冊を数える。そのほかの作品に『発現』など。

アニメ「からすあるじえらばない」(全20話)

毎週土曜 総合  午後11:45~0:10

監督:京極義昭
シリーズ構成:山室有紀子
キャラクターデザイン:乘田拓茂
音楽:瀬川英史
音響監督:丹下雄二
アニメーション制作:ぴえろ
NHKプラスでの同時配信、1週間の見逃し配信あり

カツオ(一本釣り)漁師、長距離航路貨客船の料理人見習い、スキー・インストラクター、脚本家アシスタントとして働いた経験を持つ、元雑誌編集者。番組情報誌『NHKウイークリー ステラ』に長年かかわり、編集・インタビュー・撮影を担当した。趣味は、ライトノベルや漫画を読むこと、アニメ鑑賞。中学・高校時代は吹奏楽部のアルトサックス吹きで、スマホの中にはアニソンがいっぱい。