アドラー心理学を紹介しベストセラーになった『嫌われる勇気』の著者・岸見一郎さん(68歳)は、認知症を患った父親の介護を4年近く経験しました。哲学者から見た、親といい関係を築くための介護や、親を介護するときの心構えを語ります。
聞き手/池田ちひろこの記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2024年9月号(8/18発売)より抜粋して紹介しています。
――どういう経緯で介護が始まったのですか。
岸見 私は50歳のときに心筋梗塞で倒れて手術を受け、研究や講演活動、カウンセリングといった仕事を休んでいました。2年ほどたち、そろそろ再開しようと思ったやさきに父の認知症が分かり、私が介護をすることになったのです。
そのとき父は一人暮らしをしていたので、私の自宅近くの実家に戻ってもらい、徒歩20~30分のところを毎日通いました。これはつらかったです。朝早く起きなければならず、仕事と違って正月も休日もありません。気が沈むときもありました。
今日親と幸せに生きることに焦点を
――岸見さんはよく「“今ここ”がとても大事だ」とおっしゃっていますね。
岸見 明日は何が起こるか分かりません。もしかしたら明日はこないかもしれない。だったら明日を待たずに、今ここでこの親と幸福な時間を持とうと決める。誰しも過去を思うと、後悔ばかりです。「こんなことになるなら、こう接しておけばよかった」とか。介護も子育ても、“後悔の集大成”と言っていいぐらい。
でもその過去は、もはや存在しない。だったら今、目の前にいる親と仲よく過ごそう。今日という日のためだけに生きようと、“今ここ”に焦点を当てるのです。過去を思って後悔しない、そして未来を思って不安にもならない。
それに人間の価値を「何かができる」ということに見いだそうとすると、まず介護される親が勇気をくじかれます。前はいろんなことができたのに、それができなくなった。そういう現実を最も悲しんでいるのは本人なのです。
私はある日、父に「こんなふうに寝てばかりいるのなら、僕が来なくてもいいよね」と言ったことがありました。すると父が真顔になって「そんなことない。お前がいてくれるから安心して眠れるんだ」と。
生きていることはそれだけで価値があり、ありがたいことです。まずはそう思えることが、介護をつらいものにしないために、大事なことだと思います。
※この記事は2024年5月14日放送「“今ここ”から新しく始めよう」を再構成したものです。
哲学者・岸見一郎さんインタビューの続きは月刊誌『ラジオ深夜便』9月号をご覧ください。4年続いた父の介護とそこでの気づき、介護をつらいものにしないために大事なことなどについて語っています。
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