どうも、朝ドラ見るるです。
今週は、名探偵ならぬ名判事トラコ(寅子)の推理とヒャンちゃんの協力で、かろうじて冤罪を出さずに済んだわけですが……いや〜危なかった! 差別意識はもちろんのこと、言葉の壁が誤審につながってしまったかもしれないなんて。本当にあってはならないことです。
それにしても、こういう具体的な事件が出てくると、気になるのが元ネタの有無ですよね。実際にこんな事件あったのかな……? それを言ったら、ついに明らかになった航一さんの過去──戦時中に所属していたという「総力戦研究所」のことも、激しく気になるよ〜!
というわけで、今回お話を伺ったのは、NHK解説委員の清永聡さん! 戦中から戦後にかけての司法の歴史が専門で、ドラマにも「取材担当」として制作に関わっている清永さんに、疑問をバンバンぶつけちゃいました。
それじゃ今週もお待ちかね、行ってみましょう! 教えて、清永さん〜!
スマートボール場火災事件は実際に起きていた
見るる あの……いきなり本筋から外れたことを言いますが、そもそも「スマートボール」が何のことか、ギリギリZ世代の見るるにはピンと来ませんでした。そういうゲームがあったってことですね。
清永さん スマートボールは昭和初期に流行したものです。ちょっと前は、縁日や温泉街などでも見られたんですけどね。「スマートボール場」は、今のパチンコ店やゲームセンターをイメージしていただくと近いかもしれません。
見るる なるほど〜。それで、この放火事件、実際にあったことなんですか?
清永さん スマートボール場を経営していた朝鮮人男性が放火の罪に問われたものの、無罪となったという裁判は、実際にありました。これは、昭和33年に長野地裁飯田支部で判決が出た裁判です。『判例タイムズ』という専門誌に掲載されています(82号)。
この記録を参考にしながら、ドラマのオリジナル部分を数多く加えて作られました。倉田卓次さん(1922~2011)という裁判官が審理に参加していて、その著書『続・裁判官の書斎』(1990年/勁草書房)の中でも「思い出の事件」として紹介されています。
ちなみに、この倉田さん、昭和26年、寅子のモデルである三淵嘉子さんと東京地裁の同じ部で勤務していたことがあります。つまり、三淵さんの同僚でもあったんです。
見るる ということは、三淵さんと近しい人が担当された裁判がモデルになっているんですね!
清永さん ええ。また、倉田さんは、博覧強記と幅広い交友、文筆家としても知られた戦後“教養派”の裁判官の1人です。実は、生前の倉田さんに直接お話を聞いたことがあります。弁護士会館地下のレストランで一緒に昼食を食べながら、戦中戦後の司法官について取材させていただきました。当時すでに80歳を超えていましたが、その記憶力に驚いたことを今も覚えています。
見るる なんと、そうだったんですね! 実際の事件でも、ドラマに出てきたような証拠の手紙の誤訳があったんですか?
清永さん 裁判でハングルの手紙の翻訳をめぐって信憑性が争われたのは事実です。しかし、寅子が翻訳の間違いに気づくというくだりは、ドラマのオリジナルですね。そもそも裁判官は、検察官と弁護士が持ってきた証拠をもとに判決を決めるのが仕事です。名探偵のように、裁判官が独自に捜査を行うというのは、やってはいけないことなんです。
見るる うーむ。トラコ、ファインプレー! って思ったけど、あくまで、ドラマの中のフィクションなんですね。
清永さん とはいえ、裁判実務考証の荒井史男先生(元名古屋高裁長官)にも相談し、どういう流れだったら可能性として許容範囲なのか、細かく検討はしているんです。誤訳の可能性を知ったあと、寅子が弁護人の杉田兄弟を呼んで「大変異例ではありますが、弁護人と検察双方に意見を求めます」と言っていましたよね。
それ以上の詳しい説明はなく、ドラマ上は出てきませんでしたが、まったく同じ時間帯に、新潟地裁の本庁でも航一が担当検察官を呼んで、同じように意見を求めているという設定なのです。寅子たち裁判官は直接「ここが誤訳です」とは言えない。だから、双方平等に「翻訳の正確性についてどうお考えですか?」と回りくどい言い方をして意見を求めているわけです。
普通の弁護士ならば、そこで「あ、翻訳がおかしいのだな!」とピンときて調査に走るでしょう。ただ、杉田兄弟はふだん無罪を争うような刑事事件を担当する機会があまりないですから、最初ポカンとしているわけです。だから寅子は心の中では「気づけよ!」と思っていたわけです。きっと。
見るる 確かに、あのシーンのトラコ、めちゃくちゃ目で訴えかけてました。そういうことだったんですね(笑)。
清永さん さらに、これを主導・差配したのは陪席判事の寅子ではなく、部総括判事の航一 ──つまり裁判長ということになります。合議事件なのであくまで裁判長の指揮ということですね。
このように短いシーンでも、何度も修正を重ねているんですよ。荒井先生にも何度も問い合わせ、脚本の完成までとても時間がかかって……。ただ、演出チームの皆さんもこちらの苦労を知っていたため、演技でも細かく配慮してくれていることがうかがえました。
「ストーリーの面白さ」と「史実」さらには「司法手続き」を両立させ、ドラマで調和させていくのはスタッフの総力によるものだ、ということを実感したシーンでもあります。私もとても勉強になりました。
航一を苦しめた重い過去……「総力戦研究所」って、いったい何?
見るる もうひとつ、お聞きしたいのは航一さんが告白した「ソウリョクセンケンキュウジョ」についてです。えーっと、これは実際にあった組織なんですか? 見るる、恥ずかしながら初めて名前を聞いたんですけども……。
清永さん ええ、「総力戦研究所」は実在しました。太平洋戦争に備えて、陸海軍や各省庁から優秀な若手を集めたとされる内閣総理大臣直轄の調査研究機関、そして教育訓練組織です。「総力戦」に関するさまざまな研究が行われていたほか、ドラマでも言っていた机上演習──戦争に関する “シミュレーション”などを行っていました。
そして、ドラマでは初代最高裁長官の息子である航一さんのモチーフの一人である、当時、東京地方裁判所判事だった三淵乾太郎が、第一期研究生として司法官では唯一選抜され、入所していたことも史実です。辞令や入所を伝える『法律新報』の記事も残っています。
見るる 本当にあったんですね……! 机上とはいえ、演習の結果アメリカとの長期戦は「日本敗北」と予測していた国の組織があったなんて、にわかには信じがたい話です。でも、見るるだけじゃなく、トラコや杉田弁護士ブラザーズも、そんな名前は聞いたことがないって顔をしてましたよね。それほど一般に知られた組織ではなかったんですか?
清永さん その通りです。総力戦研究所の存在が公に知られるようになったのは、戦後、東京裁判でのことでした。連合国側が調査を行い、どんな研究を行っていたのかという資料が提出されています。
国立公文書館には、第一回机上演習の資料などが保管されています。ただしこの記録には、個別の研究生の発言などはありませんでした。乾太郎が机上演習でどのような発言をしたのかを示す資料は見つかっていません。また、当の乾太郎自身が戦後、総力戦研究所についてどう考えていたのか。本人が回想を記録したものがないか探したり、彼を知る人たちに聞いたりしたのですが、こちらも手がかりは何もありませんでした。
記録からわかっていることは、乾太郎の机上演習での役割は、模擬内閣の「司法大臣」だったということです。ですから、具体的な軍事作戦に関わったわけではなかったと推測できます。演習の項目から考えると、占領地の統治計画、特に司法機関の整備や国内の取り締まりなどを考える役割だったのではないでしょうか。
ただ、「司法大臣」として第一回机上演習に参加したわけですから、アメリカと戦えば日本は勝ちえないという演習結果は当然知っていたはずです。乾太郎にとっても思い出したくない「負の歴史」だったのかもしれません。
見るる ドラマでの、航一さんの苦しそうな表情を、思い出してしまいます……。ちなみに、乾太郎さんって、どんな人だったんですか?
清永さん 知っている人が口を揃えるのは、美男子という感想です。「英国風紳士」と評した人もいます。年齢は嘉子さんよりも8つ上。そして、嘉子さんの長男・和田芳武さんによると、乾太郎は「穏やかでマイペースな人」だったようです。
毎日、大量の本や書類を職場から持ち帰ってきて(当時は裁判に関する資料の持ち出しが今ほど厳しくなかったため)、休日はずっと書斎で読んでいたとか。芳武さん自身も、どちらかというとマイペースな人柄だったので、波長が合ったと語っておられましたね。
見るる イケメンで読書家でマイペース……。まさに航一さん!(笑) 航一さんと優未も、うまが合っているようでしたもんね。
清永さん、今回もいろいろなこと教えてくださって、ありがとうございました!
参考文献:森松俊夫『総力戦研究所』(白帝社)、太田弘毅『総力戦研究所の設立について』(「日本歴史」355号)
次週!
第19週「悪女の賢者ぶり?」8月5日(月)〜8月10日(土)
意味:《心の悪い女が賢人のふりをして外見を装うこと》
少しずつ心の距離を縮めていくトラコと航一さん。でも、トラコの心には、やっぱり優三さんが……? うーん、そりゃあ、そうだよね。でも、どうするの……どうなるの……⁉︎ そして不穏さに拍車がかかってる森口美佐江さん。こっちも気になる! まだまだ続く新潟編の展開は⁉︎
というわけで、今週の「トラつば」復習はここまで。
来週の先生方の講義も、お楽しみに〜!!
NHK解説委員。1970年生まれ。社会部記者として司法クラブで最高裁判所などを担当。司法クラブキャップ、社会部副部長などを経て現職。著書に、『家庭裁判所物語』『三淵嘉子と家庭裁判所』(ともに日本評論社)など。「虎に翼」では取材担当として制作に参加。
※清永解説委員が出演する「みみより!解説」では、定期的に「虎に翼」にまつわる解説を放送します。番組公式サイトでも記事が読めます。
2024年7月16日放送の『みみより!解説「虎に翼」解説(5)“判事”寅子と新潟』はこちらから(NHK公式サイトに移ります)。
取材・文/朝ドラ見るる、イラスト/青井亜衣
"朝ドラ"を見るのが日課の覆面ライター、朝ドラ見る子の妹にして、ただいまライター修行中! 20代、いわゆるZ世代。若干(かなり!)オタク気質なところあり。
両親(60&70代・シニア夫婦)と姉(30代・本職ライター)と一緒に、朝ドラを見た感想を話し合うのが好き。