脳科学者のさわまことさん(65歳)は、脳の研究を40年以上続けています。まだ謎が多いと言われている脳ですが、その不思議な働きが徐々に解明されつつあります。AI(人工知能)の研究・利用が進む中、人間の脳には何ができるのか、また脳の健康を維持するにはどうしたらよいのかを伺いました。

聞き手/坂口憲一郎この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2024年8月号(7/18発売)より抜粋して紹介しています。


生きるための記憶が最優先

――最近はAIがよく話題になっていますね。将来は人間の脳を超えてしまうのではないかとも言われています。

澤田 AIの進歩には目をみはるものがあります。でも現在の技術では、人間の脳に相当するようなAIは作れません。AIは質問に対して、まるで人間のように答えることができますが、全く新しいことをゼロから作り出すのは難しいのです。

脳は神経細胞のかたまりのように考えられていますが、実はその90パーセントくらいは「グリア細胞」という、まだ機能が完全に解明されていないもので覆われています。私はそのグリア細胞の一種で“記憶を食べる”と考えられている「ミクログリア」を研究しています。現在はまだこのグリア細胞の機能を取り込むことができないため、AIは人間の脳のようにはなれないのです。

――細胞が記憶を食べるとは?

澤田 その人にとって必要がない記憶や情報を排除する、すなわち忘れさせているのです。

――人間にとって必要な記憶とは、どういうものなのでしょうか。

澤田 生物は生命の大原則に従い、自分や子孫が生き残るために情報を取捨選択します。例えば、えさをたくさん食べられた、などがいい情報になるわけです。また、ライオンに襲われる、がけから落ちそうになるなど、生命の危機に陥ったような記憶も重要です。このように、脳は生存に関わる情報を優先的に記憶にとどめるようになっている。そういう重要な情報だけが脳の中に蓄えられ、過去の経験に基づいて判断する情報の塊になるのです。

私はこれを「マインドセット」と呼んでいます。これをもとに脳がシミュレーションして、生き残るための行動をとるのです。マインドセットは過去の経験に基づいて作られるため人によって全く異なり、これが個性や人格になります。例えば以前猫に触ったときに、懐かれて楽しかった記憶を持つ人と、ひっかかれた記憶を持つ人では、その後の人生において猫を見たときの行動が違ってきますよね。これがマインドセットで、人によって過去の経験が違うから猫が好きとか嫌いとかが個性として表れるのです。

――人の名前が思い出せないとか、認知症とかはどういう原因で起こるのですか。

澤田 名前が思い出せないことと認知症は別物です。脳は必要な情報を取捨選択して記憶として残しますが、人の名前は、生き残るためにはさほど必要な情報ではありません。一方で、誰かに会ったなどのエピソードに関する情報は名前とは別の記憶として残すので、以前会った人の顔は思い出せるけど、名前が出てこないということが起こる。これは記憶の種類が違うからです。

脳は情報を蓄積するための装置ではなく、生存を維持するための装置なのです。だから肝臓や心臓などの臓器と同じように、脳が働かなくなると死んでしまう。そして現代社会では、人間はストレスがたまったりお酒を飲んだりたばこを吸ったりすると、脳の神経細胞が死ぬ確率が高くなります。細胞の寿命は120年なのに人間の平均寿命がそれより短いのは、生きている間に脳にとってよくないことがいろいろと起こっているからなんです。

※この記事は2024年4月11日放送「脳を探る」を再構成したものです。


脳科学者・澤田誠さんのお話の続きは月刊誌『ラジオ深夜便』8月号をご覧ください。脳の記憶のしくみや記憶力が低下する理由、脳の老化を防ぐためのアドバイスなどについて語っています。

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