7月9日(火)から始まったドラマ10「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(以下、「かぞかぞ」)。作家・岸田奈美さんが自身の家族について記したエッセーを元にした作品だ。

去年BSプレミアムで放送されて反響を呼んだ本作が、いよいよ地上波に登場する。主人公・岸本七実を演じた河合優実さんは、ことし1月から放送されたドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)への出演でも大きな注目を集めた。

制作統括の坂部康二チーフ・プロデューサーに、ドラマ化のいきさつやキャスティングの裏話、この作品に込めた思いなどを聞いた。

【ドラマのあらすじ】
岸本七実(河合優実)は高校生。学校では、きらきらした一軍女子たちの輪に入れずに、今日も同じ三軍同士、天ヶ瀬環(福地桃子)と授業でペアを組まされていた。
いささか自意識をこじらせながら暮らしていたある日、母のひとみ(坂井真紀)から連絡が入る。ダウン症のある弟・草太(吉田葵)が万引きをしたかもしれないというのだ。七実の、ありえないことが次々と起こるてんやわんやな日々が続いていく……。
大好きだった父・耕助(錦戸亮)の死、あまりにマイペースな祖母・芳子(美保純)との生活など、さまざまな出来事と向き合い、必死で笑い飛ばし、時々涙しながら、七実は「作家」としてブレイク……する予定?

“家族って素晴らしい!”という家族賛歌にはしたくない。

制作統括の坂部康二さんが、岸田奈美さんのエッセーを映像化したいと、ドラマの企画会議で提案したのは2020年のこと。エッセーは、文章や写真などを自由に投稿できるメディアプラットフォーム「note」に投稿されたもので、一読して「単純にめちゃくちゃ面白い!」と思ったからだという。その時は残念ながら企画が通らなかったものの、岸田家のドキュメンタリーなど、別の切り口も考えていたと坂部さんは語る。

「ちょうどコロナが広がっていた時期でもあったので、笑えて、明るくなれる話がいいなと思いました。また、この家族が本当に魅力的で、たくさんの人が楽しめる要素があるんじゃないかと感じたのですが、僕自身がこの家族について興味を持った、というのが出発点だったのかもしれません」(坂部さん)

岸田さんの弟はダウン症で、中学時代には父が突然の病で急逝。さらに高校時代に、母が大動脈解離の後遺症で下半身不随となり、車いすユーザーになった。その上、母方の祖母も認知症となってしまう。岸田さんは、そんな山あり谷ありの家族の日々を、笑い飛ばすかような軽妙な文章で綴っている。

「特にこの何年か、“家族とはこうあるべき”という価値観が、どんどん変わってきていると思うんです。ですから、ドラマも“家族って素晴らしい!”とか“障害があっても家族で乗り越えよう”といった家族讃歌にするつもりはなくて。ただ、岸田家のような家族がリアルにいるということによって、救われる人や励まされる人がきっといる、という確信めいたものはありました」

ストーリーの元になったのは、岸田さんが描いた複数のエッセー。家族について綿密につづられているものの、時系列に並んでいるわけでもなく、いわばエピソードの“点”が散らばっているようなもの。それを一つずつ丁寧につないで、エッセーに綴られていない部分については、岸田家の人々にヒアリングをするなどして、ドラマの世界観を創り上げていったという。

「自分のことを書いているエッセーなので、書きたくても書けなかったこと、あえて書かないという選択したこともあるでしょう。そのことをきちんと把握した上で、家族の輪郭をくっきりさせたいと思いました。脚本の市之瀬浩子さん、脚本・演出の大九明子さんたちといろいろな話をしましたし、岸田さんだけでなく、お母さんのひろ実さんにもお話を伺いました。また、弟の良太さんやおばあさまにもお会いしました。それで家族の全てがわかるわけではないけど、なるべくきちんと知りたいと思ったからです」

「河合優実が見つかってしまった!」

主人公の岸本七実を演じたのは、河合優実さん。坂部さんは、自身が担当したNHKのドラマ「オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ」に登場した河合さんの演技を見て、「なんだ、この人は!」と驚いたという。

「現場ではお会いできなかったんですけど、たったワンシーンのちょっとしたセリフでの出演なのに、『すごい存在感だな』と思いました。その後、松尾スズキさんの舞台『ドライブイン カリフォルニア』で河合さんのお芝居を見て、コメディーのセンスも感じました。その時の直感は正しくて、七実の多面体な部分を巧みに、というより、本当にそういう人がいるかのように演じてくださいました。
どう演じるかなど、細かい部分は監督や共演者の方々と向き合ってくださったのだと思いますが、一番初めにお会いした時に『原作者、モデルのいる話だけど、モノマネや再現映像を作りたいわけではありません。一緒にこの新しい家族と、新しい主人公を作っていきましょう』と監督とともにお伝えしました」

七実の中学時代に急逝した父・耕助を演じたのは、錦戸亮さん。もうこの世にはいないものの、家族に寄り添う“不思議な存在”として登場している。親子を演じた河合さんと錦戸さんは、後に「不適切にもほどがある!」で夫婦役として再び共演し、話題を集めた。

「河合さんの『不適切にもほどがある!』への出演は、プロデューサーの磯山晶さんが『かぞかぞ』を見て、いいと思ったから、とおっしゃっているのを何かの記事で拝見して、ありがたいことだと思いました。河合優実が見つかってしまった! などと言われたりしますが、河合さんは見つかって当然というか、それだけの力のある人。河合さんが今後ますます活躍されていくと思うと、本当にうれしかったです」

七実の弟でダウン症のある草太は、ダウン症の俳優である吉田葵さんが演じた。坂部さんは、去年末に放送されたドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」も担当しており、この作品では約20人のろう者が当事者の役を演じた。

「『デフ・ヴォイス』と同じくらいの時期に『かぞかぞ』もオーディションをしていましたが、自分が担当するドラマに当事者を起用したのは吉田葵さんが初めてでした。 それまでは、障害のある人の役があるときには、健常者の俳優に演じていただいていたのです。

当事者が演じる機会を非当事者が奪ってもいいものか、当事者だからこそ表現できるものがあるのではないか、と考えるようになりました。僕は立場上、常に撮影現場にいるわけではありません。だからこそ、現場でお会いするたびに葵くんが成長しているのを実感しましたし、障害がある人も、そうでない人も、みんなが当たり前にいられる現場はいいなと思いました」

短縮版ではなく新たな“ディレクターズカット版”

本作は、BSプレミアム放送時は1本49分だったが、ドラマ10では44分30秒バージョンとなる。

「ドラマで約5分削るとなると結構な長さなのですが、BSでご覧になった人も違和感がないと思います。BS放送時は撮影と編集が平行しており、編集時間も限られていましたが、今回のために監督が時間をかけて再編集してくれたからです。 新たな試みも加わっていたりするので、単純な“短縮版”ではなく、新たな“ディレクターズカット版”と言えるかもしれません。BSで一度見た方も、新しい発見があるはずです」

もちろん、総合テレビで初めて見る人にも、キャストやスタッフがワンチームとなって創り上げた「かぞかぞ」を楽しんでほしいという坂部さん。

「もし脚本家がオリジナルでこんな話を書いたら、『そんなこと起きるわけがない!』と突っ込まれそうなエピソードが、ほぼほぼ実話、というところが一番の魅力。いつからか、“親ガチャ”“家族ガチャ”なんて言葉が出てきました。あえて軽く言うことで救われる人がいるのも事実かもしれません。でも当たり外れって誰が決めるんだろう、と思うんです。『かぞかぞ』を笑って見ながら、家族とは何か、改めて考えるきっかけになったらうれしいですね」


ドラマ10「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(全10回)

7月9日(火)スタート
毎週火曜 総合 午後10:00~10:45ほか

原作:岸田奈美
脚本・演出:大九明子
脚本:市之瀬浩子、鈴木史子
音楽:髙野正樹
出演:河合優実、坂井真紀、吉田葵、福地桃子、奥野瑛太/林遣都、古舘寛治、山田真歩/錦戸亮、美保純ほか

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