人間として面白いから、つい悪しき心根の人に光を当ててしまうのだけれど、そろそろまっとうな志をもつ人にも触れておきたい。
では、まっとうな人物として、誰を思い浮かべるか。権力におもねることなく、その時勢に合わせて正義を尊び、筋を通すことを第一義とする。たとえ相手が帝であっても、臆せず諫言する人物。権力の横暴にも謀反に対しても、「筋が通らぬ!」「ありえん!」とちゃんと怒りを露わにする。「デキる男」と噂されたり、細かいことを言うと「お前はサネスケか」とたとえられたりする。そう、ロバート・秋山竜次が演じる藤原実資である。
放送前、実資の情報をうっすら踏まえ、誰が演じるのかと思っていたら、老若男女含めて100以上の顔をもつ(キャラになりきる)秋山。最も意表を突いたキャスティングではないか。「全方位に奇妙な親和性をもたらし、ムチムチと黒光りしている秋山がクソ真面目で几帳面な実資を⁉」と衝撃が走った。しかし、今となってはこの上なくハマっている適役としか思えない。
鼻が利く存在だが、女性には弱い一面も
実資は帝に対しても「おそれながら」と実直に物申すため、64代円融天皇(坂東巳之助)からも信頼される側近だった。帝の長く続く体調不良に疑いをもち、毒を盛られているといち早く気づいたのも実資だ。内侍所(女官の詰め所)まで検分を実施したが、女官たちからは総スカンを喰らう。
それもこれも右大臣・兼家(段田安則)の策略で、実資のご明察だったのだが、女官たちにあからさまに嫌われたことで、真相を突き止めることなく引き下がってしまう。案外女性には頭が上がらないキャラクターなのかもしれないと思わせた。
また、65代花山天皇(本郷奏多)が叔父・藤原義懐(高橋光臣)を重用し、先例のない無謀な提案(亡き女御・忯子に皇后の称号を授ける)が可決されたときも怒り心頭。自宅の庭で蹴鞠をしながら、愚痴を垂れまくる実資。
興味深いのは、その妻・桐子(中島亜梨沙)が夫に対して塩対応なところだ。花山天皇や義懐、兼家の悪口を吐き出す実資に、「クドイ。毎日毎日クドイわよ!」と夫の顔も見ないで言い放つ桐子。演じる秋山の顔のクドさもあいまって、相当しつこかったことが伝わってくる。
さらに桐子は「あなたもうそれ私に言わないで。聞き飽きたから日記に書きなさいよ!」と促す。さあ、もうおわかりですね。この妻の塩対応に影響を受けたのが、『小右記』だということが。几帳面に綴られた辛口政治批評とも言われている『小右記』が、こうやって生まれたのかもと妄想するのはとても楽しい。
ただし、実資は当初「日記には書かぬ!」と突っぱねていた。桐子に何度も促されるも、日記に残すのは「恥ずかしい」とも呟いていたのだが、桐子が若くして亡くなった後、どうやら日記に書き始めたようだ。それがわかったのは第12回。
まひろ(吉高由里子)の婿探しを始めた藤原宣孝(佐々木蔵之介)。為時(岸谷五朗)が仕事にあぶれ、にっちもさっちもいかなくなっているからだ。頭のいい男で財もある、なんなら為時よりも博識と言われる実資を推す宣孝は、直談判に向かう。折悪しくも、実資は赤痢にかかって療養中。その弱った姿を見た宣孝は「あれはダメだ、長くない」と早とちりして、前言撤回する。
一方、実資は宣孝からの文を読んで、「鼻くそのような女との縁談あり」と書き記す。そう、これが日記であり『小右記』なのだ(と思う)。亡き妻が何度も促してきたように、日記にようやく書き始めたのかと、ちょっと嬉しくなる瞬間。鼻くそ呼ばわりはいただけないが、位の違いからすれば致し方なし。
見舞いの品の中に慰みの意も込めた春画が紛れ込んでいて、実資がこっそり見るシーンもある。目を見開いて「見えておる……」と呟く実資も、絶妙なうしろめたさと真面目さが表現されていた。基本的に秋山がもっている「三の線」を、ほどよい温度で挿入してあるあたりのうまさに唸るよね。
妻との時間を大切にし、権力の栄枯盛衰を密かに綴った
さて、そんな実資だが、兼家亡き後に道隆(井浦新)が摂政となり、我が物顔で権力を振りかざす姿をじっと見守ってきた。道隆と道兼(玉置玲央)の兄弟不和を静観し、三男で大納言の道長(柄本佑)の真意を探るような場面も何度かあった。
道隆が昵懇の者だけ位を上げたことに対して、「どう思われる?」「摂政殿の身内びいきは今に始まったことではないが、これで明らかに公卿らの心は摂政殿を離れる。えらいことだ。内裏の中が乱れれば世も乱れる」と話し、「心配じゃ、心配じゃ……」と呟く。
時の権力者が間違った方向に進むとき、実資は必ず苦言を呈するのだが、それは信用のおける人間にのみ。つまり、道長は信用に値すると実資が見ていることもわかる。
実資には「精進、精進」「心配じゃ、心配じゃ」「今少しじゃ、今少しじゃ」と繰り返し呟くクセがある。これは懸念や不安を相手に効果的に伝える一方で、自分にも言い聞かせているフシがある。先を読みつつ、政をどう運営していくかを常に念頭に置いている、まっとうな人なのだ。
そして、いつの間にか若い後妻をめとっていたことも判明。第14回から登場した、そのお相手はなんと円融天皇の同母兄の娘・婉子女王(真凛)。高貴な出自が滲み出る天真爛漫さ。甘えては実資の豊満な腹をなでさすったり、つかんだりして閨へ誘う可愛らしさ。自分より身分の低かった先妻に嫉妬するえげつなさもある。
相変わらず、妻に愚痴を垂れる実資に変わりはない。たった17歳の自分の息子を飛び級で役職につけた道隆の横暴など、妻の酌で酒を飲みながらも愚痴は止まらない。婉子にも日記に書けと言われるが、既に日記の習慣が身についているようだ。
実資は今後、道長の隆盛期にも辣腕をふるうだろうし、曲がったことや間違ったことに対して忌憚なく物申し続けるだろう。裏切らないであろう、まっとうな頼もしい人材は安心して見ていられる。
その対比として、親の七光りでブイブイ言わせたものの、矮小さが引き金となって遠流の身となった伊周(三浦翔平)のどうしようもなさが際立った。ダダこねて、逃げて、出家すると嘘をつき、妹に諭され、母に泣きついて、引きはがされるという、悲しいが溜飲の下がる結末。
さあ、いよいよ道長の時代へ。道長を推し続けてきた姉で皇太后の詮子(吉田羊)の暗躍も期待できる。息子の一条天皇(塩野瑛久)を愛するあまり、偽呪詛&仮病の大芝居までうっちゃって。道長の強い味方となるか、はたまた、厄介なトラブルメーカーとなるか。羊姐さん、しれっとやらかすからな。
そうそう、道長の最愛の女である主役・まひろの人生にも動きが。父に伴って旅立った先は越前。商売の販路拡大を求めて渡来してきた宋人たちが集い、なにやら不穏な様子。運命の出会いを予感させる人物も! 八郎……じゃなくて周明(松下洸平)が投じる波紋にも大いに期待しておこう。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。