1931(昭和6)年から物語がスタートした「虎に翼」。主人公・とも(伊藤沙莉)の自宅や明律大学、カフェー「燈台」、裁判所まで、さまざまな場所が舞台となり、ロケとセットで撮影が行われました。

今週(第8週)は、戦争により寅子たちが生家を離れることに。美術チームを代表して、日髙一平さん(美術統括)、川名隆さん(デザイナー)の2人に「虎に翼」でもなじみ深いセットの数々を解説してもらいました。


キャストの芝居と衣装が際立つセットに

「全体的なことで言いますと、まず、初期のセットはトーンをぐっと抑えています。というのも、脚本がとてもテンポが良いですし、寅子役の伊藤沙莉さんも感情豊かなお芝居をされる方。ドラマとしてはそれを生かした作りになると思ったので、セットのほうは昭和初期の時代感や、戦争が迫って来る空気などを冷静に表現して、それをアシストしたいなと。

チーフ演出の梛川善郎さんが、古い日本映画のような雰囲気を映像で出したいともおっしゃっていたので、セットの色味は控えめに、しっとりと落ち着いた映像を目指しました。

実はセットの色味を控えめにしたのにはもう一つ理由があって、それは衣装との兼ね合いです。戦前は着物の柄もわりと華やかですし、猪爪家の人々は上等なものを着ています。ですから、セット自体は色を絞ることで、着物の色味などがより浮き上がってくることを狙いました」日髙さん

敢えて色彩を抑えたセットの中で、色鮮やかな衣装が映える。

「その分、戦争が始まると、寅子たちの服装も地味になり、全体的に画面が暗めになりましたが、物語の内容と連動して、いい効果になったなと。やがて戦争が終わり、また世相が変わっていくところでは、少しずつ色を戻していってもいいなと、今は思っています」日髙さん

当時を知る方に助言をもらいながら制作

「大正時代は“大正ロマン”と言いますか、和洋せっちゅう、いろんなデザインがミックスされていて、すごく素敵なんですよ。床もリノリウムなどの新しい素材を使っていたりして、『こんなに自由にやっていたんだ』と、下調べをしているだけでも楽しかったですね。

ただ、それを実際にセットに落とし込んでいく中では、やはり苦労があります。見ている方の中に、実際この時代のことを覚えている方がいらっしゃるので、「こういう解釈もありですよね」と言えないんですよ。「これは絶対にない」というのがはっきりしている。そういう意味では、大河ドラマなどの時代劇よりシビアだし、緊張感があるかもしれません(笑)。

そこで、我々も年配の方にチームに入ってもらって――さすがに戦争体験はしてないですけれども、その方に『この当時はこうだったんだよ』と教えてもらいながらやっています。大変ではありますが、苦労と同じくらい面白さも感じていますね」日髙さん

洋と和の装飾が混然一体となったカフェー「燈台」。
寅子の部屋は基本和風だが、明かりは洋風。

【猪爪家】

和風の作りの家屋の中に、洋風のリビングやサンルームが

猪爪家は、大正から昭和の初めあたりの家屋。スタイルとしては、ちょうど和洋折衷の作りになってきたころだという。

「伝統的な日本の家屋の中に、洋風の部屋があることも多いです。実は、関東大震災より前の家屋はわりと贅沢ぜいたくで、照明が凝っていたり、リビングにリッチなタイルの壁を使っていたりするんですよ。だから猪爪家も、居間や廊下は昔の作りだけど、ダイニングは洋風でだんがあったりするのは、当時の特徴を反映しています」日髙さん

「居間に飾ってある家族写真は、結婚や出産に伴って少しずつ増えていって、この家から引っ越して登戸へ移った後も、ちゃんとそういうコーナーを設けていきます。写真コーナーは大事にしていますね」川名さん

暖炉の上の写真コーナーは家族の歴史。
登戸に引っ越してからも写真コーナーは継続。

 

サンルーム

寅子の部屋は、“わいらしさ”を潜ませて

寅子は法曹を志す前から毎朝、父・直言なおこと(岡部たかし)と新聞を読むなど、社会情勢にも関心があり、勉強家。そのため、棚には人形などもあるが、本を多めに置いている。

「全体的にあまり女の子らしい部屋にはしていないのですが、テーブルかけがあったり、部屋の家具やふすまの補修に千代紙を貼ったり、そういうちょっとした“可愛らしさ”みたいなものを潜ませていますね。

千代紙のほか、ときどきお店の包装紙もあしらっています。昔の包装紙って、カラフルで可愛いんですよ。当時の柄を参考にオリジナルで作っています。また、寅子のテーマカラーは黄色なので、カーテンをはじめ随所に黄色を散りばめています。」日髙さん

「これはこぼれ話ですが、寅子と優三(仲野太賀)が結婚するけど、まだ恋愛関係になってないから、離れて布団を敷く……というシーンが第7週にあったんです。寅子の部屋をデザインした時点では、そういうシーンが出てくると思わなかったので、いざ台本が出たとき『えっ、ここで2人で寝るの!?』と焦りました(笑)。ちょっとモノを減らすなど工夫はしたんですが、それほど離せませんでしたね……」川名さん

結婚後、優三は寅子の部屋で寝ることに。

直言の部屋は“洋行帰り”を意識

直言の書斎は、じゅうたん敷きで壁も模様の入った壁紙、窓は出窓という、洋風の部屋。

「書斎兼応接間という設定です。お客さんが来たとき仕事の話もできるというのは、大正ぐらいの良いお家の特徴の一つ。直言は海外で働いていた時期もあるので、小物も舶来のものを多めに置いています」日髙さん

優三の書生部屋は寅子との関係を意識した配置

優三は玄関を入ってすぐ、階段横の元は納戸のようなスペースに畳を敷いて下宿している。

「寅子が2階の自室から降りてきたとき、階段に座ると優三さんと隣り合わせで話す、という画にしたかったので、階段脇に部屋があるという設定にしました。ここで2人が関係性を深めていったわけです。

ただ、実は書生の暮らす部屋としては、普通より広くて贅沢ぜいたくなんですよ。でも、さすがに2~3畳だと撮影が大変なので、4畳半ぐらいの広さになっています」日髙さん

「壁には真面目な優三らしく『努力』という貼り紙があって、これは装飾のスタッフが貼ってくれたものです。ただ、最終的に高等試験を諦めて優三の努力は報われないので、ちょっとかわいそうな感じになっちゃいましたね(笑)」川名さん

寅子と優三はここで交流するのが定番。
書生は電話番も兼ねていたので、優三の部屋は電話室の隣だった。

台所は“はるさんの宇宙”

猪爪家は麻布近辺にある想定。比較的早くからガスや水道が整備されていた地域なので、台所もガスが通っていて、オーブンでケーキを焼いたりできるように設計したという。

「取材で見に行ったお宅は、水場が壁際にあるパターンと、真ん中にあるパターンがあったんですが、さすがに水場が真ん中にあると大変なので、代わりに作業台を置いています。アイランドキッチンじゃないですけど、作業台を囲んでみんなで話す、みたいな画が撮れるといいなと思いました」日髙さん)。

「あと、監督から『台所は、はるさんの宇宙にしたい』という要望があったんです。だから天井を全部ガラスの天窓にして――実際にそういう素敵なお家があったのを参考にしたんですけど――家の中でいちばん明るくて光が入る場所にして、『ここははるさんが切り盛りしている家だ』ということを表現しています」川名さん

第1週では、はるが客に手作りケーキを振る舞うシーンも。
ちょっとした書き物も台所で。

【明律大学】

女子部の外観は栃木の大学の講堂でロケ、明律大学の外観はオープンセットで撮影した。教室や中庭など、大学内部はすべてスタジオのセットだ。

女子部は「光と翼」をイメージして

「ドラマだと、女子部の入学者はひと学年60人。それが3クラスに分かれているということで、約20人サイズの教室という設定で作りました。我々としては、玄関と中庭に力を入れています。

玄関は、寅子たちがこれから法律の世界に入る最初のシーンなので、なるべく光を多くとって、翼の生えたステンドグラスを作りました。『ここで初めて翼を得る』という演出にしたくて。

また戦後、寅子は家庭裁判所にかかわるのですが、そのスローガンが『家庭に光を、少年に愛を』というものなんです。それもあって、光と翼をテーマにした正面玄関にしました」川名さん

 

女子部は外観のみ宇都宮にある大学の講堂でロケ。内部はセットで撮影された。

 

明律大学の外観はオープンセット。
女子部から明律大学法学部に編入すると、教室もぐっと広く。

【竹もと】

「竹もとには、参考にしている実在のお店があります。監督が実際に昔からある甘味屋さんを見に行って、『ここがいい』ということになり、店主さんともお話して、店の雰囲気やちょっとした要素をかなり参考にしました。

女子部のメンバーが学校外で集まって、みんなでわちゃわちゃ話す場所として甘味屋さんを作ったのですが、学生時代が終わっても桂場さんが定期的に通うなど、戦後も竹もとは出てくる予定です」川名さん

「窓ガラスの竹をはじめ、竹のモチーフはいろんなところに入っています。竹本の包装紙も竹の柄で作っていますので、そういうところも発見して楽しんでいただけたらと思います」日髙さん

「こちらもこぼれ話ですが、明律大学のモデルである明治大学は神田のあたりにあるので、YMCAがあったり、出版社が多かったり、オープンセットで作った建物の外観には神田近辺の街の感じを取り入れています。知っている方が見ると『おっ』と思うかもしれません」川名さん

【法廷】

「第5週で直言さんの重要な裁判シーンがあって、これは前半の見せ場だと思ったので、かなり大きなセットを組みました。横浜や名古屋に昔ながらの法廷の一部が残っているのでロケも考えたのですが、結論としては実物の要素を持ってきつつ、セットを建てました。

一つ面白かったのは、当時の裁判所の多くは、床が高級感ある板張りやカーペットではなく、リノリウム*素材だったこと。現在では廊下などに使う素材なので、なぜだろうと思ったら、あのころ最先端の素材として日本に入ってきたものだったかららしいんです。

つまり、当時はいちばん格調が高かった。それを取り入れて、敢えて裁判所の床はリノリウムを採用しています。

戦後の寅子は家庭裁判所と深くかかわっていくので、扱う事件は女性や子どもに寄り添った案件が増えてきます。後半のセットとしては、大きな法廷よりも、家庭裁判所の調停室など距離感の近いセットが増えていくと思います」(日髙さん

「現代は裁判官と被告は目線にそれほど差がないのですが、当時は裁判官の権威を示す意味もあって、高低差をつけていたそうなんです。画面だとわかりにくいと思いますが、その高低差はセットでも再現しています。

もう一つ驚いたのは、この時代は検事も偉いということで、弁護士と並列ではなく、一段上、裁判官の隣に席があるんですよ。あの時代の象徴ですね」川名さん

* リノリウム…1860年代にイギリスで発明された建材。天然素材から作られており、日本でも高度経済成長期ごろまで、床材として幅広く普及していた。

直言の裁判の際、検察官(左奥)が裁判官と並びの席にいる。

【カフェー 燈台】

「竹もとと違い、特定のモデルがあるわけではないのですが、当時のカフェー文化の資料などを参考にしました。ドラマのセットはそこまで密閉空間にしていないのですが、当時は衝立でボックス席が仕切られていて、他の客から見えないようになっていたそうです。

装飾も桜が店の中に生えていたり、壁に奇抜な柄が入っていたりしたそうなので、そのあたりのイメージは参考にしつつ、店名が「燈台」ということで、海を感じさせる小物を置いています」日髙さん