「代理母出産」「生殖医療ビジネス」をテーマに描かれた、桐野夏生原作のドラマ「燕は戻ってこない」。トップバレエダンサーだった自身のDNAをどうしても残したい夫・草桶くさおけもとい(稲垣吾郎)が不妊治療をあきらめて代理母出産を希望し、息子の血を引く孫ができると喜ぶしゅうとめの千味子(黒木瞳)。

子どもを産めず、蚊帳かやの外に置かれた気持ちになる悠子はいくつかの決断に迫られる。代理母のリキ(大石理紀/石橋静河)、夫の基、友人・りりこ(中村優子)との間で「命の選択」について揺れ動き、大きな流れに巻き込まれていく草桶ゆうを演じた内田有紀さんに、作品について伺った。

【あらすじ】
派遣社員として暮らすリキ(石橋静河)は悩んでいる。職場の同僚から「卵子提供」をして金を稼ごうと誘われたのだ。生殖医療エージェント「プランテ」で面談を受けるリキ。そこで持ち掛けられたのは「卵子提供」ではなく「代理出産」だった。元バレエダンサーの草桶基(稲垣吾郎)とその妻、悠子(内田有紀)が、高額の謝礼と引き換えに2人の子を産んでくれる「代理母」を探していた――。

――今回、草桶悠子を演じるにあたり、原作の桐野夏生さんからは何かリクエストはありましたか?

スタジオにいらしたときにお話しさせていただいたのですが、「悠子を書くのが一番難しかった」とおっしゃっていました。子どもを持つために代理母を選択する悠子のキャラクターを「彼女がどんな思いで歩いていくのか全然わからなかった。すごく苦しんで、すごく悩んだ」と。

私も悠子を演じるのはすごく難しいと感じたんです。このドラマはSFでもファンタジーでもありません。現実を生きる悠子という女性を自分がどこまで伝えきれるだろう、という責任を感じました。

でも桐野さんも悩んでいたくらいなので、私も悩もう! と。桐野さんからも「悩んでください」とバトンを渡されたので、最後まで苦しみ、悩み抜きました。代理母というテーマに対してというより、ひとりの女性の生き方として、悠子と一緒に葛藤しながら歩いている、という感じです。

――監督と何か相談されたことは?

今回、演出が田中健二さんで、以前に大河ドラマ「軍師官兵衛」でご一緒した監督なんです。ご一緒するといつも安心感を与えてくださる監督で、役者が悩んだことや、「これはどうでしょう」と相談したことを具現化してくださいます。

今回も、たとえば私が現場で気持ちを爆発させると、それを余すところなく使ってくださいました。そうすると、救われた気持ちになるんですよね。相談したというよりも自由に演じさせていただいた感じです。

――石橋静河さん演じる大石理紀(リキ)と悠子は複雑な関係になります。悠子にとって、リキの行動は驚きの連続だったと思いますが、共感できるところはありますか?

リキちゃんは本当に、どこにでもいる普通の女性なんです。ただ、生きにくい社会の中で理不尽な思いをする。報われないこともある。そういうことって、実際にもありますよね。

だからリキちゃんがたくましく生きていく姿にはとても共感できました。生きるために、苦渋の選択をしなければならないときはありますから。そしてリキの行動は驚きの連続ではあるのですが、悠子はリキの理解者でもあります。

命の選択をするときに、揺れ動かない人間なんていないと思うんです。悠子も揺れ動きました。昨日は白だと思うけど、今日は黒だと思う。それはドラマ的ではなく、むしろ日常的なことではないでしょうか。私たちの毎日は、そういう「揺れ動くこと」にあふれているし、必ずしも正義だけが勝つわけでもない。

みんなが「黒だよ!」と言っても、自分の心では「白だな」と感じることもある。だから正解なんてありません。リキも悠子も整理のつかない気持ちをずっと持ちながら、結末へと向かっていくのだと思います。

――今回、稲垣吾郎さんと夫婦役です。見どころはどんなところでしょうか?

まず、稲垣さん演じる基が世界的バレエダンサーということが、物語の大事なファクターになっています。だからこそ基は自身のDNAをどうしても残したい。そういうバックグラウンドがあるので、彼の無邪気さが許されている部分があります。

視聴者のみなさんも、きっと基を憎めないし、突き抜けた考え方も理解できるのではないでしょうか。桐野夏生さんが基を、目の前にいても許せてしまうキャラクターとして描いていらっしゃるので、「なんでそんなこと言うんだろう……」と感じるセリフでも納得しています。

悠子と基のシーンは、どのシーンをみても心が通い合っていない、平行線になっているところが見どころです。夫婦の日常って、結構かみ合っていないこともあるような気がします。でもそれが家族なんじゃないかなと。そんな基と悠子の日常を垣間かいま見ていただけると思います。

――悠子の友人、春画画家のりりこもキーマンですが、悠子にとってどんな存在ですか?

女性としても人間としても、一番核心を突いてくる人ですね。悠子がふたをしていた感情や押し殺していたものを、全部りりこが開けていくというか。りりこのように生きられない悠子は我慢して、苦労をする。

りりこは誰に対しても「おかしいものはおかしい」「いいものはいい」という軸をもっていて、当たり前のことを言うんです。りりこのセリフには、みなさんもドキッとするかもしれません。

――今回のドラマは、内田さんにとってどのような作品になりましたか?

元々、ドラマも映画も家族模様を描いたような作品が好きなんです。妻や夫、子どもはそれぞれどう思っているかの心理描写が丁寧に描かれていたり、少し家族をえぐるようなストーリーだったり。

今回の作品も社会の縮図や人間の愚かさ、エゴがしっかりと描かれていて、心の奥をぐーっと引っ張られるような気持ちになるドラマです。私は視聴者としても見たいし、演者としても久しぶりにそういう作品に参加させていただいて、とても嬉しく思います。

――内田さんは元々桐野作品ファンとのことですが、原作からドラマになった印象はいかがですか?

原作はもちろんですが、台本も面白いんです。土台(原作)が高い完成度で、そこに素晴らしい脚本家とスタッフが加わって映像化しています。原作、脚本、演出のすべてが揃っている作品ですので、自信をもって「楽しんでいただけるドラマになっている」と言えます。ぜひじっくりご覧ください。

 

うちだ・ゆき 1975年生まれ、東京出身。女優として幅広く活躍。主な出演作に、ドラマ「最後から二番目の恋」シリーズ、「ドクターX~外科医・大門未知子~」シリーズなど。NHKでは「はぶらし/女ともだち」「荒神」、大河ドラマ「軍師官兵衛」「西郷どん」など。連続テレビ小説「まんぷく」には、今井家を支える三姉妹の優しい長女・咲役で出演。

 

広告代理店を経て、編集者、フリーライターに。ファッション誌、旅行誌、美容誌、書籍などを手掛ける。最近は「ソーシャルグッド」な取り組みの取材や発信に注力。お寺好きが高じ「おてライター」としてあさイチに出演したことも。取材の基本スタンスは「よりよく生きること」