防災テクノロジー最前線次世代の人工音声が呼びかける “今すぐ避難を!”の画像

変化する“避難の呼びかけ”

地震や大雨のとき、テレビのアナウンサーの呼びかけが以前とは大きく変わったことに、あなたは気づいていますか。

東日本大震災の前まで、大きな災害時にもアナウンサーは落ち着いて話すことを心がけていました。なぜかというと、パニックを起こすとかえって危険な状態になるという想定に基づいたものでした。

ただその落ち着いた口調が、「私はまだ大丈夫」という都合のいい思い込みを呼び起こすのではないか。NHKのアナウンサーたちは「今すぐ命を守る行動を!」。時には叫ぶように画面の向こうの皆さんに呼びかけるようになりました。

アナウンサーが伝える生の呼びかけと並行して、“命を守るテクノロジー”の開発が進められています。AIが話す合成音声。AIにも「感情」や「切迫感」を盛り込むことができるようになったのです。

そんな最新の防災テクノロジーが 、ことしの3月11日に宮城県気仙沼市で紹介されました。この日、「追悼と防災のつどい」が開かれた気仙沼中央公民館の特設会場「伝える技術展」には市民、自治体や国の防災関係者が多く訪れました。


人工音声、いつからテレビに登場していたの?

世界で初めての音声合成による自動実況「ロボット実況」が、ピョンチャン五輪(2018年2月開催)のNHKオンライン特設サイトやハイブリッドキャストで実現しました。

これは、試合中に起きた事象(得点など)をデータとしてコンピュータが受信し、あらかじめ用意した発話のひな型に埋めるように変換して、発話文章を生成していました。

ロボット実況の音声は、実際の実況音声の特徴をコンピュータで学習することで、スポーツ実況にふさわしい口調を作り出していました。


合成音声は成長する?

その後、NHKが開発した「ニュースのヨミ子」がニュース番組のリポーターとして画面に登場しました。きりっとした面持ちのヨミ子が読むニュースに、放送開始のころは違和感があった人も、4年が経ち、自然と耳に入ってくるようになったのでは。
実は、ヨミ子は日々成長していたのです。あなたは気づきましたか?

合成音声でニュースを読み上げる技術には、実際にアナウンサーが原稿を読んだ、数十時間分の音声をコンピュータに学習させています。いわゆるディープ・ラーニングという手法です。さまざまな文章を学習することで、新たな原稿に出会っても、どのような抑揚やテンポ、間合いで読んでいくかをAIが判断して、発話するようになるのです。これがAIによる合成音声です。
違和感のある発話には変化を加える、この4年の間にヨミ子は確実に成長していました。


AIの声に「感情」をのせる

次世代のAI合成音声はどんな可能性を持っているのか。放送用の技術を活用し、社会での実用化に向けた取り組みが始まっています。(一財)NHKエンジニアリングシステムの開発者に 、従来のAI合成音声に「感情」のせる、といういま開発中の先端技術について聞いてみました。

「従来のAI合成音声を、発話者が意図した口調で読み上げた追加音声を学習させて、微調整しています。これを私たちは『ふりかけ』と呼んでいます。およそ60時間の学習をしたAIに対して、発話者の声で感情を上乗せする『ふりかけ』は数十分間の量で効果が得られることがわかってきました。AIに『発話者の声で感情のこもった口調』を追加して学習させることで、その場面で必要な感情を乗せた発話を再現できるのです」


防災担当者も驚きの「今すぐ避難を!」

自治体における“避難の呼びかけ”も試行錯誤が続けられています。時間、季節や建物などの環境、例えば窓を閉め切った暴風雨の状態だと防災スピーカーでの呼びかけが、住民には届きづらいと長年の課題となっていました。

「伝える技術展」では「いますぐ逃げてください、もっと高いところへ」というアナウンス原稿を、通常の落ち着いた口調と、切迫感のある口調の2種類で発話するデモンストレーションを行っていました。来場した自治体の防災関係者は、切迫感あふれる合成音声に次々と驚きを口にしていました。防災無線や防災スピーカーを利用する関係者の声です。

「これだけハッキリしていると伝わるね。すぐに逃げなきゃって」
「この声の質感、これが避難を促してくれる。誰の声?」

避難の呼びかけの音声の使命は「届けること」。そして「命令調」。非日常を伝えるために、声の「高さ」や「抑揚」も重視しています。


未来の社会のために

インタビューの最後に、AI合成音声を使った未来への夢を聞きました。

「アナウンサーの特徴を生かして、子どもたちのための絵本の読み聞かせなどに活用したい。コロナ禍でさみしい思いをしている子に、優しい声で届けられたら……。具体的に『ふりかけ』をしてほしいとイメージしているアナウンサーもいますね」

ソニー創業者・井深大氏の「多くの人たちに利用されてこそ、技術である」という有名な言葉があります。未来に生きる人々のために、AI合成音声は進化し続けるのでしょう。

「今すぐ避難を!」
この声が、万が一のとき、あなたやあなたの大切な人を救う力となりますように。

インタビュー:NHKエンジニアリングシステム 人工音声技術開発者