NHK財団 では、貴重な歴史的資料や美術作品などを高精細の8K技術で撮影し、それを活用・保存する「デジタルミュージアム事業」に協力してきました。5月23日、その中で制作されたコンテンツを、GMOグローバルスタジオ(東京・用賀)に常設する約500インチの巨大LEDディスプレイで上映。専門家によるトークとともに、リアルとバーチャルを融合して紹介する特別イベントが開催されました。その様子をリポートします。(写真・文 𠮷川明子)

舞台は超巨大ディスプレー
特別イベント「ジャイアントスクリーンが誘う超没入体験!『デジタルアートで蘇る日本の記憶』」を主催したのは、NHK財団とGMOグローバルスタジオ株式会社(協力:あいおいニッセイ同和損害保険株式会社、みんなで翻刻チーム、宇都宮美術館、出光美術館、周南市美術博物館)。会場は、東急田園都市線用賀駅直結のGMOインターネットTOWER 27階にある「GMOグローバルスタジオ」だ。(「GMOグローバルスタジオ」公式サイトはこちら ※ステラnetを離れます)
「GMOグローバルスタジオ」は、26、27Fの吹き抜け空間に国内最先端・最大級のLEDディスプレイを常設した「WORLD STUDIO」をはじめとする3つのスタジオを擁している。壁から床面まで続くLEDディスプレイは約500インチ。ここにNHK財団の8K技術で撮影されたデジタルコンテンツが映し出されるとあって、会場はネットで応募した参加者らで満席。開始前から期待感が高まっていた。

イベントの進行を務めるのはNHK財団の石井かおるアナウンサーと、「インターネットミュージアム」編集長(丹青社 事業開発統括部)の古川幹夫さん。古川さんは全国のミュージアムに足を運び、多くの情報を発信している。
古川 実際のミュージアムをたくさん見ており、デジタル化されたものにも触れてきましたが、これだけ大きな画面でデジタル化されたものを見るのは私も経験がありません。

続いて、GMOグローバルスタジオ株式会社マネージャー掛田秀悟さんが、2024年3月にオープンした「GMOグローバルスタジオ」を紹介した。
掛田 本日、デジタルコンテンツをご覧いただくのは、メインスタジオの「WORLD STUDIO」です。最大の特徴はスタジオ正面、そして床に設置されている超大型LEDです。幅は約8.5メートル、壁面の高さは約6メートル、床面の奥行きは約4.8メートルで、500インチを超えるサイズがあります。
今回のように文化やアートといったコンテンツとの連携は、私たちが今後特に力を入れていきたいものの1つです。イベントを通して、テクノロジーと文化が出会うことで生まれる新たな価値をこの空間でご体感ください。
江戸の災害絵図から読み解く“防災”
続いて、ギャラリートークが始まった。1つ目は「災害の記憶 デジタルミュージアム」。東京大学地震研究所の大邑潤三さんが登壇し、8K技術で制作されたデジタルミュージアムで江戸の災害絵図を読み解いていくことに。
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社が約1400点もの災害関連史料を所蔵しており、これをNHK財団が超高精細撮影し、8K技術でデジタルミュージアム化した。大邑さんは地震学の中でも、歴史地震学といわれる分野の研究者。歴史的な史料を読み解き、未来の地震災害などに生かす研究を行っている。(※参考:
●小学校で出前授業!江戸の災害を伝える「かわら版」とハザードマップから防災・減災を学ぶ 「災害の記憶デジタルミュージアム」を活用
●最新のデジタル技術で過去の「災害記録」を見ると……国立科学博物館「災害の展示-伝え方の歴史-」に出展しました)
大邑さんは、江戸時代の災害を伝える「災害絵図」などを超巨大LEDに映し出しながら解説した。原寸が約1m×50cmの「安政二乙卯年大江戸大地震並焼場所細調記」は江戸の街の鳥瞰図で、上部には細かい字でびっしりと被災状況が記されている。大きく拡大しても画像が粗くなることはなく、文字が鮮明に読み取れる。ほかにも地震鯰に筆を振わせて、書を書かせている様子を描いた「鯰筆を震」など、貴重な史料を巨大スクリーンに映し出しながら解説を行った。

大邑 史料の細かい字を読んで、そこから被害の情報を導き出すのですが、このような大画面で見ることによって、小さい字もクリアに見ることができます。そのおかげで、当時の人が書き残そうとした被害の状況を読み解けるようになります。そして、「この場所で被害が大きかったのはなぜだろう」というように、現在の防災につながるような知見が得られるのです。
まど・みちおの繊細な筆致に迫る
続いて、宇都宮美術館学芸員の石川潤さんによる「まど・みちおのうちゅう展 デジタルミュージアム」。同美術館で6月29日まで開催中の企画展では、「ぞうさん」などの童謡の作詞者として知られた詩人まど・みちおが50代前半の一時期に人知れず没頭して描いた絵画作品も展示されている。NHK財団は、これらの貴重な作品を超高精細撮影した。ここでは数点の抽象画を巨大スクリーンに映し出し、石川さんが解説を行った。

石川 まど・みちおさんは、小さなサイズの紙に非常に細かく描き込んでいくタイプの絵を描いていました。この高精細の大画面で見ると、「こんなに描いてるんだ」ということが非常によくわかります。例えば、黒い部分でも、単純に塗りつぶしているのではなく、細かい点をたくさん打っていることがわかります。
大画面の高精細で気付いたことを踏まえた上で、もう一度また実物を見ていただく、というような往復の運動が起こるとすごくいいな、と思いまして、今回、8K映像の撮影を依頼しました。
鑑賞だけでなく、修復の際も非常に強力なツールになると思います。絵の具の層と層がどう重なってるかなど、ルーペなどで調べるわけですが、ぐっと拡大すると見えてくるので非常に有効で、期待できます。
長期休館中の美術館にもデジタルで“入れます”
3つ目は、「出光美術館 デジタルミュージアム」。同館学芸員の田中伝さんがビデオ出演し、解説した。
出光美術館は、帝劇ビルの建て替えに伴って昨年12月に長期休館に入ったが、今年4月にデジタルミュージアムがWeb上に誕生。展示室のかつての様子をWebサイト上で見られる。そこには、8K技術はもちろんのこと、3DCGや音声合成による作品解説など、開発に参加したNHK財団が持つ技術が生かされている。

田中 新たな美術館は(数年後に)同じ場所でお目見えする予定です。当館をご愛顧いただいたお客様の多くは、東京の喧騒を離れてゆったりと美術鑑賞を楽しめる展示空間や、皇居外苑を見渡すロビーの落ち着いた雰囲気を気に入ってらっしゃいました。
58年の歴史を刻み、たくさんのお客様に愛された当美術館を、折に触れて思い返していただくことはできないだろうかという思いが、このバーチャルミュージアム制作に至ったきっかけです。

会場には開発に関わったNHK財団のエンジニア・妹尾宏さんが登壇。展示室を3DCG化するために詳細に寸法を測るというアナログな作業を行ったり、展示作品である屏風の写真を実際に展示されている状態に近づけるために、3Dモデリングの技術を使ったことなどを解説した。(参考:あなたのスマホが美術館の入り口に! 出光美術館のデジタルミュージアムを制作しました)
妹尾 展示室と展示作品をデジタル化すると、実際の展示会場よりも明るい状態で作品が見られたり、自由に拡大して作品を見ることができます。これは、デジタルならではの良さです。

出光美術館の「デジタルミュージアム」について、学芸員の田中さんは今後も収蔵品のデジタルデータ化を進めたいと語った。
田中 現在は使用する画像データの制約上、展示できる作品は絵画作品に限定されていますが、今後は当館のコレクションの大きな柱の1つである陶磁器など立体作品の展示も検討をしていきたいと考えています。また、実際の展示室ではできない、デジタルミュージアムだからこそ可能なイベントなどにも挑戦し、より幅広いお客様に楽しんでいただくことができればと考えています。
最後に、司会進行のNHK財団・石井かおるアナウンサー、「インターネットミュージアム」編集長(丹青社 事業開発統括部)古川幹夫さん、登壇した東京大学地震研究所・大邑潤三さん、宇都宮美術館学芸員・石川潤さんによるフリートークが行われ、デジタル技術の活用や、デジタルミュージアムの可能性について意見が交わされた。

イベント終了後、一般参加者たちも巨大ディスプレイの前に立って没入感を体験。8K技術による高精細映像の細密性の高さを実感していた。
NHK財団では、公共メディアNHKの中で培われた8K映像の撮影や、3DCG化、音声合成などといった技術を活かして社会貢献に繋げていきます。