東京上野の国立科学博物館で開催された企画展「震災からのあゆみ―未来へつなげる科学技術―」。NHK財団では10月11日~11月26日「災害の記憶デジタルミュージアム」を出展、バーチャル空間で昔の災害資料などを見ていただきました。

江戸時代に描かれた災害の錦絵を8K高画質デジタル技術で撮影し、それを「バーチャル展示会場」に展示したものです。バーチャル空間では展覧会と同じように見たい絵の正面に立つことができます。さらにもっとよく見たいときは部分を拡大することもできます。細部まで描き込まれた絵からは、当時の人々が感じた恐怖や苦難、それを後世に残したいと必死に描き込んでいる、絵師の息遣いまで伝わってくるようです。

バーチャルミュージアムの入り口。コントローラーを使って、壁にかかる展示の前に移動できる


関東大震災から今年で100年です。この間も災害は繰り返されてきました。1995年の阪神淡路大震災、2007年の新潟県中越沖地震、2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震などは記憶に新しいところでしょうか。時間とともに災害に対する意識や記憶はどうしても薄れていきます。しかし、命を守るためには、過去の災害から学ぶほかありません。

8Kで観よう!!「災害の記憶デジタルミュージアム」※1では、過去の災害を記録した錦絵などの歴史資料※2を元に、当時の人々がどのように災害と向き合ってきたのか、わかる展示です。
※1https://steranet.jp/articles/-/2427
※2あいおいニッセイ同和損害保険株式会社所蔵

特設会場の様子

開催期間の41日間、会場は大盛況でした。
被災経験や災害の記憶が少ないと思われる若い世代の方々にも、大勢お越しいただきました。コントローラーを操作しながらデジタルミュージアム内を縦横無尽に移動し、災害資料を熱心に見ている様子が印象的でした。

コントローラを操作してバーチャル空間を“歩きながら”鑑賞

また、デジタル機器を触るのは苦手、という方のために、自動鑑賞機能もついています。これは、自動モードでおすすめの画像が展示されるもので、まるで美術館を訪れる番組を見ているように、操作しなくても次々に流れていく画像を楽しめます。

自動再生に見入る来場者

8Kデジタルミュージアムの特徴は、絵図だけではありません。そこに書かれた文字も、活字に起こされてAI音声で聞けるようになっています。昔の人の書いた文字は、達筆すぎて、現代人にはちょっと読みにくいですよね。そこを代わりに読んでくれる機能です。この音声は、NHK財団に所属する元NHKアナウンサーの「発話はつわ」をAIに学習させて、自然で聴き取りやすい合成音声にしています。
(こちらの記事ではAIによる音声が聞けます「AIが語りかける!?防災への思い」

訪れていた中学生は「拡大して、ここまで見えると、全部の史料を詳しく見たくなります」。また60代の男性は「音声で説明を聞けるのはわかりやすいですね」などと話していました。

江戸時代に描かれた絵図が最新のテクノロジーでよみがえり、人を引き付ける……災害や防災について「過去から学ぶ」動機づけになっていたら、うれしいです。


大盛況!錦絵の「よみとき講座」

会期中の11月12日には「江戸の災害錦絵 よみとき講座」を開催しました。
講師に東京大学 地震研究所 大邑おおむらじゅんぞう先生をお招きし、NHK財団 柴田祐規子アナウンサーが聞き手になって災害錦絵にまつわる興味深いエピソードをご紹介いただきました。

解説する大邑先生(右)と、聞き手の柴田アナ
立ち見も出るほどの大盛況でした

168年前の旧暦10月2日夜に起きた安政の地震は、マグニチュードで言うと7クラスだったと言われています。その被害の模様を描いた地図です。

安政二卯年十月二日夜地震大花場所一覧図

大邑先生は、絵に示された「凡例」から、赤で塗られているのは火災で焼けてしまった家、グレーで塗られているのは倒壊してしまった家だと説明しました。絵図の下の方、青いライン上をググっと拡大すると橋の名前が見えてきます。「永代橋」……今でも墨田川にかかる橋の名前です。拡大が自由自在にできるのが、このデジタル錦絵の特徴です。川の東側(絵図の下方)に倒壊した家が多いことがわかります。

「このように詳細な絵図は、地震の発生からしばらく経ってから作られました。当時は地震の記念品になったり、また江戸に来た人が国元くにもとに送る便りの中に買って入れて、被害の様子を伝えたり、などの需要があったと考えられます」と説明しました。

鯰筆を震

この錦絵では、右手になまず(!)が着物を着て座り、何かを書いています。「徳をもってたえ忍べば、よい世の中がやってくる」という意味のようです。その鯰を囲むように、おしゃべりしている人たちは……?

大邑先生が解説します。
「着ているものや持ち物を見れば、周りにいるのがどんな人かわかります。まず、向こう側にいる人、拡大してみると……法被はっぴに「」という字がありますね。左がつく職業、そう左官屋さんですね。その隣、腕組みする人の傍らには「材木店」と書いてある……」
鯰の周りを囲んでいるのは建築関係者でした。
そして後ろの障子には、なんだか恐ろしげなシルエットが……。

「鯰の周りにいるのは、お金の回りがよくなって、得をした人たち。障子の向こう側には地震で大変な思いをしている人たちが恨めしそうにしている、そういう社会風刺が効いた鯰絵なまずえです」
なるほど~。こうして解説していただくと、一枚の絵から江戸時代の人たちの感情までも伝わってきます。

参加したみなさんは、子どもから年配の方まで年齢層も広く、大邑先生の解説に熱心に耳を傾け、時にうなずきながら聞いてくださっていました。


なんと!“なまず”が水槽に!

ところで、今の絵図に出てきた“なまず”……(ご存じの方も多いと思いますが、昔は鯰や龍が地震を起こしていると考えられていました)どんな生き物か、見たことありますか? 

この「デジタルミュージアム」には「なまずが泳ぐ水槽」も展示されています! 3次元CGで制作しました。ゆらゆらと泳ぐなまずの水槽は、小さな子どもたちを中心に大好評で、グループで来場された人たちの会話のきっかけにもなっていました。

いつ起こるかわからない災害。だからこそ「大切なのは日ごろからの備え」とよく言われます。過去の災害の様子、そして当時の人々がどう立ち向かったのかを知って、家族や知人と災害について話し合っておくことも「日ごろの備え」の一つです。今回の展示イベントがその一助となることを願っています。

NHK財団では、これからも、皆様に興味・関心を持っていただけるような形で、過去の災害にまつわる情報を伝えていけるよう、提示方法やイベントの工夫、先端技術の活用、外部との連携などを進めていきます。

(NHK財団 技術事業本部 三ツ峰秀樹)

今回ご紹介したデジタルミュージアム、AI音声合成技術などのお問い合わせ先↓
https://www.nhk-fdn.or.jp/es/contact/index.html