私たちは、いつ・どんな情報で「避難」を決断すればいいのか? 「まだ大丈夫……」その過信が命取りになるかもしれない。しかし、実際に行動を起こすのはなかなか簡単ではない……。
そんな避難の判断を考える防災イベントが、ことし3月11日、気仙沼市の「追悼と防災のつどい」の催しの一つとして開かれました。集まったのは、年齢・家族構成・居住地など条件の異なる3世帯の代表、そして観覧に訪れた人たちも一緒に考えました。コーディネート・進行は星野豊アナウンサー。NHKニュース「おはよう日本」など、報道の現場で活躍してきたアナウンサーです。
津波を想定したシミュレーション。東日本大震災で大きな被害を受けた気仙沼の人たちはどんな判断をするのでしょうか? あなたも一緒に考えてみませんか。
●「真夜中の津波警報 あなたの選択」
ことし1月15日、南太平洋のトンガで起きた火山噴火をベースにしたシミュレーション。時々刻々と情報が届くという設定です。
もしあなたが、津波注意報や津波警報の対象地域に住んでいるとしたら、以下のどの段階で避難しますか? あるいはしませんか?
さあ、想定シミュレーションの始まりです。
噴火の発生時刻は、日本時間の午後1時ごろ。はるか8000キロ離れた地球の裏側。夜7時の気象庁の発表では、「多少の潮位の変化はあるものの、津波による被害の心配はない」という見通しでした。しかし、予想を超えた津波が日本に到達します。およそ11時間後の午後11時55分、鹿児島県の奄美で1メートル20センチの津波が観測されました。
午前0時15分、気象庁が奄美群島とトカラ列島に津波警報を発表しました。予想の高さは3メートル。さらに、北海道の太平洋沿岸から沖縄県にかけて津波注意報が発表されました。予想の高さは1メートルです。噴火から11時間余り。日付が変わった深夜になって津波注意報です。この段階で、あなたは避難を決断しますか?
午前2時になると気象庁が会見を開きます。想定より早く潮位の変化を観測していることに加え、地震に伴って発生する通常の津波とは異なる現象が起きている、とも伝えました。「なにが起きているかはわからないが 潮位はあがっている」この情報を聞いてどう判断しますか?
午前2時11分、宮城県石巻市鮎川に津波70センチ。午前2時26分、岩手県久慈港で1メートル10センチの津波が観測されました。1月の凍えるような寒さ、気仙沼の屋外はマイナス1度以下。
近隣の観測点では津波が観測され始めています。この段階で、あなたはどう判断しますか?
午前2時54分、気象庁が岩手県と宮城県に津波警報を発表しました。予想の高さは3メートル。気仙沼市は災害危険区域を含む沿岸部およそ9700世帯、およそ2万3000人に避難指示を出します。
「宮城県沿岸に津波警報が発表されました。災害危険区域にいる人は、大至急、高台へ避難すること。海岸には近づかないこと」。防災行政無線やSNSを通じて伝えられる避難の呼びかけ。気仙沼市内には17カ所に避難所が設けられました。あなたは避難しますか? それとも……。
午前7時30分、気象庁は奄美群島、トカラ列島に出していた津波警報を、注意報に引き下げます。
午前11時20分、岩手県と宮城県への津波警報を、注意報に引き下げました。
そして、午後2時。全ての注意報が解除とされました。
以上が、南太平洋のトンガ海底火山噴火発生から25時間、鹿児島県・奄美で1メートル20センチの津波が観測されてから14時間の流れと状況の変化です。
あなたはどの段階で「避難」を決断しましたか?
「避難しない……という選択:気仙沼市民の決断とは」
参加した気仙沼の人たちの判断はどうだったでしょうか?
①午前0時15分の津波注意報
この段階で、「避難」を判断した人がいました。観覧にきた人のひとり、海から50メートルの沿岸部に住む男性でした。ほかの参加者は、この段階で「避難しない」を選びました。震災後、高台に居住する人が増えていることも、その背景にあるようです。次にアクションが起きたのは、
②午前2時11分 近隣の石巻で津波を観測
「避難中の低体温症が心配です。周囲が暗がりで視界が悪いので、明け方までは2階での在宅避難としました」。南気仙沼に暮らす50代の男性は、妻、妹、子ども一人、母との同居。この段階では自宅の2階への垂直避難を選びました。
③午前2時54分 津波警報と避難指示
この時点で従業員の出勤を止める判断をした男性がいました。浸水域にある大型店舗の店長を務める男性です。「避難すべき人は避難して、出勤中に波が来る危険性を考え『出勤はしなくていい』と従業員に指示を出します」
海との距離、高台かどうか、さらに屋外の気温……さまざまな状況判断のなかで、垂直避難や従業員への連絡など、それぞれが行動を起こしていきます。それぞれの置かれた状況によって、判断は異なっていますが、意外にも避難しなかった人が多数いました。
「注意報での避難を……」
今回のワークショップを監修した東北大学 佐藤翔輔さん(災害科学国際研究所 准教授)は講評で、避難は状況に応じて個々が判断することであり、一概にどれが『正解』ということはない、としたうえで、「できれば津波注意報以上で避難」と呼びかけました。
つまり、シミュレーションの①の段階で避難をしてみてほしい。いわば、避難の練習だと考えて、避難の準備や行動を身につけていくことが重要だと指摘しました。
いかがでしたか? 「津波注意報」で避難しようと決断できましたか?
集中豪雨や台風、土砂崩れなど、毎年さまざまな自然災害が日本を襲っています。「想定を超える」と言われる事態が増える中、「注意報」で避難の練習をしてみる……そんな体験があなたの家族の命を救うかもしれません。
真夜中の津波警報、あなたの選択は。
コーディネート・進行:星野豊 NHK放送研修センター エグゼクティブ・アナウンサー