放送開始と同時に歴史をスタートし、技術を培ってきたアナウンサー。まもなく100年を迎えるその技術を、NHK財団では研修を通して社会に還元しています。先日、スポーツ分野の解説者のための養成講座が開かれました。

みなさんがよく見る(または聴いている)スポーツ中継は、ほとんど、スポーツアナウンサーと解説者のペアで行っています。解説を担当するのは、多くは、かつてのトッププレイヤーや監督を務めた方々。彼らの卓越した「競技を見る目」を、解説に反映させるためにはどうしたらいいのか。役立つアナウンス技術を伝える研修です。この日は「日本ホッケー協会」の要望にお応えして、「ホッケー解説養成講座」が行われました。


オーダーメイドの研修

日本ホッケー協会は、設立100周年を機に、ホッケーファンをさらに増やそうと、ネットでの配信などで試合を観てもらおうとしています。パソコンやスマートフォンでどこでも試合が見られるようにしたいのです。
受講者は二人。藤尾香織さんと藤本一平さん。ともに日本代表でプレーした経験を活かし、指導者として活躍しています。

講師はNHK財団の栗田晴行アナウンサー。スポーツ実況を30年以上担当しています。サッカーワールドカップでは4大会で実況を担当。中でも、2002年6月4日、アジアで初の開催となる日韓大会の初戦、日本対ベルギーの放送席に座りました。満員の埼玉スタジアムの熱気、日本中でテレビを見ている人の気持ちを伝えた、試合開始前の実況を聞けば、あの日を思い出す人もいらっしゃるのではないでしょうか?

「早くその時が訪れてほしいような、もう少し、今この待つ楽しみを味わっていたいような、複雑な思いが駆け巡ります」

この試合を含め、視聴率50%を超える放送を4回担当しています。


話し方のクセを知る

まず1分間の自己紹介。学生や社会人なら誰でも経験したことがありますよね? 「ホッケーについてこの頃思うこと」をテーマに話してもらいました。研修では自己紹介を録音して話し方のチェックをするのです。必ず「え~」と話し出す、とか、緊張すると身振りが大きくなる、などまさに「なくて七癖」。ふだん気付くことのない自分のクセをあぶりだします。この作業をすると、解説をしているときのクセにも自分で気づけるようになるのです。

オリンピック3回出場の藤尾香織さん
気付かなかったクセを指摘される藤本一平さん

過去の放送を視聴検討~よりホッケーを理解し、楽しんでもらうために~ 

アナウンサーがプレーの実況をして放送の大枠をつくる、そこに解説者は自分の色を付けていく、と放送での役割を確認したうえで、昨年、二人が解説した放送のVTRを視聴します。

「選手の名前の前に背番号を言う!」「ここ、ではなく、左サイド、など具体的に!」「プレーが速いので、1文は短く」など、栗田アナウンサーから細かなチェックポイントの指摘を受け、受講生の表情に真剣さが増します。

「試合前に“この選手に注目しましょう”と放送を始めたのなら、たとえその選手が試合で活躍しなかったとしても、“なぜ活躍できないのか”、その理由を指摘して解説者として責任を持つべき、ということに気付きました」と、藤本さんは納得した表情で話していました。「その選手の調子が悪かったのか、相手のディフェンスが良かったのか、試合の中での発見をしゃべった方がいいのか…」と次の放送の解説を良くすることに向けて気持ちを切り替えていました。


放送での気づき

研修の二日後、ネット配信に備え、大井ホッケー場の放送席に二人は解説者として座っていました。
男子日本代表はカナダの代表と、女子日本代表はフランスの代表と、国際強化マッチを戦います。

東京五輪でもホッケー会場となった、大井ホッケー競技場
日の丸とフランス、カナダの国旗が大井ホッケー競技場に。

この日の解説は競技場にいる観客にも聞こえるよう、場内に流されています。背番号や選手の名前を言う回数が以前よりも増え、好プレーにはすぐに反応。この日の解説に、研修をNHK財団に依頼した日本ホッケー協会の桜木由美子理事、坂本幼樹事務局長とも、「二人の解説が格段にレベルアップしたことがはっきりわかった」と手ごたえを感じているようでした。

経験を積めば積むほど上手くなり、次の課題が分かるようになる。
試合後、インタビューの内容について指導。

放送の内容を聞いて、さらなるブラッシュアップも行いました。栗田アナウンサーが、試合と試合の間に藤尾さんを見つけて声を掛けました。

「“格下”ということばを使うと、視聴者に『弱い相手』という先入観を植え付けてしまう。初めて代表入りした若い人に経験を積ませようとしている、という指導者の視点や、経験の少ない相手の後手に回ると調子に乗せてしまう、という選手の視点が落ちてしまって、“相手を見下している”ことしか伝わらない危険性が高い。
“○○は、世界ランキングは日本より低いが、オリンピックに向けて若手中心に強化を進めている”とか、“この選手は初めて代表に選ばれました”、“ベテランの選手との連携がよくない”等、試合のなかで気付いたことを具体的に言う方が、視聴者に正しい情報、見方が伝わりますよ」

「しゃべった直後にアドバイスをもらって、効きました」と神妙な表情の藤尾さん。
「色々しゃべろうとして、文がどんどん長くなってしまうんですよね」とまだまだ自分の解説に納得していない表情でした。

藤尾香織さんは国内ホッケーチーム、東京ヴェルディ・女子ホッケーチームのゼネラルマネージャー。今回の研修の経験をどう活かしたいかを聞くと、「短いことばで直すべき点を指摘し、的確なコメントでアドバイスを送れるようになりたい。あ、解説と一緒ですね」と笑顔になりました。

藤本さんは、この放送の3日後に、コーチとしての経験を積むためイギリスに旅立ちました。あわただしい中で「経験者ならではの予測をもっと出来るようになりたい」と真剣な表情でした。ホッケー界最新の知見を身に付けた後、将来は日本に戻ってくる予定。「その時も今回の研修で身に付けたことを活かしたい」と最後はニッコリ。

二人とも「ホッケー関係者の間では当たり前のことを、ホッケーを知らない人に分かってもらうためにどう話せばいいか」という視点の大切さに気付いていました。今回のように、研修が終わった後、受講者が笑顔で雄弁というのは講師にとって大変励みになります。

「こんな研修を受けてみたい」とか「このような研修ができないか?」と興味を持った方は、NHK財団までお問い合わせください。

NHK財団放送研修センター / 話し方を学ぶ 企業・自治体 研修 教育現場を応援 (nhk-cti.jp)