「ヤングケアラー」――本来、大人が担うべき家事や家族の世話を行う子どもたちのこと。病気や障害のある家族の介護などで忙しく、充分な教育を受けられない、同世代との人間関係を築くことができない、といった事例が相次ぎ、社会問題となっている。
2018年に発表され、「日本児童文学者協会賞」「貧困ジャーナリズム大賞特別賞」を受賞した安田夏菜の小説『むこう岸』は、生活保護を受けながら母と妹の3人で暮らし、ヤングケアラーでもある少女が、有名私立中学についていけずにドロップアウトした少年と出会い、ともに自らの状況を打開しようとする姿を描いた作品。今回、実写ドラマ化されるにあたって、制作統括や、若き出演者たちに話を聞いた。
とある中学校に転校してきた山之内和真は、「有名私立中学で落ちこぼれた」という秘密を、クラスメイトの佐野樹希に知られてしまう。「取引しない?」と樹希に命じられたのは、彼女を慕う口のきけない少年・アベルに勉強を教えることだった。エリート主義の父親からのプレッシャーに悩んでいた和真は、近所のカフェのマスターが子どもたちに開放している小さな部屋で、アベルや樹希と過ごすうち、自分の居場所を見つけてゆく。
だが、病気の母と幼い妹を抱え、生活保護を受けて暮らす樹希は、将来に希望が持てず、なりたかった看護師の夢もあきらめていた。そんな樹希を見かねて、「理不尽だよ」と和真が手にしたのは『生活保護手帳』。大人でも難解な内容を読み解き、なんとか解決策を見つけようと奮闘する。そして、ケースワーカーや塾講師など周囲の大人たちを巻き込みながら、ついに起死回生の一手を見つけ出す。だが、その矢先、事件は起きた! はたして和真の未来は? 樹希は夢を取り戻せるのか?
原作小説『むこう岸』が2018年に発表された当時、まだヤングケアラーという言葉は一般的ではなかった。小説では樹希という中学3年生の少女が、病気の母と幼い妹の世話をしているが、ヤングケアラーという単語は出てきていない。本作の制作統括・西村崇さんは、原作を読んだ時、目からウロコだったと振り返る。
「物語の中で、生活保護を受けている樹希に対して、ある人が『君は施しを受けているわけではない。社会から投資されているんだ』と言うのですが、その一言が刺さりました。
自分も無意識のうちに生活保護が施しであるという気持ちがあったということに気づいたからです。もしかしたら自分だけでなく、そう思っている人は他にもいるかもしれない。だから、映像にして多くの人に観てもらう価値があると感じました。
NHKでも『君の声が聴きたい』というヤングケアラーのキャンペーンを行うようになりましたが、ヤングケアラーという声をよく耳にするようになった今だからこそ、この作品の映像化の意味があると思っています」(西村さん)
同じく制作統括の石井智久さんも、原作を読んで、生活保護やヤングケアラーを取り巻く環境について、広く伝えるべきだと感じたという。
「原作を読んだ時、これからの未来ある子どもたちが、のみこめない想いを抱えながら生きている姿に心を揺さぶられ、一人でも多くの人にこの現状を伝えること、また、周囲から手を差し伸べることの必要性や、制度を理解し、広めることの重要性を感じました。
和真や樹希といった登場人物を通して、自らの力や大人たちの協力を得ながら現状を打破する姿や、未来への希望、人の感情を丁寧に描きたいと思ったんです」(石井さん)
物語の中心になるのは、3人の子どもたち。一人は有名私立中学に合格を果たしたものの、ついていけなくなって公立中学に転校することになった和真。学校でそのことを知られたくないと思っていたが、あるきっかけで同じクラスの少女・樹希に知られてしまう。
彼女は病気の母と幼い妹の世話に追われ、生活保護を受けて暮らしていることから、将来に希望を持てずにいる。もう一人は、アベルという、ナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれた少年。父の暴力のせいで口がきけず、勉強もできずにいた。そんな3人を、ほぼ同世代の俳優たちが熱演している。
和真を演じたのは、西山蓮都さん。自分とは正反対の性格で苦戦する場面もあったという。
「和真という役は、感情をあまり表に出さないので、表情や目線を意識しました。また、もし自分が和真だったらどんな感情になるのかを深く考えながら演じました。和真を演じていて、僕自身も何かをあきらめてしまうことがありますが、あきらめずに進めば想像していたものと違う道に出会ったり、和真のように変わったりできると感じました」(西山さん)
樹希を演じた石田莉子さんは、オーディションを受ける以前からこの原作を読んでいて、「かっこよくて魅力的な樹希を絶対に演じたい!」と思っていたという。
「樹希を演じていた毎日がドキドキ、ワクワクで、とにかく楽しかったです! ただ、樹希の過去を含め、すべてを背負うことは想像以上に苦しかったです。演じていて、何度も何度も胸を締め付けられるような気持ちになりました。
それでも演じれば演じるほど樹希が愛おしくなっていったので、最後のシーンの撮影が終わったあとは、もう樹希が演じられなくなることへの寂しさや悲しさが心の底から湧き出てきました」(石田さん)
アベルは心の傷を負い、言葉を発することができない難しい役どころ。アベルを演じたサニー マックレンドンさんは、普段はとてもおしゃべりで明るいだけに、大変だったそう。
「アベルの心の中にある感情を表情だけで表現するのは難しかったです。でも、演じていて、3人ともそれぞれ家庭で事情を抱えているけど、お互いに助け合うことで築いていった友情をとても大切にしているな、と感じました」(マックレンドンさん)
制作統括の西村さんは、3人が役に向き合い、演じる姿を間近に見て、彼らの成長ぶりに驚いたと話す。
「正直言うと、クランクイン前は大丈夫かな、と思っていたところもありましたが、クランクイン直後とクランクアップ時の彼らを比較したら、別人なんじゃないか? というくらいすごい成長が見られました。
大人と違って成長のスピードが早いのか、役柄の内面をくみ取って、しぐさや表情の演技がどんどんよくなっていったんです。物語で3人が未来に向かって歩き出そうとする姿と、現実の彼らが重なり、ドラマも見応えのあるものになっています」(西村さん)
樹希には看護師になりたいという夢があったが、生活保護受給世帯の子どもは、高校を卒業したら働いて収入を得なくてはならず、学費のための貯金も認められないと聞かされ、将来をあきらめていた。
しかし、それはおかしいと感じた和真が、大人が読んでも難解な「生活保護手帳」を手に取り、なんとか打開策がないかを模索し始める。
かつては生活保護世帯の子どもが進学するのは難しいとされていたが、2018年に「改正生活保護法」が成立したことにより、生活保護世帯の子どもも進学しやすくなった。原作発表時から法律が変わったこともあり、ドラマの撮影にあたっては、生活保護の監修者が関わっている。
「原作の発表から法律が改正されているため、整合性を取るために監修に入っていただいたところ、最近では自立扶助の考えが浸透し、大学や専門学校進学への支援も始まっていることを知りました。
また、ドラマでは市役所の生活保護窓口の場面もあり、そこでどういうやりとりがあるか、といったことも監修していただき、自治体も、生活保護受給者に対して、かなり寄り添った支援をするように変わってきていることを感じました」(西村さん)
原作が発表されてから5年以上が過ぎた今も多くの人に読まれているのは、生活保護やヤングケアラーという重いテーマを描きつつも、3人の少年少女の青春物語としての魅力があるからだ。
「小学生高学年以上向けに書かれた小説ですが、大人が読んでもたくさんの気づきがあります。生活保護制度への無理解や、我々が無意識に感じている偏見などに気づかされるのですが、それが声高で押し付けがましくないところが魅力だと思っています。
ドラマでも3人の若い俳優さんたちによる演技とあいまって、感動するポイントがいくつもあります。希望に向かって進んでいくので、エンタメとしても十分楽しんでいただけるはず。一人でも多くの人に見てもらいたいと思っています」(西村さん)
ドラマ「むこう岸」
5月6日(月) 総合 午後9:30〜10:43
原作:安田夏菜『むこう岸』
脚本:澤井香織
出演:西山蓮都、石田莉子、サニー マックレンドン、岡田義徳、酒井若菜、遠藤久美子、渋川清彦ほか
演出:吉川久岳
制作統括:齋藤圭介、西村崇、石井智久
「むこう岸」NHK番組公式サイトはこちら(※番組の予告編も見られます)
兵庫県生まれ。コンピューター・デザイン系出版社や編集プロダクション等を経て2008年からフリーランスのライター・編集者として活動。旅と食べることと本、雑誌、漫画が好き。ライフスタイル全般、人物インタビュー、カルチャー、トレンドなどを中心に取材、撮影、執筆。主な媒体にanan、BRUTUS、エクラ、婦人公論、週刊朝日(休刊)、アサヒカメラ(休刊、「写真好きのための法律&マナー」シリーズ)、mi-mollet、朝日新聞デジタル「好書好日」「じんぶん堂」など。