3月30日(日)夜、「NHKスペシャル 未解決事件 File.10下山事件」(総合)が放送されました。
その内容は第1部(午後7:30~8:50)がドラマ、第2部(午後10:00~10:55)がドキュメンタリーの2部構成。

「1つの重大事件を2つの形で徹底追求する」という「NHKスペシャル」らしい社会派コンテンツであり、2011年の「File.1 グリコ・森永事件」から14年にわたって続く大型シリーズです。

今回の放送で特に素晴らしかったのが、先陣を切ってゴールデンタイムで放送された第1部のドラマ。「戦後史最大の謎」と言われる下山事件を真っ向から扱い、80分とコンパクトにまとめながらも、感情を揺さぶられる人間ドラマに仕上がっていました。


歴史ドキュメントよりエンタメ優先

物語は1949年7月、国鉄職員10万人の解雇に関して労組と交渉中、こつぜんと姿を消した下山定則総裁がれきしたところからスタート。

過激な共産主義者による他殺か。それとも、精神的に追い詰められたことによる自殺か。検死解剖で死体から血が抜き取られていたことが発覚する一方、現場付近の目撃情報も多かったことで世間を巻き込む大論争になるが、主任検事・布施健(森山未來)は他殺の線で捜査を進めていく……。

冒頭のわずか5分間で下山事件の全貌をテンポよく説明した脚本・演出は見事。序盤でモタつくと“歴史ドキュメント”という要素が濃くなり過ぎて、視聴者を引きつけるエンターテインメントとしての興味が失われかねないだけに、脚本・安達奈緒子さん、演出・梶原登城さんへの信頼感が一気に高まりました。

ここから事件を追う朝日新聞記者・矢田喜美雄(佐藤隆太)が登場して布施と相棒のような関係性を構築していく“バディもの”のだいもプラス。「ソ連のスパイ」を名乗る謎の男・ちゅうかん(玉置玲央)の供述で事件は国家レベルに跳ね上がり、小倉刑務所を訪れて取った調書が何者かに盗まれたことで、不穏なムードは加速していきました。

さらに李が二重スパイである疑惑が発覚したほか、アメリカの諜報部隊・CIC(対敵諜報部隊)から捜査打ち切りの圧力をかけられるなど、事態はさらに急展開。吉田茂首相がサンフランシスコ平和条約に調印して日本の独立が認められたほか、日米安全保障条約にも調印して下山事件は逃亡した韓国人による犯行にされるなど闇に葬られてしまいました。

まだまだ事件解決に向けて執念を燃やす布施と矢田たちの物語は続き、「キャノン機関」「旧日本軍の特務機関」などの陰謀が明らかになっていきますが、当作はいったい何を描きたかったのか。


未解決でも溜飲を下げられる結末

そのヒントになるのが、主演・森山未來さんの「現在の世界情勢における日本の立ち位置、その振る舞い、近隣諸国との関係性。ある種、それらの原初につながるさまざまな要素が、この下山事件で交差しているのかもしれない」というコメント(「未解決事件」NHK番組公式サイトより)。

下山事件は決してはるか昔の出来事ではなく、令和の問題につながっているかもしれない。日本を取り巻く現在の世界情勢をもっと自分事のように考えてもいいのではないか……そんなメッセージ性を感じさせられる物語でした。

次にドラマとしてどこが優れていたのか。

事件の背後でうごめく大国同士の緊張関係、アメリカと旧日本軍による謀略、度重なる妨害に負けず巨大な闇に立ち向かう布施たちの執念と無念。いずれもフィクションで書いたら「それは飛躍しすぎで視聴者が白けてしまう」と却下されそうなほど、劇的かつ闇深い展開が続きました。

つまり、「創作を超越するリアルのすごさを感じさせる」という意味で、社会派作品にありがちなメッセージ性ありきのドラマではなく、最高レベルのエンタメ性があったのです。

さらに結末も痛快かつ余韻たっぷり。けっきょく下山事件は時効成立してしまいますが、ドラマ化するからにはそれだけで終わらせません。時は12年後の1976年、映されたのは検事総長となった布施が田中角栄前首相の逮捕を成し遂げるシーン。

ドラマは布施の「田中の逮捕もアメリカに踊らされた結果かもしれない。しかし、事件の背景には日米関係がある。この深い闇から抜け出すには一歩踏み出さねばならない。その先に必ず真実が見えてくる。独立国家の検察としてわれわれは本当に独自の判断を下しているか。その自問は今も続いている」というモノローグで幕を閉じました。

未解決と時効のモヤモヤだけでは終わらせず、視聴者にきっちり溜飲を下げてもらう。骨太で重苦しいムードの作品だからこそ、後味の良い結末で視聴者の心を軽くしてくれたのです。


考えさせられる安達奈緒子のセリフ

もう1つピックアップしておきたいのが、これまで「リッチマン、プアウーマン」(フジテレビ系)、「透明なゆりかご」「おかえりモネ」(総合)、「きのう何食べた?」(テレビ東京系)などを手がけてきた脚本家・安達奈緒子さんのセリフ。その力強さに感情移入し、問いかけに考えさせられるなど、「さすが」と思わせるセリフが多数見られました。

布施「これからの犯罪捜査は客観性が重要です。科学的証拠の積み上げが人権を守る」

矢田「俺はつかんだ情報は出しますよ。『この事件を究明すべき』という世論の圧力が消えたら悪い奴らの思うつぼだ。それにね、権力者の『情報を出すな』は危険以外の何物でもない。前の戦争で報道はしくじった。二度と同じ轍は踏まない」
布施「理解した。君は君の仕事をすればいい。私は私の仕事をします。話せることは何もない」

矢田「(圧力に屈して捜査が打ち切られることに)国家権力がアメリカの言いなりでいいのか!」
布施「日本はまだ独立していない!」

布施「(実行犯の1人が自殺したと聞いて)ちゃんと捕まえてやりたかったな……いや、いやそんなふうに考えるのは権力者側のそんですね。実際はわれわれが無能だっただけに過ぎない」

布施「アメリカによる日本の占領は終わる。しかし……われわれは主権を取り戻せたのだろうか」

布施「どんなときも手を汚し、傷つくのは弱い者たちだ。戦場からやっとのことで戻ってきても生活は苦しい。飢えた者に正義を説いたところできれいごとだ。彼らには右も左もない。何も知らされず分断され、孤立させられ、わずかな金で権力者たちの目的遂行のために利用され、使い捨てられる。こんなことがいつまでも許されていいはずがない」


1話完結にまとめることの功罪

ここまで手放しで称賛し続けてきましたが、唯一気になったのが、布施のモノローグが多すぎたこと。

状況や心境を説明するようなモノローグが続き、体中から湯気を発するような森山さんの熱演でドラマとしてのバランスは保っていました。しかし、何度か「登場人物への感情移入が進んだタイミングで大量のモノローグに耳を傾けなければいけない」というケースがあり、気持ちが冷めてしまう瞬間があったのです。

これだけの情報量を80分で収めるために大量のモノローグは仕方がないところもあるのでしょう。それでも、説明的なドキュメンタリー寄りのドラマになる分、見る人を選ぶことになってしまうという事実もあります。

だからこそ「このスタッフなら1話80分の単発ドラマより1話45分×計3~4話の連続ドラマにしたほうが見応えが増し、多くの人々を魅了できるのではないか」と感じました。

そう思いながら第2部のドキュメンタリーを見たらドラマとほとんど同じ内容で、「下山事件を復習として学び直す」ような印象を受けました。もちろん極秘捜査資料や当時の映像は貴重なのですが、「ドラマを見た人がわざわざ同じ事件のドキュメンタリーを見て満足するのか」は疑問が残ったのです。

ただ、ドラマとドキュメンタリーの2バージョンを並べて放送することで、ドラマというジャンルの入りやすさ、分かりやすさ、感情移入の楽しさなどを再認識させてもらえました。また、これだけの資料や映像を集める取材力と、それをベースにドラマを作るスタッフの力強さも感じさせられました。

言わば当作はNHKの社会派ドキュメントにおける優位性をエンターテインメントに転化したドラマであり、ゆえに「未解決事件」シリーズは「ハズレなし」なのでしょう。

これまで「グリコ・森永事件」「オウム真理教 地下鉄サリン事件」「ロッキード事件」「赤報隊事件」など10の事件が扱われてきましたが、今後のクオリティーにも不安はなく、早くも次回作が楽しみです。


NHKスペシャル 未解決事件File.10 下山事件

「未解決事件」NHK番組公式サイトはこちら
※見逃した方は、NHKオンデマンド(有料)で御覧いただけます

コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。