NHK放送博物館の川村です。今回から日本の放送100年の歴史を今に伝える貴重な現存史料にスポットを当てます。1回目は放送を支えてきた「建物」の物語です。

現在のNHKの前身にあたる社団法人東京放送局が開局したのは1925年。放送開始当初は自前の局舎をもっていなかったため、近隣の学校の施設を間借りしていました。そして同年7月に現在NHK放送博物館が建っている愛宕あたごやまに建設された本来の放送局舎に移転しました。

残念ながら当時の建物は1966年の利用終了後に取り壊され、現在の当館の建物に建て替えられています。現在NHKには東京の放送センターを含め全国に54の放送局がありますが、ほぼ全てが開局当時のものではなく移転新築したか同じ場所で建替えられたものです。

すでに開局時から3代目の局舎に更新されている放送局も少なくありません。

愛宕山にあった東京放送局の局舎の様子。
当館で展示している局舎の模型。

ところが放送開始から約1世紀を経た現在、90年以上前に建設された初代の放送局舎が現存している街があります。それが岡山市と旭川市です。岡山放送局は今から93年前の1931年、旭川放送局は91年前の1933年にそれぞれ開局しました。

岡山市赤坂台にあった初代岡山放送局(開局記念絵はがきから1931年 当館所蔵)。
岡山放送局開局記念絵葉書
旭川放送局開局記念ポスター

どちらも初代の局舎は現在の放送局がある場所からは離れたところに位置しています。歴史的には岡山局の方が古く、現存している建物も93年前に建てられたものなので、こちらが現存している最古の局舎ということになります。

しかし残念ながら現在は倉庫のような形で利用されているため一般の人が立ち入ることができなくなっています。一方、初代の旭川局舎は現在も旭川市の中央公民館として利用されています。

したがっていまだに現役で使用されている建造物としては、こちらが日本最古の放送局舎ということになります。それではその貴重な放送遺産である初代の旭川放送局舎をご紹介しましょう。

初代旭川放送局舎である旭川市中央公民館は現在の旭川放送局がある旭川市6条通6丁目から南東方向に約2kmほど進んだ旭川市5条通20丁目にあります。

構造は鉄筋コンクリート2階建で、重厚なデザインは新しい建物が並ぶ住宅地の中でひときわ目立ちます。旧局舎は1964年に旭川局が新しい局舎へ移転した際に旭川市に譲渡され、1966年から60年近くにわたって中央公民館として利用されています。

建物自体は1960年、テレビのローカルニュースを開始するにあたり、平屋建てから2階建てに増築しているので外観は開局当初より一回り大きくなっています。開局時の局舎はこんな建物でした。

開局直後の旭川放送局(1934年8月3日撮影)

これを見ると縦長の窓枠や正面向かって左側の一段高くなった1階部分の構造などは開局当時の面影をよく残しています。2階部分が増築された1960年当時の様子を記録した画像も当館に残っています。

このように現在の中央公民館は当時の姿がほぼ1960年の増築後の姿のまま残っていることがわかります。当館には全国各地の放送局が建設されるまでの貴重な記録写真も保管されており、旭川放送局についても建設が始まった当初の写真がありました。

いずれも建設中の旭川放送局(1932年10月撮影)
 

今回は旭川市中央公民館のご協力で現在の中央公民館の内部を見学させていただきました。それではさっそく日本で放送が始まった時代の面影を残す貴重な放送遺産を見ていきましょう。

1階の廊下 天井が高いのが特徴
天井部分には凝ったデザインが

ここは1階の廊下です。天井の高さがひときわ特徴的ですが、その天井部分には凝ったデザインが施されており、レトロ感満載です。ではまず当時のスタジオである演奏室を見ていきましょう。まずは開局時の演奏室の様子です。

マイクとグランドピアノが見えます

今のスタジオにあたる演奏室は正面玄関を入ってすぐの左奥に位置していました。写真には、マイクとグランドピアノが映っています。この部屋は現在「音楽室」として利用されています。

現在は二重構造になっている縦長の窓枠や、スタジオ入り口の防音構造のドアなどいまだに当時の面影をしっかり残しています。スタジオとして設計されているため現在でも防音構造は有効に生かされていて、主に音楽の練習室として利用されています。

この演奏室の隣に送信機を設置した機器室がありました。ちょうど外観上屋根が高くなっている部分にあたります。内部には国産の送信機のほか変圧器が設置されていました。その様子がこちらの画像です。

機器室
ほかの部屋よりも背の高い空間

この画像から機器室は一段と天井が高かったことがわかります。実は天井が高いだけでなく、床も一段下げられておりほかの部屋よりも背の高い空間になっていました。
現在は「調理室」として調理実習などの公民館の講座の際に利用されています。

かつて送信機があった場所には食器棚が

かつて送信機が設置されていた壁ぎわの場所に今は食器棚が置かれています。一段高い天井付近には明り取りの窓が設けられていて、大変明るい印象です。

テレビ放送用に増築された2階部分には、テレビの調整室などの送出設備が設けられていました。

テレビ開始当時のテレビ主調整室

現在2階は学習室と和室として利用されていて、間取りも当時とはかなり変わっています。しかし2階の窓からは完成当初からあった1階部分の屋上にあたるスペースにこけがむして緑のじゅうたんになっている様子が見え、この建物の歴史の重さを感じさせます。

苔がむしている1階部分の屋上

旭川市には現在14の公民館があり(分館は除く)市民の生涯学習の場として役立てられています。その中でも市内中心に位置する中央公民館は1966年から今に至るまで、今も多くの人々が利用しています。

しかし道北の厳しい自然環境の中で90年以上にわたって風雪に耐えてきた局舎は傷みも進んでおり維持管理は大変だそうです。60年近くにわたり補修を繰り返しこの建物を大切に使っていただいている旭川市の方々には頭が下がる思いです。

旧旭川局舎は約90年前に放送を通じて道北に暮らす人々の「文化の機会均等」や「教育の平準化」を実現する役割を担ってこの地に建設されました。そして2024年の今も地域の人々の多彩な学びの場として生き続けている貴重な放送遺産なのです。
旭川市中央公民館は旭川市民の皆さんの施設として通年利用されています。内部の見学目的での一般の方の入館はできませんのでご注意ください。