連続テレビ小説「虎に翼」で、主人公・とも(伊藤沙莉)の母・はるを演じる石田ゆり子さん。はるは、法律を学びたいという寅子の前に立ちはだかる大きな壁となりましたが、第1週のラストでついに進学を認めました。

厳しくも優しく、娘の幸せを心から願うはるを、石田さんはどんな人物ととらえているのか。また伊藤沙莉さんとのお芝居や、第1週最大の盛り上がりを見せた第5回のあのシーンについても、語ってもらいました。


語尾の“キレ”には気を遣いました

――第1週、はるは、結婚せずに進学したいという寅子の前に立ちはだかる大きな壁として登場しました。かなり“強い女性”として描かれていますが、演じるうえで意識された点はありますか?

そうですね……そもそもドラマ第1回の舞台は昭和6(1931)年、今から100年近く前なんです。ということは、寅子は私のおばあちゃん、はるさんは(ひい)おばあちゃんぐらいの年代。その時代の女性の“生きる覚悟”は、今の私には想像も及ばないものだったと思います。朝、家を出たら帰ってくるまで連絡がつかないし、極端な話、生きて帰ってくるかどうかだってわからない。はるさんは、そういう時代に暮らしていた人なんです。

そのせいか、当時の方は語尾がすごくしっかりしているんですよね。迷いがない。その語尾の“キレ”については、気を遣いました。今の時代の人たちの言葉って、どこかふわっとしていませんか? 私もときどき言いますけど、「みたいな感じ」とか。それとは違う、語尾をしっかり“言い切る”ことを心がけています。

あとは、セリフを「言うぞ!」という気持ちで言っていますね(笑)。言いながら考えない。はるがよく口にする「はいか、いいえで答えなさい」というセリフがあるんですけど、それもバシッと言わないと、当時の時代感から離れてしまいそうなので。

――キレのある言葉を口に出すと、なんだか気持ちがよさそうです。

それはありますね。特にはるさんは猪爪家の中で一番強いので、はるがバシッと何か言うと、男の人たちが「ははー」ってなるんですよ。何か言った途端に「わかりました!」となるのは、ちょっと気持ちよかったです(笑)。

――一方で、強いといっても、はるが声を荒げるシーンはほとんどありません。その“強さ”は、内に秘められているのかなと思いました。

そこはやっぱり、はるさんの強さの根底にあるのが“母性”だからだと思います。母性は彼女の核なので、お母さん役を最初に引き受けた時点から、そこは一番大事にしています。

――第1週で、はるの母性が最も表現されるのが、寅子との関係かと思います。娘と向き合う母として、大事にした部分はありますか?

寅子は心に淀みがなくて、疑問を持ったらちゃんとそれを口に出していく、見ていて気持ちのいい、みんなが応援したくなるキャラクターだと思うんです。そこを引き立てるために、はるさんはあえて対照的に、できるだけ怖く見えるように心がけました。

ラスボス感っていうんですか? 実際、第1週は「寅子がいかにして母親を説得するか」という物語なので、はるさんはまさにラスボス。それは、声を荒げるから怖いんじゃなくて、静かな怖さ……「優しくて、正しくて、完璧なお母さん“だから”怖い」という感じを出せたらなと。

演出の梛川なぎかわ(善郎)さんもそこをかなり細かく指導してくださいましたし、 寅子とたいするうえで大事にしています。

――梛川さんとは、はるの人物像や演じ方について、何かお話をされたんでしょうか。

はるさんに関して印象深いのは、よく脚本に出てくる「スン」という言葉についてですね。第2回、猪爪家で、はるさんがちょっとした食事会を仕切るシーンがあるんですが、そこでト書きに、はるさんが「スン」としていると書いてあったんです。

梛川さんに、どういう意味ですか?と聞いたら、「納得いかないときもにこやかに、穏やかに振る舞って本音は言わない、それで賢く乗り切る」みたいな態度を「スン」と言うのだと説明してくださって。私はその言葉を初めて聞いたのですが、なるほど、私の母の時代もそうだったなと思い出しました。

子どものころ、母を見て「どうして大人の女の人は、みんなニコニコ笑って『ごきげんよう』みたいな感じに振る舞うんだろう?」と思った記憶があるんです。それが大人というものなんだなあ、と幼心に感じていました。母のあの空気を、はるさんの「スン」に重ねています。

お母さんの立場というのは幸せなものだなと感じます

――先ほど、はるさんのキャラクターの根底には強い母性があるとおっしゃっていました。寅子役の伊藤沙莉さんの存在が、はるを演じる上で、糧になる部分はありますか。

それはもちろん、そうですね。実は今回、出演のお話をお受けした理由の一つは、沙莉ちゃんが主役と伺ったからです。これまでご一緒したことはなかったのですが、とても素敵な方だなと思っていたので、彼女の母親役ならぜひ、と。

でも実際に沙莉ちゃんに会ってみると、想像していたよりもずっと“大人”でした。精神年齢がすごく高いというか、私より大人なんじゃないかって思うくらい。いつも現場で周りをちゃんと見ていて、優しく、強く、たくましく、かっこいいです。私も支えられていますし、見守られていて……どっちがお母さんなのか、わかりませんよね。

でも、頼りないながらも母親役として現場にいると、沙莉ちゃんはもちろん、(森田)望智ちゃんや(仲野)太賀くんといった若い俳優さんたちを、ちょっと()(かん)して見る感じになるんです。そうすると、改めてお母さんの立場というのは幸せなものだなと感じます。

やっぱり時代を動かしていくのはいつも若い人であってほしいですし、彼らが未来に希望を持って進んでいくのを見守る立場は幸せだなあと。もともと、若い人たちが頑張っていけるように支えたいという気持ちはあったんですが、朝ドラの現場に入ってさらに強くなりました。

――伊藤さんとのお芝居で、記憶に残っているシーンややりとりがあったら教えていただけますか?

第5回で、進学を認めてもらいたくて、寅子が必死にはるさんを説得しようとするシーンがありましたよね。実はこのシーン、スタジオに入ってまだ間もないころ、それこそ沙莉ちゃんともそれほど会話を交わしていない時期に撮ったんです。

正直、最初は「なんでこんな早い時期に撮るのかな」と思いました。でも、沙莉ちゃんがただまっすぐに気持ちをぶつけてきてくれて。なんの邪気もない、生まれたてのひな鳥みたいにきれいな目で見つめられると、やはり大きく心を動かされるわけです。ただ「可愛かわいいな」というのとも違って……言葉にするのが難しいんですが、本当にすごいなと感じました。その感覚は、そのあとも何度もありました。

――このシーンを撮影したことで、寅子を大事に思い、幸せを心から願うはるの気持ちが、ご自身の中でなじむようになった?

そうですね。今思えば、あのシーンを最初に撮っておいてよかったのかもしれません。監督は、それを狙ったのかも?(笑)

第1週は、はるさんが寅子にとってラスボスだと言いましたけど、はるさんとしては、この先、娘の前に立ちはだかるであろういろんな苦難、困難が見えるから、それを本当に乗り越えていけるの?とテストするみたいな気持ちがあったのかな、とも思うんですけど。

――そうなんですね。だとすると、はるが心から寅子の進学を許した瞬間はどこだったと思われますか?

実はもう最初から許していた……許すというか、わかっていたんじゃないでしょうか。寅子はあきらめないって。もちろん、愛する娘に茨の道に行ってほしくはないけれど、私の言うことなんか聞かないかもと、心のどこかで感じていた気がします。もともとはるさん自身、学校で勉強したかった人なので、寅子の気持ちがわからないはずがないんです。

でも、決定的になったのは、やっぱり桂場先生(松山ケンイチ)に甘味屋さんで(たん)()を切ってしまってからじゃないでしょうか。だって、あんな何も知らない人に好き勝手言われっぱなしで、そんな世の中嫌だ!って思いますよね(笑)。はるさんが、そういうお母さんでよかったです。

――台所での衝突から、甘味屋さんで桂場先生に啖呵をきって、書店へ『六法全書』を買いに行くまでの流れでは、泣いてしまいました。

あの一連のシーン、私も好きです。特に、自分は今の人生に悔いはないけど、これから先の時代を切り開いていく娘に、そんなふうに生きてほしくないと思ってしまった……というあのくだりは、すごくいいですよね。撮影したのがもうずいぶん前だったこともあって、試写のときはすっかりお客さん目線になってしまって、ちょっと泣きそうになりました。自分が出ているシーンなのに(笑)。

でも、それは脚本と演出が素晴らしいからです。あと、松山ケンイチさん演じる桂場先生がすごく素敵なんですよ。あの桂場先生のお芝居があるから、私も「若造に何がわかる!」と心から言えました。「虎に翼」は、キャストもスタッフも、1人1人に味があって、きっちりと自分の役割を果たしているんです。そしてそれが、とてもバランスよく組み合わさっているなと、第1週を見て、改めて思いました。

――最後「地獄を見る覚悟はあるの?」という問いに寅子が「ある」と言って、それを受け止めたはるが「そ」と返します。その「そ」がすごく好きでした。

ありがとうございます。あそこで唯一はるさんが、ふっと笑うんです。それは「スン」じゃない、はるさんの、本当の、本物の笑顔だと思います。

また、あの時の寅子が可愛いんです。ふわふわのマフラーを巻いて、やっぱりひな鳥みたい(笑)。でもそんな可愛い娘を送り出すと決めたら、そこから彼女にできることは本当に少なくなるんですよね。できるのは、常においしいご飯を作って家で待っていることだけ。そのお母さんの切なさ、寂しさ……演じながらいろいろな気持ちがわいてきて、ほろっと泣けました。

――ありがとうございます。最後に、第1週を見終えた視聴者の皆さんにメッセージをお願いできますでしょうか。

そうですね、なにしろ主演の沙莉ちゃんが本当に素晴らしいので、寅子と一緒に、日々ワクワクしながら見ていただけたらと思います。第1週にしてラスボスを乗り越えた寅子ですけど、実はその後も、ずっと大変です。もう、きっと想像以上にいろんなことが起こりますので、ぜひ寅子と一緒に楽しんでいただけたらと思います。

【プロフィール】
いしだ・ゆりこ1969年10月3日生まれ、東京都出身。’88年、ドラマ「海の群星」(NHK)でデビュー。以降、ドラマ・映画・舞台・執筆活動など多岐にわたり活躍。NHKでは、「外事警察」「コントレール〜罪と恋〜」などに出演。近作に、ドラマ「さよならマエストロ〜父と私のアパッシオナート〜」(TBS系)ほか。